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2016/05/29

芥川龍之介「侏儒の言葉」(やぶちゃん合成完全版 附やぶちゃん注釈)  ドストエフスキイ

 

       ドストエフスキイ

 

 ドストエフスキイの小説はあらゆる戲畫に充ち滿ちてゐる。尤もその又戲畫の大半は惡魔をも憂鬱にするに違ひない。

 

[やぶちゃん注:大正一三(一九二四)年十一月号『文藝春秋』巻頭に、前の「政治家」(二章)「事實」「武者修業」「ユウゴオ」と、後の「フロオベル」「モオパスサン」「ポオ」「森鷗外」「或資本家の論理」の全十一章で初出する。フョードル・ミハイロヴィチ・ドストエフスキーФёдор Миха́йлович Достое́вскийFyodor Mikhailovich Dostoyevsky 一八二一年~一八八一年)は、人間の良心とは何かという根源的テーマ及びそこから繋がるある選択肢としてのキリスト教に於ける救済の問題に於いて、芥川龍之介に最も影響を与えた作家の一人と考えてよい。二〇〇三年翰林書房刊「芥川龍之介新辞典」の国枝夏紀氏の「ドストエフスキー」の項を参考にすると、龍之介が「罪と罰」(Преступление и наказание 一八六六年:彼の読んだのは英訳本)を読んだのは東京帝国大学に入学した大正二(一九一三)年の満二十一歳の時で、彼は友人に当てて、『ラスコルニコフのと云ふ hero のカラクタアは凄い程強く出てゐるこのラスコルニコフと云ふ人殺しとソニアと云ふ淫賣婦とが黃色くくすぶりながら燃えるランプの下で聖書(ラザロ復活の節――ヨハネ)をよむ scene は中でも殊に touching だと覺えてゐる始めてドストエフスキーをよんで大へんに感心させられた』(引用は国枝氏に拠らず、岩波旧全集から改めて引いた。「touching」は「感動的」の意。)と書き送っている(新宿(当時の芥川家の自宅。実父新原敏三の持家)発信・藤岡蔵六宛・岩波旧全集書簡番号一〇五より)。国枝氏は、この感動が後の、私の偏愛する「南京の基督」(大正九(一九二〇)年七月『中央公論』。リンク先は私のテクスト。以下同じ)に『余韻を残し、ランプの「妙に赤々と煤けた光」「うす暗い光」の下の物語という状況設定に生かされる。また』宋(底本は「沈」となっているが、主人公の少女の名は「宋金花」である)『金花の〈敬虔な私窩子〉の形象は、〈聖なる娼婦〉ソーニャに通じ、両者共通の源泉は〈罪深い女〉マグダラのマリアであろう』(「私窩子(しかし)」(「南京の基督」本文に『少女は名を宋金花と云つて、貧しい家計を助ける爲に、夜々その部屋に客を迎へる、當年十五歳の私窩子(しくわし)であつた』と出る通り、淫売婦・売春婦のことである) とされておられるのは、すこぶる同感である。龍之介がドストエフスキイの作品中第一とした「カラマーゾフの兄弟」(Братья Карамазовы 一八八〇年)の読了は大正六(一九一七)年の夏(当時は満二十五で横須賀の海軍機関学校の英語の教授嘱託で塚本文とは前年末に婚約していた)であったが、『この読書の成果は、翌々年』の「疑惑」(大正八(一九一九)年七月『中央公論』)に『生かされた。濃尾大地震と拝啓は異なるが、秘められた殺人の罪、狂気とみなされる告白という題材において、』「カラマーゾフの兄弟」の第六篇の第二パート、『ゾシマ長老の伝記部分の一節「謎の客」と共通する』とされる(これもほぼ共感出来る)。この「侏儒の言葉」の陰鬱々たる「ドストエフスキイ」の短文を経、遺作「齒車」(昭和二(一九二七)年の自死の三ヶ月後の十月発行の『文藝春秋』で全章掲載)では極めて奇怪な形で「罪と罰」と「カラマーゾフの兄弟」が再び立ち現われてくる。「五 赤光」の後半部である。

   *

 僕は僕の部屋へ歸ると、すぐに或精神病院へ電話をかけるつもりだつた。が、そこへはひることは僕には死ぬことに變らなかつた。僕はさんざんためらつた後、この恐怖を紛(まぎ)らす爲に「罪と罰」を讀みはじめた。しかし偶然開いた頁は「カラマゾフ兄弟」の一節だつた。僕は本を間違へたのかと思ひ、本の表紙へ目を落した。「罪と罰」――本は「罪と罰」に違ひなかつた。僕はこの製本屋の綴ぢ違へに、――その又(また)綴ぢ違へた頁を開いたことに運命の指の動いてゐるのを感じ、やむを得ずそこを讀んで行つた。けれども一頁も讀まないうちに全身が震へるのを感じ出した。そこは惡魔に苦しめられるイヴァンを描(えが)いた一節だつた。イヴァンを、ストリントベルグを、モオパスサンを、或はこの部屋にゐる僕自身を。………

   *

そうして、遺稿「或阿呆の一生」(昭和二(一九二七)年十月『改造』)にも、その名は挙げられている。

   *

 

       一 時代

 

 それは或本屋の二階だつた。二十歳の彼は書棚にかけた西洋風の梯子に登り、新らしい本を探してゐた。モオパスサン、ボオドレエル、ストリントベリイ、イブセン、シヨオ、トルストイ、………

 そのうちに日の暮は迫り出した。しかし彼は熱心に本の背文字を讀みつづけた。そこに並んでゐるのは本といふよりも寧ろ世紀末それ自身だつた。ニイチエ、ヴェルレエン、ゴンクウル兄弟、ダスタエフスキイ、ハウプトマン、フロオベエル、…………

 彼は薄暗がりと戰ひながら、彼等の名前を數へて行つた。が、本はおのづからもの憂い影の中に沈みはじめた。彼はとうとう根氣も盡き、西洋風の梯子を下りようとした。すると傘のない電燈が一つ、丁度彼の頭の上に突然ぽかりと火をともした。彼は梯子の上に佇んだまま、本の間に動いてゐる店員や客を見下した。彼等は妙に小さかつた。のみならず如何にも見すぼらしかつた。

 「人生は一行のボオドレエルにも若かない。」

 彼は暫く梯子の上からかう云ふ彼等を見渡してゐた。………
 

   *

――芥川龍之介の人生の最後の憂鬱の完成は――梯子の上に呆然と立ち尽くす二十(はたち)の龍之介がドリアン・グレイの肖像の如、一瞬のうちに幽霊のように痩せ衰えた魂の致死期の彼の姿に変貌するそれであった。……そうして……そこにも確かにドストエフスキイはいたのだった。……しかしそれは、アリョーシャ、では、なかった……]

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