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2016/06/09

田中一三に   立原道造

 

  田中一三(かずみ)に

 



     1「抒情の手」に倣(なら)ひて

 

おそらく ただあの夕やけだけ

私たちの歷史のなかでひときは映えるであらう

それは「さいはひ」の日々のなかにひとこまの

美しいかがやかしい色どりとして

 

それは果敢(はか)ない私たちの冒險を誘ひ

きらびやかに また冴え冴えと

命なしに

いつまでも空にとどまるかのやうな……

 

高原の夏のをはり 日のをはり

 

私たちの若さ 私たちの哀歌――しかし

それはうつろふ束の間の激しい夢ではなかつたか

靜かに殘される時のなかにおそらくあの夕やけすら!

 

信じてはならない 美しい日和はこときれたとは

告げてはならない さらば われらの強き光よ! とは

――いつまでここに立ちつくしてゐる私たちだらうか?


 


     2

 

降るやうな光のなかで おまへと並んで

その日はぼんやりと步きつづけた

落葉する櫻並木のアーチの下を

ながれる靑い疏水のほとりを

 

若王子(にやくわうじ) 若王子 とほい都の町はづれ

だれを忘れようとて

來た旅だつたか――

心はかろく 步きつづけた

 

ああ その日! 私と並んで

⦅……口笛もやめゆつくりと

花を踏んで步いて行つた……⦆と

 

水に浮んで流れた日々を

とほい昔ではないやうに 私の耳に

優しい言葉でおまへはうたひ教へてくれた

 

 

 

     3「時雨ふる京の泊りは墓どなり」

 

秋雨や秋晴れやいろいろな氣候を

心のなかにこつそりと用意して

そしてそれをひとつづつためして

靑い空に鳶(とび)の輪を描かしてみたり

 

小竹(ささ)の搖れる東窓に手紙をしたためたり

小夜更けて降りはじめたしめやかな音に

思ひまうけないほどすなほに驚いたり

……曆と繪圖とをいつか心のなかに疊みこんで

 

そしていつの間にか おまへとも

その都とも 別れてもう歸つて來てゐる

ぢきに忘れるだらうとをりをりその日々を思ひ出しながら

 

それは不思議にうるほうてゐて

私の心の奧に遊び恍(ほ)うけた落着きが

私の場所できれいに汚れを洗つてさはやかにすぎるのだ

 

[やぶちゃん注:既に記した底本(一九八八年岩波文庫刊「立原道造詩集」(杉浦明平編))の「後期草稿詩篇」より。太字「夏のをはり 日のをはり」は底本では傍点「ヽ」。同底本解説に、この「後期草稿詩篇」は昭和九(一九三四)年から没する前年昭和一三(一九三八)年の末までの詩篇を推定年代順に並べたとあり、そのパートの二番目(一番目は既に電子化した「夜でない夜に」)に配されてある。諸データから推定するに、昭和一一(一九三六)年十月に友人田中一三(後注)を『転機を求めて』(底本の堀内達夫氏編の年譜の記載)訪ねており(八月に一度訪ねているが、その時は留守で逢えていない。これは後に注した神田氏のサイト「東京紅團」の「立原道造の世界」の「田中一三と京都 京都市内編」の記載に拠る)、この詩篇は同年末頃の作ではないかと推測出来るように思う。

・「田中一三(かずみ)」立原道造の一高時代からの友人。榛原守一氏のサイト「小さな資料室」の『資料22  立原道造の「友への手紙」(田中一三あて)』の注9に「立原道造全集」第五巻巻末の「宛名人註」からの引用が示されてある。これに、その他のネット上で知り得たデータを増補した彼の事蹟を以下に示す。なお、こちらのサイトは複数の電子テクスト・データの注で私のサイトへのリンクも多く張って下さっている。この場を借りて御礼申し上げる。

    *

田中一三(たなか・かずみ)

