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2016/04/19

原民喜「淡章」(恣意的正字化版)  水

  水

 

 老子は母の胎内に六十年のらくらしてゐたので、凡そ世の中のことはもう大概知り倦きてゐた。生れ落ちるとからして、倦怠が附纏ひ、時々、小さな唇をひらいて欠をした。すると「おお可愛いあくび」と老母は他愛なく悦んだ。水のやうに澄んだ老子の眼には母の姿が却つて赤ん坊のやうに念へてならなかつた。さう云へば彼の未來を占ふためにやつて來た妖しげな相者にしたところで、頤の下の白いものを意味ありげに扱きながら、はてなと首を傾け、あつと膝を叩いて、何を云ひ出すかと思ふと、

「得難き赤子です、純眞玉の如き器ですぞ」

と、黄色い齒を剝き出して一人悦に入つてゐたが、その表情は薄汚ない阿房そつくりであつた。

「ああ、儂もかかる吉兆と遭遇しては、もつともつと長壽がしたいものだ。今に世の中は變りますぞ。それをこの眼でしかと見屆けしたいものですわい」

と、彼はまことしやかに嘆じたが、老子はうんざりするばかりであつた。老子の額には微かに不機嫌の皺が宿つてゐた。すると母親は、

「年寄のやうにお皺よせて、まあ珍しい子供ね」

と、かるく笑つた。まだ老子は年寄のやうに恬淡とは笑へなかつたのである。

 

[やぶちゃん注:「生れ落ちるとからして」はママ。「生れ落ちると」、その瞬間「からして」の謂いであろう。「欠」(「あくび」と訓ずる)は底本のままとした。「剝き出して」の「剝」は底本の用字である。

 「老子は母の胎内に六十年のらくらしてゐた」道家思想の祖老子の出生(一説に楚の苦県(現在の河南省鹿邑県)の生れとする)に纏わるトンデモ伝説の一つ。ウィキの「老子」から引く(アラビア数字を漢数字に代え、記号の一部を変更・省略した)。『「神仙伝」など民間の伝承では、周の定王三年(紀元前六〇三年)に母親(「真妙玉女」または「玄妙玉女」)が流星を見たとき(または、昼寝をしていた際に太陽の精が珠となって口に入ったとき)に老子を懐妊したが六十二年間』(八十年間・八十一年間・七十二年間、更には三千七百年間とする説もある)『も胎内におり、彼女が梅の木にもたれかかった時に左の脇から出産したという。それゆえ、老子は知恵の象徴である白髪混じりの顎鬚と長い耳たぶを持つ大人の姿で産まれたという。他の伝承では、老子は伏羲の時代から十三度生まれ変わりを繰り返し、その最後の生でも九百九十年間の生涯を過ごして、最後には道徳を解明するためにインドへ向かったと言われる。伝説の中にはさらに老子が仏陀に教えを説いたとも、または老子は後に仏陀自身となったという話(化胡説)もある』とある。

 「恬淡」老婆心乍ら、「てんたん」と読み、あっさりとしていて、名誉・利益などに執着しないさまを謂う。]

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