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2016/05/11

ジョナサン・スイフト原作 原民喜譯 「ガリヴァー旅行記」(やぶちゃん自筆原稿復元版) 小人國(2) 人間山 三章

 

      人間山 三章

 

 私の噂は國中にひろまつてしまひました。〔お〕金持で、暇の〔ある〕、物好きな連中が〔、〕毎日〔私のところへ〕、雲のやうに〔押〕しかけて來ます。

 そのために〔、〕村村は〔ほとん〕ど空つぽになつてしまひ〔り〕、畑の仕事も家の仕事も〔、〕すつかりお留守になります〔りさう〕でした。で〔、〕皇帝から〔こんな〕命令が出ました。見物がすんだ〔人〕はさつさと帰るべしこと→れ〕、〔無斷〕で私の家の五十ヤード以内に近よつてはいけない〔こと〕、と、こんなことが決められました。

[やぶちゃん注:「五十ヤード」四十五・七二メートル。]

 ところで〔、〕皇帝は何度も會議を開いて、一たい、あの人間を〔これは〕どうしたらいいのかといふことに〔と相談〕されたさうです。〔きくところによると〔、〕〕朝廷でも私の取扱ひには〔、〕大分困つてゐたやうです。あんな男を自由〔の身〕にする〔してやる〕のも心配でした→した〕が、なにしろ〔、〕私の食事がとても大変なものでしたから、これでは〔國中が〕〔今に〕飢饉になるかもしれないと心配でした〔といふのです〕。

 いつそのこと〔、〕何も食べさ〔せ〕ないで〔、〕餓死させた方がいい〔るか、それ〕とも〔、〕毒矢で殺してしまふ方がよからう〔、〕と云ふものもありました。

 だが、あの山のやう山のやうな大男に死なれると、〔山のやうな〕屍體からから發する惡い臭いがたまらない、その惡〔い〕臭は〔、〕國中に傳染病をひろげることになるだらう〔、〕と説く者もありました。

 丁度、この會議の最中に、私が〔あの一たん〔摑→つか〕まへた〕六人の野次馬を〔寛大に〕許してやつたことが傳へられました。すると〔、〕皇帝も大臣も〔、〕私の行ひに大変〔すつかり〕感心してしまひました。早速、〔皇帝は〕敕命が出まして→で〕、私のために、〔村村から〕毎朝牛六頭、羊四十頭、その他パン、葡萄酒などを供出するやう命令されました。

[やぶちゃん注:現行は「感心してしまひました。」の箇所で改行され、「早速、〔皇帝は〕」以下が独立段落であるが、底本には改行指示はなく繋がっている。]

 それから六百人のものが、私の御用係にされ、私の家の兩側にテントを〔は〕つて寢とまりすることになりました。それから私の服を作つてくれるために、三百人の仕立屋が、やとはれました。

 それから〔、〕宮廷で一番えらい學者が六人、この國の言葉を私に教へてくれました〔ることになり、〕私は三週間ぐらゐで、小人國の言葉が〔だい→少し〕喋れるやうになりました。

[やぶちゃん注:この段落は現行では「それから、宮廷で一番えらい学者が六人、この国の言葉を私に教えてくれることなりました。私は三週間ぐらいで、小人国の言葉がしゃべれるようになりました。」と二文である。]

 皇帝もよく〔ときどき〕私のところへ訪ねて來られましたが、〔。〕私たちは〔そうよく〕話はできるやうになりました。が最初におぼえた 言葉は〔→のは〕〔は皇帝にひざまづいて、〕

 「どうか私を自由な身にして下さい」

いふ言葉でしたが〔何度もお願ひしま〕した。すると皇帝は

 「もう暫く待て」と云はれるのでした。私が〔私が〕〔「〕自由な身にしてもらふ〔ため〕には、〔お前は〕まづ、皇帝とこの國とに〔、〕和親を誓ひは〔ひをし〕なければいけないといふことでした。それから〔、〕私は〔お前は〕いづれ身體檢査〔を〕されることになりますがさうでした。〕が、それも惡く思はないでくれ。多分〔たぶん〕お前は何か武器〔など〕持つてゐることだらうが、お前のその大きな身躰〔で〕相應するつける→つかふ〕武器なら、よほど危險なものにちがひない〔→からふ〕だらう→にちがひない〕」

