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2016/06/11

芥川龍之介「侏儒の言葉」(やぶちゃん合成完全版 附やぶちゃん注釈) 女人崇拜

 

       女人崇拜

 

 「永遠に女性なるもの」を崇拜したゲエテは確かに仕合せものの一人だつた。が、Yahooの牝を輕蔑したスウィフトは狂死せずにはゐなかつたのである。これは女性の呪ひであらうか? 或は又理性の呪ひであらうか?

 

[やぶちゃん注:・「永遠に女性なるもの」岩波新全集の奥野政元氏の注に、ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ(Johann Wolfgang von Goethe 一七四九年~一八三二年)の「ファウスト」(Faust 第一部は一八〇八年、第二部はゲーテの死の翌年の一八三三年に発表)の『結末で、ゲーテが讃美した聖母のイメージとして表現されたもの「永遠の女性が、高い空へ われわれを導く』(大山定一訳)という言葉で「ファウスト」は終る。芥川は「西方の人」で(リンク先は私の作成した「西方の人」(正續完全版))、これを「永遠に守らんとする者」と言いかえている』とあり、筑摩全集類聚版では、ゲーテの「ヴィルヘルム・マイスターの遍歴時代」(Wilhelm Meisters Wanderjahre 一八二一年)などに『その崇拝の念を強く窺うことができる』と注する。奥野氏のいうのは、死の直前に脱稿した「西方の人」の第二章「マリア」で、

   *

       2 マリア

 

 マリアは唯の女人だつた。が、或夜(よ)聖靈に感じて忽ちクリストを生み落した。我々はあらゆる女人の中に多少のマリアを感じるであらう。同時に又あらゆる男子の中(うち)にも――。いや、我々は爐に燃える火や畠の野菜や素燒きの瓶(かめ)や巖疊(がんでふ)に出來た腰かけの中にも多少のマリアを感じるであらう。マリアは「永遠に女性なるもの」ではない。唯「永遠に守らんとするもの」である。クリストの母、マリアの一生もやはり「涙の谷」の中(なか)に通(かよ)つてゐた。が、マリアは忍耐を重ねてこの一生を歩いて行つた。世間智と愚と美德とは彼女の一生の中(うち)に一つに住んでゐる。ニイチエの叛逆はクリストに對するよりもマリアに對する叛逆だつた。

   *

と述べているのを指す。

・「Yahoo」イングランド系アイルランド人の司祭にして痛烈な諷刺作家であったジョナサン・スウィフト(Jonathan Swift 一六六七年~一七四五年)が書いた「ガリヴァー旅行記」(Gulliver's travels:原書初版は世論の批判をかわすために決定稿を改変して一七二六年に出版、一七三五年には本来の決定稿完全版が出版されている。なお、この作品の正式な題名は「Travels into Several Remote Nations of the World, in Four Parts. By Lemuel Gulliver, First a Surgeon, and then a Captain of several Ships」(「船医から始まり、後に複数の船の船長となったレミュエル・ガリヴァーに拠る、四篇から成る、世界の僻遠の国々への旅行記」)である)の最終篇である、馬の国来訪記「第四篇 フウイヌム国渡航記」(Part IV: A Voyage to the Country of the Houyhnhnms)に登場する、馬の姿をした種族フウイヌムが家畜として登場する、毛深く、不潔で、醜悪にして狡猾強欲な人間型生物。ウィキの「ガリヴァー旅行記によれば、『ヤフーは』、『人類を否定的に歪曲した野蛮な種族であり、ヤフーの中には退化した人間性がある。ヤフーは、酩酊性のある植物の根によるアルコール中毒に似た習慣を持っており、絶え間なく争い、無益な輝く石を切に求めている。ガリヴァーと友人のフウイヌムは、人間とヤフーについての記録を比較し、二匹のヤフーが輝く石を巡って争っている隙に三匹目が石を奪い取るというヤフーの行為と訴訟や、特に理由も無いのに同種族で争い合うヤフーの習性と戦争のような、二種族の類似性を発見する。ガリヴァーが自国の人間の文明や社会について戦争や貧富の差も含めて語った友人のフウイヌムからは「ヤフーはまだ武器や貨幣を作るような知恵が無いから争いは小規模で済むが、お前達のように知恵をつけたらより凄惨な事態を招くのだろうな」と苦々しげに評された。ガリヴァーの国における馬が、飼い馬はもちろん野生のものまで荒々しくも誇り高く、ヤフーのように粗野で卑しい存在ではないことも決定打となった』。『ヤフーは毛深い体と鈎爪により人間と肉体的に異なっているが、雌のヤフーに性交を挑み掛かられた後に、ガリヴァーは自分はヤフーであると信じるようになる。それ以来、ガリヴァーはフウイヌムであることを切望するようになった。しかしながら、ガリヴァーがフウイヌム達の議会において「知恵や理性はあるが結局はヤフーと同一の存在」と判決を受け、常日頃からフウイヌム達がヤフーを害獣として淘汰していく方針を進めていたため、処刑されるかフウイヌム国を出ていくよう言い渡され、ガリヴァーは打ちのめされながらも』、『友人のフウイヌムに申し訳なさそうに見送られ』、『国を旅立った。故国に帰り着いた後も、ガリヴァーは自分のできる限り人間性(彼からすれば人間ヤフーである)から遠ざかろうと考え、自分の妻よりも厩舎の臭気を好んだ。フウイヌムから習った言語で厩舎の馬達と会話をしている時だけ心が落ち着いたという』とある。私が現在、自筆原稿復元版を作成中(ブログ・カテゴリ「原民喜にて)の原民喜訳の「バリヴァー旅行記」の現行版のラスト・シーンは「家に入ると、妻は私を両腕に抱いてキスしました。だが、なにしろこの数年間というものは、人間に触られたことがなかったので、一時間ばかり、私は気絶してしまいました。」で終っているが、自筆稿ではその後に、「家へ戾つてから、初めの一年間は私は妻子と一緒にゐるだけでも堪らなかつたのです。臭が我慢できなかつたし、一つ部屋で一緒に食事などする氣にはなれませんでした。」という文が続いている。

