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2016/05/03

吾亦紅 原民喜 (恣意的正字化版) 附やぶちゃん注 「死の影」 / 「吾亦紅」~完

   死の影

 

 永らく私は妻の軀を冷水摩擦してやつてゐたので、その輪郭は知り盡してゐた。夕食後、床の上に脚を投げ出した妻を、足指の方から手拭でこすつて行く私は、どうかすると器具を磨いてゐるやうな、なほざりな氣持もした。「簡單な摩擦」と、そんなとき妻は私のやりかたを零すのであつた。

 妻が死んだ時、私はその全身をアルコールで拭いてやつたが、それは私にとつて、暫く杜絶えてゐた冷水摩擦のつづきのやうでもあつた。だが、硬直した背中の筋肉や、四肢の窪みには、嘗てなかつた陰翳が閃めいてゐた。死體に觸れた指を石鹼で洗ひ、それから自分の手にさはつてみると、ふと私は自分の體まで死體ではないかと思へた。

 原子爆彈遭難以來、私は食糧難とともに衰弱してゆく體を、朝夕怠らず冷水摩擦するのだつた。瘦せ細る足を手拭でこすりながら、ふと私はそれが死んだ妻のそれに似てくるのに駭かされることもある。それから、私は近頃、嘗て妻が苦しんだ夜半の咳の發作にも惱まされてゐる。夜と朝とが入替る微妙な外氣のうごきが咽喉の一點を襲ふと、もうそれからは、いくら制しようとしても制しきれぬ咳だ。私は溢れ出る涙を夜着の袂で覆ひ、今も地上に、かうした悲境に突き陷されてゆく人々の悶えを悶えるのであつた。

――昭和二十一年九月 貞惠三囘忌に――

 

[やぶちゃん注:妻貞恵の死は昭和一九(一九四四)年九月二十八日のことであった。彼女は明治四四(一九一一)年生まれであるから、民喜より六つ年下で、享年三十四であった。昭和二一(一九四六)年九月当時は民喜は満四十歳で、上京からほどなく慶應義塾商業学校・工業学校の夜間部の嘱託英語講師となっている。但し、翌年十二月にはそれを退職し、貧窮の中、『三田文学』編集人と創作に精進したのであった。]

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