福山市生。雅号は香積(かずみ)。岡山・誠之中、一高文丙(同期)、京都大学仏文学科昭和一二(一九三七)年卒(卒論「シュリィ・プリュドム」(Sully Prudhomme 一八三九年~一九〇七年:フランスの詩人。一九〇一年の第一回ノーベル文学賞の受賞者)。『未成年』同人、『四季』に投稿。落合太郎教授に師事、堀辰雄に近づく。大学院から昭和一三(一九三八)年一月に姫路師団入隊、野砲連隊の将校としてソ満国境に出動、昭和一五(一九四〇)年十二月、自決した。

   *

・『「抒情の手」に倣(なら)ひて』「倣ひて」とある以上、「抒情の手」は別人の作物である。田中一三の手になるものか或いは別の誰かの書いたものかは不詳。恐らくは立原道造の研究者の間では自明のものなのだろうとは思う。

・「若王(にやくわうじ)」現代仮名遣では「にゃくおうじ」。京都府京都市左京区若王子町にある熊野若王子神社のこと。神田氏のサイト「東京紅團」の「立原道造の世界」の「田中一三と京都 京都市内編」(このページは本篇の鑑賞にすこぶる最適である。但し、トップ・ページへのリンクのみが許可されているので、そちらからお探し頂きたい)に、角川版「立原道造全集」の書簡集から昭和一一(一九三六)年に道造が一三を京都に訪ねた際に小場晴夫宛に送った書簡(十月二十八日附・京都市左京區浄土寺真如町迎稱寺田中香積気付)が引用されてあり、以下のようにある(当該ページの引用の前半部のみを引いた句の前後を空けた。同ページからそのままコピー・ペーストした。「うすやみほ」「とはり」はママ)。

   《引用開始》

 

   秋雨や 京のやどりは 墓どなり

 

 着いたよるは夜半から雨がしつかに降りそめ 次の日一日夕ぐれまで降りつづいた 夕映が空を染めたころ京都大学の構内をさまよひ そこですつかりうすやみほ夜になった 近くの獨逸文化研究所も見た 次の日 銀閣から疏水に沿うて若王子をとはり 南禅寺に行った。雨は降りみ降らずみ 雲の多い室と青空とは交代した 南禅寺の山門のところで遊んでゐる幼稚園の子供たちに見恍れ その言葉が京言葉なのに聞き恍れた

   《引用終了》

この『銀閣から疏水に沿うて若王子をと』ほり、とある箇所は、本詩篇の「降るやうな光のなかで おまへと並んで/その日はぼんやりと步きつづけた/落葉する櫻並木のアーチの下を/ながれる靑い疏水のほとりを//若王子 若王子 とほい都の町はづれ」という箇所と、よく一致する。

・「時雨ふる京の泊りは墓どなり」前で引いた神田氏のサイト「東京紅團」の「立原道造の世界」の「田中一三と京都 京都市内編」によれば一三の下宿は京都府京都市左京区浄土寺真如町(しんにょちょう)にある迎称寺(こうしょうじ)境内(或いはその裏手の墓地の隣り)にあったらしい。同ページには猪野謙二宛の同年十月二十六日附書簡があるが、そこで添えられた句は、

 

   秋雨や京の東の墓どなり。

 

となっている(同ページからそのままコピー・ペーストした。句点はママ)。この異形二句から察するに、「泊り」は「とまり」ではなく、「やどり」と読ませる可能性が高いか。初五を「時雨ふる」に変え、中七の継ぎ手を取り立ての係助詞「は」としたのは私はよいと思う。初五の切れのブレイクが失われたのはやや惜しい気もするが、「時雨ふる京の泊りは墓どなり」となって初めて、句全体にしっとりとした落ち着いた感じが満ち溢れており、道造の詩篇によくマッチしている。

・「小竹」二字に「ささ」のルビを振る。

・「東窓」「ひがしまど」と訓じたい。]

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