・「スウィフトは狂死せずにはゐなかつた」「人間らしさ」の項と私の注を参照されたい。

・「これは女性の呪ひであらうか? 或は又理性の呪ひであらうか?」この部分の解釈は少なくとも私にはやや難しい感じがする。「Yahooの牝を輕蔑したスウィフト」が「狂死」という選択肢しかなかったのは、「女性の呪」いに因るものなのか? それとも「理性の呪」いに因るものなのか? 孰れとも判じがたい、と芥川龍之介は言うのである。まず前者は、ガリヴァーはヤフーのに性交を挑まれかけた時に、自分が下等な彼らと同等の野蛮人であると認識しながらも、それから逃げた。然も、帰国して妻にキスされた途端に失神し、その妻の体臭に堪えられずなって、食事も妻と寝る(性交)ことをも嫌悪するようになり、遂には厩に馬と一緒に住むことだけが至福となるに至る。そんな強烈なあらゆる女性への生理的嫌悪で作品を終わらせたスウィフトに、全人類の「女性の呪」いがかかって、作者である彼が狂死したのか? という疑問である。一方、後者はどうであろう? 後に司祭となる彼は、二十一の時に出逢った少女ステラ(Stella:スウィフトがつけた愛称。本名はエスター・ジョンソン(Esther Johnson)。彼の使用人の一人娘で父は不詳)を愛し(ステラ二十歳の一七一六年頃には二人は密かに結婚していたと考えている)たが、一七二八年に彼女を病気で失い、一七三八年には病気の徴候が顕れ、一七四二年に発作を起こして『会話する能力を失うとともに精神障害になるという最大の恐怖が実現化した(「私はあの樹に似ている」と彼はかつて言った。「頭から先に参るのだ」)』とウィキの「ジョナサン・スウィフトにある。女性を蔑視しながら、その実、ステラとの愛欲に生きた彼に超自我たる「理性の呪」いがかかって狂死したのか?……分からない……しかし「人間らしさ」の注で私が記したものを再度、掲げておくなら、ウィキには記載がないが、彼の罹患していた疾患は実は梅毒性の神経障害であった。その罹患はダブリン大学トリニティ・カレッジ(Trinity College, University of Dublin)在学時代に買った売春婦からうつされたものであったが、スゥイフトは自分が梅毒に罹患していることを知っており、それが進行して発狂するのではないかということを非常に恐れていたことは事実である。これは芥川龍之介が母の精神病が自分に遺伝していて、自分もいつか発狂するのではないかと恐怖していたことと、ある意味、ごく相似的である点には着目しなければならぬ(また同じく龍之介には売春婦から梅毒をうつされたのではないかという恐怖が実際にあったこともほぼ確実であり、その点でも「相似」どころか「相同」でさえあると私は思う)。しかしここでどうして言っておかなくてはならないのは、一般に現在でもそう思われ(筑摩前主類聚版脚注も『政治問題にも関心を持ったが志を得ず、不満と絶望のうちに晩年発狂』とし、岩波新全集の山田俊治氏注も『狂死』、新潮文庫の神田由美子由氏も『恋人の死後、絶望のうちに発狂』とある)、龍之介も「發狂」と明記しているのであるが、実際にはスウィフトには最後まで「発狂」と表わすような顕在的な精神障害は全く起こっていないというのが、現在の最新の見解であるのでごくごく注意されたい小島弘一氏の論文「ジョナサン・スウィフト、悪疾と諷刺」(PDF)に非常に詳しい(但し、スゥイフトの梅毒による発狂恐怖の念慮が心因性精神疾患を惹起させた可能性は十分にあると私は思っている)。「狂死」ではないにしても、梅毒性の神経障害ならば、「理性の呪」いならざる、理性を掌る、物理的な――脳の呪い――ではあったと言えよう。]

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