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2016/05/01

忘れがたみ 原民喜 (恣意的正字化版) 附やぶちゃん注 「南瓜」

   南瓜

 

 寢てゐて見える半間の窓に這ひ登つてゐた南瓜は、嵐で地面に叩き落されてしまつた。後にはよごれたトタン塀が白々と殘されてゐた。折角あれが見えるのを娯しみにしてゐたのに、と妻は病床で喞つた。

 木戸の方に這つてゐる南瓜には、しつかりとした實がついた。その實はどの位の大きさになつたかと妻はよく訊ね、私は寸法を計つては病床に報告した。

 ある日、信州にゐる義弟から南瓜の菰包を送つて來た。開けてみると、稍長目のもの、球形のもの、淡い靑に白く斑點の浮出たもの、僧に似た褐色のもの、形も色も珍しく、疊の上に並べてみたが、どう並べてみてもしつくりと落着くのであつた。

 私は家に成つてゐる一つを捩ぎとつて、そのほとりに並べた。妻はうれしげにしげしげ眺めてゐたが、隣の奧さんを呼んで來てと云ふ。やがて隣の細君の姿が現れると「いづれ煮いて食べる時には少しづつお頒けしますよ」と妻は晴れ晴れと云ふのであつた。――死ぬる六日前のことであつた。

 

[やぶちゃん注:「半間」九十一センチメートル。

「喞つた」「かこつた(かこった)」と読む。嘆いて言う・不平を言うの意。「託つ」に同じい。

「私は寸法を計つては病床に報告した」如何にも民喜らしいと私は思う。

「信州にゐる義弟」【2016年5月15日改稿】貞恵の実弟の文芸評論家佐々木基一(本名は永井善次郎)。当初、不確定であったが、その後に入手した二〇一六年岩波文庫刊「原民喜全詩集」巻末の竹原陽子氏の手に成る「原民喜年譜」の昭和一九(一九四四)年の冒頭に、『一月、信濃追分で結核療養をしていた佐々木基一が発熱して帰京、基一の母が貞恵の看病のために民喜宅へ住んでいたことから、基一も千葉の家に同居』を始めたとあることから、彼と断定出来た。その後、民喜夫妻と同居中であった彼は、同年四月二十七日に治安維持法違反の容疑で警視庁に検挙されている(約一ヶ月後に釈放)。基一は当時、満二十九歳であった(民喜より九歳年下)。

「菰包」「こもづつみ」。

「稍」「やや」。

「僧に似た」当初、色と勘違いして「僧衣(そうえ)」の謂いか、「え」の脱字であろうと思ったが、「褐色」の僧衣というのはあまり見ない(黄褐色ならタイなどの僧や原家の宗旨である真宗大谷派の最下級の僧が黄梔子(きくちなし)色の法衣(ほうえ)を着用はする)。この場合は、前の例が形をと色を併せて述べているから、恰も坊主の頭みたいにつるんとしている形のことを指しているようである。

「捩ぎとつて」「捩」が通常、「捩(ね)じる」であるが、民喜はしばしば「捥(も)ぐ」の謂いでこの字を用いている。取るのに小型のものであれば、捩じり切ることが出来るから、表記としては強ち、奇異ではないと私は思う。原民喜「幼年畫」の「不思議」(リンク先は私の恣意的正字化版)にも同じ用例がある。

「隣の奧さん」原民喜「雜音帳」の「にほひ」(リンク先は私の自筆原稿復元版)に出る「前隣」りの「奥さん」では――決してあるまい――と私は思う。それは至極、嫌味なことになるからで、貞恵はそうした女性とは私には思えないからである。

「煮いて」「たいて」。やはり原民喜「幼年畫」の「不思議」に用例がある。

「死ぬる六日前」民喜の妻貞恵の逝去は昭和一九(一九四四)年九月二十八日であるから、九月二十二日のことである。]

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