フォト

カテゴリー

サイト増設コンテンツ及びブログ掲載の特異点テクスト等一覧(2008年1月以降)

The Picture of Dorian Gray

  • Sans Souci
    畢竟惨めなる自身の肖像

Alice's Adventures in Wonderland

  • ふぅむ♡
    僕の三女アリスのアルバム

忘れ得ぬ人々:写真版

  • 縄文の母子像 後影
    ブログ・カテゴリの「忘れ得ぬ人々」の写真版

Exlibris Puer Eternus

  • 吾輩ハ僕ノ頗ル氣ニ入ツタ教ヘ子ノ猫デアル
    僕が立ち止まって振り向いた君のArt

SCULPTING IN TIME

  • 熊野波速玉大社牛王符
    写真帖とコレクションから

Pierre Bonnard Histoires Naturelles

  • 樹々の一家   Une famille d'arbres
    Jules Renard “Histoires Naturelles”の全挿絵

僕の視線の中のCaspar David Friedrich

  • 海辺の月の出(部分)
    1996年ドイツにて撮影

シリエトク日記写真版

  • 地の涯の岬
    2010年8月1日~5日の知床旅情(2010年8月8日~16日のブログ「シリエトク日記」他全18篇を参照されたい)

氷國絶佳瀧篇

  • Gullfoss
    2008年8月9日~18日のアイスランド瀧紀行(2008年8月19日~21日のブログ「氷國絶佳」全11篇を参照されたい)

Air de Tasmania

  • タスマニアの幸せなコバヤシチヨジ
    2007年12月23~30日 タスマニアにて (2008年1月1日及び2日のブログ「タスマニア紀行」全8篇を参照されたい)

僕の見た三丁目の夕日

  • blog-2007-7-29
    遠き日の僕の絵日記から
無料ブログはココログ

« 吾亦紅 原民喜 (恣意的正字化版) 附やぶちゃん注 「菓子」 | トップページ | 吾亦紅 原民喜 (恣意的正字化版) 附やぶちゃん注 「死の影」 / 「吾亦紅」~完 »

2016/05/03

吾亦紅 原民喜 (恣意的正字化版) 附やぶちゃん注 「机」

   机

 

 私のいま使つてゐる机は、――机ではなく實は箱なのだが、下に石油箱を橫たへ、その上に木製の洋服箱を重ね、書きものをする高さに調節してゐる譯なのだが、この上の方の輕い箱には蓋も附いてゐて、それが押匣の代用にもなり、原稿用紙や鳥渡したものを容れておくのに便利だ。もともと、これは洋服箱ではなく、實は妻が嫁入する時持つて來たもので、中には彼女が拵へた繻子の袱紗や、水引の飾りものが容れてあつた。

 私は昨年の二月、千葉の家を引上げ、郷里の兄の許に移ると、土藏の中で、この箱を見つけた。妻が嫁ぐとき持つて來た品々は、まだその土藏の長持の中に呼吸づいてゐて、それが私の嘆きを新たにした。警報がよく出てあはただしい頃ではあつたが、私は時折、土藏の二階へ行つて、女學生の頃使用してゐたものらしい物尺や筆入などを眺めた。はじめて島田を結つたとき使つたきり、そのまま埋沒されてゐた頭の飾りも出て來た。私は刺繡の袱紗の上に、綺麗な櫛など飾つて四五日眺め、やがて一纏めにすると妻の郷里へ送り屆けた。それから空箱になつた木の箱には、私の夏の洋服やシヤツを詰めて、田舍の方へ疎開させておいた。

 原子爆彈のため、廣島の家は灰燼に歸し、久しく私が使用してゐた机も本箱も、みんな喪はれた。だが、八幡村へ疎開させておいた洋服箱は無事であつた。私は八幡村の農家の二階で、この箱を机の代用にすることを思ひつき、そこで半歳あまり、ものを書くのに堪へて來た。昭和廿一年三月、私は東京の友人のところへ下宿することに決心したが、荷物を送り出すについて、この箱が一番氣にかかつた。薄い板で出來てゐる箱ゆゑ、もしかすると途中で壞れてしまひさうだし、それかといつて、どうしても諦めてしまふことは出來なかつた。私は材木屋で枠になりさうな板を買ふと、奮然としてその箱に枠を拵へた。實際、自分ながら驚くべき奮鬪であつたが、やがて、その箱は他の荷物と一緒に無事で友人の許に屆いてゐた。

 

[やぶちゃん注:「押匣」これは限りなく「抽匣」(ひきだし)の誤字か誤植と思われるが、ママとした。「抽匣」の用例なら原民喜「幼年畫」の「靑寫眞」に多出する。

「鳥渡したもの」「ちよつとしたもの(ちょっとしたもの)」。

「繻子」「しゆす(しゅす)」と読む。布面(ぬのおもて)が滑らかで、つやがあり、縦糸又は横糸を浮かして織った織物。

「袱紗」通常、茶道(貞恵は茶の湯をやった)のそれは「帛紗」と書く。道具をぬぐったり、盆・茶托の代用として器物の下に敷いたりする絹布。普通は羽二重で出来ており、縦を九寸(約二十七センチメートル)、横を九寸五分(約二十九センチメートル)ほどに作る。

「水引」紙縒(こよ)りに米糊(こめのり)を引いて干し固めたものを三本或いは五本並べて固めたもの。贈り物の飾り紐とし、慶事・弔事など用途に応じて用いる色や結び方に決まりがある。

「昨年の二月、千葉の家を引上げ、郷里の兄の許に移る」民喜は昭和二〇(一九四五)年一月末に千葉の登戸の家を引き払って、広島市幟町の実家(当時は三男信嗣が継いでいた。長男次男は夭折)へ戻っている。これは底本年譜によれば『疎開』目的であった。そこで彼は原爆に遇うこととなったのである。

「妻の郷里」広島県豊田郡本郷町(現在の三原市本郷町)。

「田舍の方」後に出るように「八幡村」のこと。広島県の旧山県郡八幡村(現在の北広島町内)。

「昭和廿一年三月、私は東京の友人のところへ下宿することに決心した」実際の上京は同年(一九四六年)の翌月の四月で、「友人」とは大森区馬込に住んでいた、中学以来の友人で詩人の長光太のこと。]

« 吾亦紅 原民喜 (恣意的正字化版) 附やぶちゃん注 「菓子」 | トップページ | 吾亦紅 原民喜 (恣意的正字化版) 附やぶちゃん注 「死の影」 / 「吾亦紅」~完 »