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2016/05/03

吾亦紅 原民喜 (恣意的正字化版) 附やぶちゃん注 「蛞蝓」

 蛞蝓

 

 その頃、妻は夜半に起出しては蛞蝓退治をしてゐた。私がぼんやり夜の書齋に坐つてゐると、一寢入した妻は茫とした夢の温もりを背負つて、しかし、いそいそとした顏つきで、懷中電燈を持つて、すぐ隣の臺所に現れる。それから、洗場の笊の下とか、敷板の下などを點檢し、蛞蝓は火箸で摘んで、鹽で溶かすのであつた。妻は蛞蝓の居さうな場所と、出て來る時刻を、すつかり諳じてゐた。これがすむと、妻は淸々した顏つきで寢室に引返すのであつた。

 淸潔好きの妻のことで、臺所など自分の體のつづきのやうにおもつてゐるらしかつたが、それにしても、蛞蝓は相手が相手だけに、私には何だかをかしかつた。

『庭の無花果が芽を吹き、小さな果を持つ頃、蛞蝓は現れて來る。小さな靑い無花果の噓の果を見て、ほう、今年はもう無花果がなるのかしら、と亭主は感心してゐる。こんな阿房な亭主だから、蛞蝓までこちらを馬鹿にして、するすると臺所に侵入して來るのである。……

 私はその頃、こんな戲文を書いて、妻に示したことがある。すると妻も「蛞蝓退治」と題して、何か書かうとするのであつた。

 蛞蝓は、しかし、あの南風でねとねとする風土と、むかむかするその頃の世相を象徴してゐるやうでもあつた。何だか譯のわからない氣持のわるいものが、外にも内にも溢れてゐた。妻が病氣する前のことで、昭和十三年頃のことである。

 

[やぶちゃん注:「蛞蝓」「なめくぢ(なめくじ)」。軟体動物門腹足綱有肺亜綱 Pulmonata に属する陸生巻貝類の内、殻が退化しているものの総称。ナメクジ類は上科で三つ、科のタクソンでも八科にも分かれるので一種を示すことは難しいが、本作品内時間の当時、家屋内で認められるそれは、柄眼目ナメクジ科ナメクジ科ナメクジ属ナメクジ Meghimatium bilineatum を指している可能性は高いとは一応、言えるであろう(現在は、これに加えてヨーロッパ原産の侵入種、柄眼目コウラナメクジ科 Lehmannia 属チャコウラナメクジ Lehmannia valentiana も幅をきかせている。これは一九七〇年以降に全国に拡大したが、敗戦後の一九五〇年代の本州に於いて、アメリカ軍物資に紛れ込んで侵入したものと考えられている)。

「夜半に起出しては蛞蝓退治をしてゐた」正しい駆除行動で、体の大部分が水分で出来ているナメクジは陽光を嫌い、まさに貞恵が点検しているような湿度の高い暗い場所で夜間に活発に行動する傾向があるからである(ナメクジは夜行性、と言明明記しているネット記載もあるが、私は留保する。雨の時期でなくても、実日中の陽光下で活動する個体を幾らも観察しているからである)。

「一寢入」「ひとねいり」。

「懷中電燈」「燈」は底本の用字。

「鹽で溶かす」事実は塩である必要はなく、殆んどが水分で構成されているナメクジから浸透圧現象によって水分を失わせる物質であるならば、例えば反対に砂糖でも何でも構わないのである。ウィキの「ナメクジ」によれば、『ナメクジの体表に塩を盛ると水分が抜けて溶けるように見える。これは水分を高張とする、つまり水溶液になって分子間力を生じる(浸透圧が起きる)物質ならば何でもよい。つまり、砂糖や重曹などでも同じような現象が観察できる。死ぬ前に水をかけると上記とは逆の作用により復活するように見える』ものの、『多くの場合はダメージが大きいために後日には死ぬ』とある。

「諳じて」「そらんじて」。

「無花果」「いちぢく(いちじく)」。

「小さな果」「果」は「み」と訓じておく。

「小さな靑い無花果の噓の果」言わずもがな乍ら、植物学的に非常に正確な表現である。バラ目クワ科イチジク属イチジク Ficus carica の漢名「無花果」はまさに花が咲かずに実をつけるように見えることに由来するのであるが、我々が「いちじくの実」と通称しているのは分り易く言えば「花の塊り」であって、通常の果実である子房ではなく、その隣接組織に由来する果実状の器官、「偽果(ぎか)」(Accessory fruit)」である(イチジクのそれは「イチジク状果」と呼ぶ。更に言うと、実はリンゴやナシも「ナシ状果」という偽果であり、我々が食わずに捨てている芯の部分のみが真の果実なのである)。因みに、和名の「イチジク」の語源は、ウィキの「イチジクによれば、本種(本種の偽果)を指す『中世ペルシア語「アンジール」(anjīr)を当時の中国語で音写した「映日」に「果」を補足した』「映日果」という別漢名『日本語名「イチジク」はこれの音読「エイジツカ」の転訛とする』とある。ここには注があって、『別説として、果実が一ヶ月程度で熟すから、または、一日一果実ずつ熟すから「一熟(イチジュク)」と呼び、「イチジク」はこの転訛であったとするが、実際には果実が熟するまでに』二ヶ月半程度は『要することから、前者の理由については全く当たるものでない。後者についてもそのような事実はないが、あえて大雑把に言うなら大半の植物は何日にもわたってひとつふたつと実りつづけるのであり、なぜイチジクがその代表に選ばれたか、またそもそも、なぜそのような当たり前の事象が名称とされたかの説明を欠いている。また仮にこのような造語が行われたとして、造語法としても普通に見られるものではない』と記す。なお、イチジクには初夏から夏にかけて実がなるものと、秋に実がなるもの、そして初夏と秋両方に実がなるものがあるが、ここは蛞蝓の登場と期を一にする初夏の情景と考えてよかろう。

「阿房」「あはう(あほう)」。「阿呆」に同じい。

「あの南風でねとねとする風土」梅雨時の日本に対する巨視的な謂いであろうが、千葉県千葉市登戸町(現在の千葉市中央区登戸)の家は房総半島の東京湾の南岸直近にあり、文字通りの皮膚実感でもあった。

「むかむかするその頃の世相」「昭和十三年頃」(一九三八年頃)、日本は既に前年から日中戦争を起こしていた。ウィキの「1938年」によれば、三月にナチス・ドイツがオーストリアを併合、翌四月一日には本邦で「国家総動員法」が公布(翌月施行)、五月十九日には日本軍が徐州を占領、九月には『従軍作家陸軍部隊出発(久米正雄・丹羽文雄・岸田国士・林芙美子ら)』『従軍作家海軍部隊出発(菊池寛・佐藤春夫・吉屋信子ら)』『従軍作家詩曲部隊出発(西條八十・古関裕而ら)』、十月には日本軍が広東や武漢三鎮を占領、十一月三日、『近衛首相による「東亜新秩序」声明』があり、十一月九日は「水晶の夜」でドイツに於けるユダヤ人迫害が開始されている。]

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