[やぶちゃん注:最初の本格的直接話法の箇所で民喜が相当苦渋している感じが如実に伝わってくる。試みに、このガリヴァ―と皇帝の台詞の箇所の削除部分を除いたもの(一部の削除忘れを好意的にとる)と現行の当該箇所を並べてみると、

   *

☆【自筆原稿版】

 「どうか私を自由な身にして下さい」

と何度もお願いしました。すると皇帝は

 「もう暫く待て」と云はれるのでした。私が「自由な身にしてもらふためには、お前はまづ、皇帝とこの國とに、誓ひをしなければいけない。それから、お前はいづれ身體檢査をされるが、それも惡く思はないでくれ。たぶんお前は何か武器など持つてゐることだらうが、お前のその大きな身躰でつかふ武器なら、よほど危險なものにちがひない」

★【現行版】

「どうか、私を自由な身にしてください。」

 と何度もお願いしました。

 すると皇帝は、

「もうしばらく待て。」

 と言われるのでした。

「自由な身にしてもらうには、お前はまず、この国と皇帝に誓いをしなければいけない。それから、お前はいずれ身体検査をされるが、それも悪く思わないでくれ。たぶん、お前は何か武器など持っていることだろうが、お前のその大きな身体で使う武器なら、よほど危険なものにちがいない。」

   *

句読点や改行など、推定される編集者による自動書き換え(かつては頻繁に行われた)も含め、変遷過程が私には頗る興味深い。]

 私は皇帝に申上げました。「どうか御得心の參りますやう。何なら〔すぐ〕お目の前で裸になつて御覽に〔も〕いれませうし、ポケツトを裏返してお目にかけても〔ます〕から。」

[やぶちゃん注:このガリヴァ―の台詞は、

   *

「どうか、いくらでも調べてください。なんなら、すぐお目の前で裸になって御覧にもいれましょうし、ポケットを裏返してお目にかけますから。」

   *

と現行とは開口一番が有意に異なる。]

 これは半分は言葉、半分は手眞似でやつて見せました。すると皇帝が言はれるには、

 「では、二人の士官に命じて身躰檢査を行はせる〔やらせる〕が、〔これは〕〔臣下の〕生命をお前の手にゆだねることになる〔のだから〕なにぶん、よろしく賴む。お前が〔は〕寛大でものわかりがいいことを知つてゐるから→〔信用できさうな人間だから〕それから、〔たとへ〕どんな品物を取上げても、お前がこの國を去る時には必ず返してやる。でなかつたら、〔いい値段で〕買ひとつてやつてもいい。」と言はれました。

[やぶちゃん注:この原稿も実際は非常に複雑である。実は原稿用紙の枠内の初筆稿は以下の通りである。

   *

【初筆】

 「では、二人の士官に命じて身躰檢査を行はせるが、なにぶん、よろしく賴む。お前が寛大でものわかりがいいことを知つてゐるから臣下の生命をお前の手にゆだねることになるそれから、どんな品物を取上げても、お前がこの國を去る時には必ず返してやる。でなかつたら、買ひとつてやつてもいい。」と云はれました。

   *

それが、

「お前は寛大でものわかりがいいことを知つてゐるから」

の部分が、

「信用できさうな人間だから」

とまず書き換えられ、それがまた抹消され、

「臣下の生命をお前の手にゆだねることになる」

を、

「臣下の生命をお前の手にゆだねるのだから」

と書き換えた下文を辛うじて分かるように、前の方の「なにぶん、よろしく賴む」の前に矢印で挿入指示しているのである。私は学生時代の印刷会社のアルバイトや新聞部の顧問でこうした校正物は見馴れているが、全くの素人の場合、このぐちゃぐちゃの原稿を見てもかく組みかえることはなかなか難しいかとは思う。因みに現行は、

   *

【現行版】

「では、二人の士官に命じて身体検査をやらせるが、これは臣下の生命をお前の手にゆだねるのだから、なにぶん、よろしく頼む。それから、たとえどんな品物を取り上げても、お前がこの国を去るときには、必ず返してやる。でなかったら、いゝ値段で買い取ってやってもいゝ。」

