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2016/06/13

芥川龍之介「侏儒の言葉」(やぶちゃん合成完全版 附やぶちゃん注釈) 言葉

 

       言葉

 

 あらゆる言葉は錢のやうに必ず兩面を具へてゐる。例へば「敏感な」と云ふ言葉の一面は畢竟「臆病な」と云ふことに過ぎない。

 

[やぶちゃん注:このアフォリズムは、私は、表裏のあるものとして「錢」(ぜに)、コインを挙げていることに着目する。確かに、それは別段、突飛ではない。分かり易い喩えではある。しかし、コインの裏表とは「賭け」である(芥川龍之介は花札やトランプの賭け事が好きだった)。龍之介にとって小説を書くことは、この謂いを穿って読むなら、「言葉による賭けごとをすること」と同義であったと言ってよいように思われる。そうしてその「賭け」とは、実はここで例として挙げているかのように見える、表面上の鋭利にして対象を切り裂く冷徹にして「敏感な」感性の裏に、人に知られたくない、彼自身の恐ろしくびくついた「臆病な」心が潜んでいたことを意味するのではあるまいか? それはまさに、後に中島敦が山月記」(リンク先は私の電子テクスト。教師時代授業ノートも電子化してある)の中で李徴に告白させた「臆病な自尊心」と「尊大な羞恥心」に他ならぬ心性だったのではあるまいか? さらに言えば、芥川龍之介が金銭に対して、強い執着を持っていたことも指摘しておきたい(これは必ずしもよく知られていることとは思われない)。我々は龍之介と金というと、決まって遺稿の「或阿呆の一生」の、

   *

       二十 械(かせ)

 彼等夫妻は彼の養父母と一つ家(いへ)に住むことになつた。それは彼が或新聞社に入社することになつた爲だつた。彼は黃いろい紙に書いた一枚の契約書を力にしてゐた。が、その契約書は後(あと)になつて見ると、新聞社は何の義務も負はずに彼ばかり義務を負ふものだつた。

   *

を想起される方が多いであろう。ところが、実際には中国特派の際の龍之介の新聞社への要望(書簡)などを読むと、表現は慇懃乍ら、その実相当に巧妙な計算高さで金銭の要望を出していることが分かる。この「或阿呆の一生」の一条も、事実とは相当に異なるものとして唾をつけて読む必要はあると言える。但し、彼が養父母及び血族親族のために、孤軍奮闘しなければならなかったことも事実ではある。河童」(リンク先は私の電子テクスト)の「五」に出る知られた、『トツクは或時窓の外を指さし、「見給へ。あの莫迦げさ加減を!」と吐き出すやうに言ひました。窓の外の往來にはまだ年の若い河童が一匹、兩親らしい河童を始め、七八匹の雌雄の河童を頸のまはりへぶら下げながら、息も絶え絶えに歩いてゐました。しかし僕は年の若い河童の犧牲的精神に感心しましたから、反つてその健氣(けなげ)さを褒め立てました』というシーンの中の「息も絶え絶え」の「若い河童」の姿は、芥川龍之介自身のカリカチャアであることは言を俟たぬ。私が言いたいのは、彼の「賭博好き」と「金銭への執着」という部分である。程度の差こそあれ、これはまさに彼の愛したドストエフスキーの病的なそれを想起させはしまいか? 私は――芥川龍之介と賭博と金――という部分にこそ、一つの新たな龍之介研究(多分に病跡学的な)の地平が開けるように思っているのである。但し、龍之介の名誉のために言っておくと、龍之介は金に執着はしたが、金に汚くはなかった。寧ろ、そうした守銭奴的連中には強い嫌悪感を持っていた。だからこそ、かの龍之介が相当な自信を以って編集した「近代日本文芸読本」(全五集・興文社・大正一四(一九二五)年一挙刊行)が種々の事情から、売り上げが上がらず、『芥川の手元に入った印税は微々たるもので、それも編集の手伝いをした蒲原春夫に渡してなくなってしま』(引用は二〇〇三年翰林書房刊「芥川龍之介新事典」の「『近代日本文芸読本』事件」の関口安義氏の解説)ったにもかかわらず、その後、芥川はこの出版で儲けて書斎を建てた、貧乏作家の作品を集めて一人で儲けた、という噂が文壇に広がり、間の悪いことに、第五集に収録された「感傷的な事」という徳田秋声の作品の使用許諾依頼が、当の徳田に届いていなかったため、徳田が発行元である興文社に抗議をするという事態に発展、芥川は文壇仲間と考えていた徳田の激しい抗議に狼狽し、結果として同読本所収の全百十九名(所収作品の総数は百四十八編であるが、複数作を掲載する作家が含まれている)の作家(若しくは遺族)に『薄謝』を以って謝罪するという後処理に追われることとなった(これに纏わる三木露風宛書簡や徳田秋声宛謝罪書簡は平成になってから新たに発見されている)。芥川は『そのために興文社から借金までして』いたとあり、これは芥川の自死に至る神経症的症状を増悪させた外的な大きな一因として挙げられる出来事でもあったのである。これは龍之介と金を廻る、犯人はこれといって名指せない最も不幸な事件であった。]

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