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2016/05/01

忘れがたみ 原民喜 (恣意的正字化版) 附やぶちゃん注 「財布」

   財布

 

 初七日が過ぎて、妻の財布を開けてみた。枕頭に置いて金の出入を司つてゐた、この大きな財布はもう外側などボロボロになつてゐる。死ぬる二三日前はもう小錢の扱ひも面倒くさがつてゐたが、患つてはゐても長い間、几帳面に錢勘定をしてくれたものだ。

 財布の内側には二十圓なにがし金が殘つてゐた。もつと内側のかすかに含らんでゐるところには……何が這入つてゐるのだらうと、私は一つ一つ調べてみた。竹村章一といふ印の捺された水道料金の受領證、それも昨年の六月分だけ一枚それから四年前の書留の受取、そうした無意味な紙片にまじつて、大切さうに半紙に包んだ小さなものが出て來た。私は何だらうと思ひながらそれを開けてみた。鹿島神宮武運長久御守……はつとして、眼頭の熱くなるものがあつた。

 

[やぶちゃん注:原民喜は敗戦時で満三十九歳であったが、徴兵されていない。徴兵検査の記録も底本年譜には、ない。

「財布」これは原民喜「雜音帳」の「靴と傘(リンク先は私の自筆原稿復元版)に出てくる財布ではなかろうか?

「初七日」妻貞恵は昭和一九(一九四四)年九月に結核と糖尿病によって亡くなっているが、その忌日は何故か、諸年譜にも明記されていない。今回、もしや、と思って原家の墓の墓誌の写真をネットで捜してみたところ、河津聖恵氏のブログ「詩空間」の広島小紀行②8月6日で確認出来た(墓所は広島市中区東白島町にある浄土真宗大谷派円光寺)角度の関係上、確実とは言えないが、画像補正処理などをして調べたところ、恐らく『九月廿八日』である(当日は木曜日)。とすれば、これはその初七日で昭和十九年十月四日(水曜)のシークエンスである。向後はこの日と確定して考察することとする。

「水道料金の受領證、それも昨年の六月分」この叙述から貞恵は死の二~三ヶ月前には自宅で療養していた可能性が高いことが判る。]

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