   *

であるから、私の読みが間違っていないことは分かって戴けるであろう。]

 〔さて、〕二人の士官が身躰檢査にやつて來ると、私は二人をつまみ上げて、まづ上衣のポケツトに入れてやり、それから〔、〕順次にほかのポケツトに案内してやりました。が、ただどうしても〔、〕見せたくない品の〔ものを〕入〔れ〕てゐたポケツト〔だけ〕は、案内しませんでした〔見せなかつたのです。〕ポケツトの一方には銀時計を、一方には財布を持つてゐました。

 二人の男は、ペンとインクと紙をもつて、見たものを〔、〕一つ一つ〔精しく〕書きとめ〔ました。→て、〕皇帝の御覽に入れるために目錄を作りました〔つたのです〕。皇帝の御覽に入れた、私もその目錄を後になつて、見せてもらひましたが、それは〔ざつと〕次の通りでした。

[やぶちゃん注:「目錄を作りました〔つたのです〕」の両抹消はママ。現行はこの段落は「二人の男は、ペンとインクと紙を持って、見たものを、一つ一つくわしく書きとめ、皇帝の御覧にいれるために、目録を作りました。私もあとになって、その目録を見せてもらいましたが、それは、ざっと次の通りでした。」である。]

 

「まづ、この大きな人間山の上衣の右ポケツトを〔嚴重に→嚴重に〕檢査したところ、ただ一枚の大きな布を發見しただけです→しました〕。大きさは宮中の〔宮中の〕大廣間の敷もの位の大きさだらうか。〔あります。〕 

[やぶちゃん注:「大きな人間山」は自筆原稿では傍点「ヽ」。但し、この傍点は現行版にはない。]

 〔次に〕左ポケツトには〔からは〕銀の蓋のついた大きな凾のやうなものが出て來〔まし〕たが、二人には持上げることができませんでした。私どもはそれを開けさせ、一人が中に這〔はい〕つてみますと、塵のやうなものが〔腹の半ばをうめる位も〕〔一杯〕〔つま〕つてをゐました。が、その塵が私どもの顏のところまで舞上つた時には、二人とも同時に何度もくしやみが出ました。

[やぶちゃん注:現行版では「くしゃみ」に傍点「ヽ」が打たれてある。]

次に、チヨツキの右ポケツトには〔から出て來たものは、〕人間三人分位の大きさの白い薄い物が、〔針金で〕いく枚も重ねて締めつけてあり、それには、いろんな形〔が〕黑くついてゐました。これは〔たぶん〕書物だらうと思ひます。一字の大きさは〔、〕私どもの手の半分ほどもあります。

[やぶちゃん注:「人間三人分位の大きさの白い薄い物」の「大きさの」は現行版には、ない。]

 次に、チヨツキの左ポケツトには〔、〕一種の機械がありました。宮殿前の柵に似た長い二十本ばかりの棒が〔、〕その背中から出てゐるのです。これは人間山が頭の髮を櫛けす〔とく〕道具らしい です〔と思へます〕。

 ずぼんのポケツトからは、長さ人間ほどもある、鐵の〔筒〕がありました。これは何に使ふのかわかりません。右の内側のポケツトからは、一筋の銀の鎖が垂れて〔下がり〕、その下の方には一つの不思議な機械がついてゐました。私どもは〔、〕その鎖に〔つ〕いてゐるものを引出してみよと言ひました。〔こ〕れは半分は銀で、半分は透明なもので出來てゐる円形のものでした。〔ます。〕〔彼はこの機械を〔、〕〕私どもの耳の傍へ持つて來ました。すると、水車のやうに絶えず音がしてゐるのです。私どもはこれは不思議な動物か、小さな神樣 だらうと私どもは 〔らしく〕ひます〔へます〕。彼れを〔人間山〕の説明では、彼は何をするにも〔、〕いちいちこの機械と相談するといふことです。

 次に、彼は左の内ポケツトから……漁夫の使ふやうな網を取出しました。これは財布だあうです。中には■■〔重い〕黃色い金属がいくつか入つてゐました。これが〔ほんとの〕金だとすれば、大変な値段〔ねうち〕にちがひありません。

[やぶちゃん注:判読不能の抹消二字は思うに孰れも「類」という字を書こうとしているようには見える。]

 このやうにして〔、〕私どもは陛下の命令どほり〔、〕熱心に彼のもちものを調べてみましたが、最後に、彼の腰の周りに〔、〕一つの帶があるのを見つけました。それは何か大きな動物の革でこしらへたもので、その左の方からは〔、〕人間五人分の長さもの〔の〕劍が下つて〔を〕りま〔した〕。右の方からは〔、〕袋が下つて〔を〕りました。

 私どもは人間山の身體檢査から發見したものを、このやうに〔、〕書きとめておきます。人間山は〔、〕陛下を尊敬して〔、〕禮儀正しく、私どもを待遇してくれました。

 

 この目錄〔は〕皇帝の前で讀みあげられると、〔ました。〕皇帝は〔、〕叮嚀な言葉で、〔その〕目錄に書いてある品ものを〔、私に〕出せと云はれました。その時、皇帝〔先づ短刀を〔→獲〕せ〕と云はれたので、私は鞘ごとそれを取出しました。この時、皇帝は三千の兵〔士〕で私を遠くから取りかこみ、いざといへば〔、〕弓矢で射るやうに用意されてゐたのでした。が〔、〕私の目は皇帝の方だけ見てゐたので、それには〔少しも〕氣がつきませんでした。

[やぶちゃん注:現行版では「この目錄〔は〕皇帝の前で讀みあげられると、〔ました。〕」の後は改行されている。原稿には改行記号は、ない。

「獲」の字は自信がないが、明らかに「出せ」の「出」が抹消されている。「獲れ」とでもするつもりであったものか? なお、現行版は元の「出せ」である。]

 「その短刀を拔いてみよ」と皇帝は云はれました。

[やぶちゃん注:ここは現行版では「その短刀を拔いてみよ。」の箇所で改行され「と皇帝は云はれました。」以降は改行せずに続いている。原稿にははっきりと濃い改行指示記号が附されてある。次の一文のみ改行も現行版では、ない。]

 刀は潮水で少し錆てはゐましたが、まだよく光ります。

 スラリと拔き放つと、兵士どもは、あつと叫んで、〔みんな〕驚き恐れました。振りかざしてみせたら、太陽の反射で、刀がピカピカ光り、〔兵士は〕みんな目が〔くら〕ん〔でしまつ〕たのですが、皇帝はそれほど驚かれませんでした。〔それを〕もう一度鞘におさめて、鎖の端から六呎ほどの地上に、なるたけ靜かに〔お〕け、と〔私に〕命令されました。

[やぶちゃん注:「〔兵士は〕みんな目が〔くら〕ん〔でしまつ〕たのですが、皇帝は」の箇所は現行版では「兵士はみんな目がくらんでしまったのです。が、皇帝は」で文が切れている。原稿の句点はぐるぐると潰されていると私は読む。即ちここは、「兵士はみんな目がくらんでしまつたのですが、皇帝は」と文が繋がっていると考える。

 

「六呎」現行は「六フィート」(向後は五月蠅いだけなので、この異同は略す)。一メートル八十三センチメートル弱。]

 次に皇帝は、鐵の筒を見せよと云はれました。鐵の筒といふのは、私のピストルの〔こと〕でした〔す〕。私はそれを取出して、その使ひ方を説明しました。皇帝が使〔それから、〕 ピストルに私はそのピストルに〕火藥を〔つ〕めて、

 「今から使つて見せますが、どうか怖がらないで〔安心して〕下さい」と、〔まづ〕皇帝に注意しておいて、ドンと一發空に向つて打ちました。今度の驚きは〔、〕短刀どころの騒ぎではありません。何百人の人間が打殺されたやうに、ひつくりかへりました。皇帝はさすがに倒れなかつたものの、〔きよとんとして暫く眼をパチパチされていました。

[やぶちゃん注:「どうか安心して下さい」は、現行版では「驚かないでください」で有意に異なる。なお、現行版はこの最後の箇所では改行しておらず、次へと続いている。]

 私は短刀と同樣に、このピストルを引渡しました。それから〔、〕火藥と彈丸の入つた革袋も渡しました〔が〕「この火藥は火花が一つ飛んでも、宮殿も何もかも吹きとばしてしまひますから、どうか火に近づけないやう用心して下さい。」と注意しておきました。

[やぶちゃん注:現行版は(前注の通り改行なしで前から続く)、

   *

私は短刀と同じように、このピストルを引き渡しました。それから、火薬と弾丸の入った革袋も渡しました。そして、

「この火薬は火花が一つ飛んでも、宮殿も何もかも吹き飛ばしてしまいますから、どうか火に近づけないでください。」

   *

である(下線やぶちゃん)。]

 それから、懷中時計も〔皇帝に〕に引渡しました。皇帝はこの時計を非常に珍しがり、一番背の高い二人の兵士に、それを棒に掛〔か〕けて〔舁〕がせました。〔絶〕えず時計がチクタク音を立てるのと、時計の長針が動いてるのを見て、皇帝はびつくりし〔大へん驚き〕ました。この國の人たちは〔、〕私たちより目がいいので、分針の動いてゐるの〔まで〕すぐ見わけがつくのです。「一たいこれは何だらう」と〔、〕皇帝は學者たちにお尋ねになりましたが、學者たちの意見はまちまちで〔、〕した。とんでもない見當違ひ〔も〕ありました。

[やぶちゃん注:「懷中時計も〔皇帝に〕に引渡しました。」は現行版では「懐中時計を渡しました。」である。]

 次に私は銀貨と銅貨を〔とりだし、〕、それから櫛や嗅煙草入れ、ハンカチ、旅行案内などを、みんな渡しました。短刀とピストルと革袋は〔數台の〕荷車〔に〕つんで、皇帝の倉へ運ばれましたが、その他の品物は私に返してくれました。

[やぶちゃん注:現行版ではここの改行は、ない。原稿は初筆からちゃんと改行してある。]

 私は身躰檢査の時、〔兵士に〕見せなかつたポケツトがありました〔す〕。そのなかには眼鏡が一つ、望遠鏡が一つ、その他二三の品ものが入つてゐたのです〔ました〕。これは私が失くされたり壞されると大變だから、そのまま 見せなかつたものです。わざわざ皇帝に持出して見せなくてもよからうと考へ たからです。〔思ひました。〕

[やぶちゃん注:この段落も推敲の後がかなり複雑である。原稿そのものの執筆状態をなるべく忠実に再現すると、

   *

【マスに従った初期形(一行二十字も合わせた)】

 私は身躰檢査の時、見せなかつたポケツト

がありました。そのなかには眼鏡が一つ、望

遠鏡が一つ、その他二三の品ものが入つてゐ

たのです。これは私がわざわざ皇帝に持出し

て見せなくてもよからうと考へたからです。

失くされたり壞されると大變だから 、その

まま見せなかつたものです。

   *

が元で、そのれに削除と挿入と文の入れ替えを行った最終形が以上に示したものなのである。それに従って書き直すと、

   *

【自筆原稿決定稿】

 私は身躰檢査の時、兵士に見せなかつたポケツトがあります。そのなかには眼鏡が一つ、望遠鏡が一つ、その他二三の品ものが入つてゐました。これは失くされたり壞されると大變だからわざわざ皇帝に持出して見せなくてもよからうと思ひました。

 

しかしそれでも現行版とは異なる。以下に示す。

   *

【現行版(既に述べた通り、前の段落と続いていて改行はないが、比較のために頭を一字下げた)】

 私は身体検査のとき見せなかったポケットがあります。その中には眼鏡が一つ、望遠鏡が一つ、そのほか二三の品物が入っていました。これは失くされたり壊されると大へんだからわざわざ見せなくてもよかろうと思ったのです。

   *

今回は表記(漢字か平仮名か)の細部まで見てみよう。両方に私が引いた下線箇所が異同箇所である。これだけを見ると、凡そ別稿と言ってもおかしくないほどに違っていると言言えるのである。]

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