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2016/06/01

ジョナサン・スイフト原作 原民喜譯 「ガリヴァー旅行記」(やぶちゃん自筆原稿復元版) 小人國(6) ハイ さやうなら (その一)

 

     ハイ さやうなら

 

[やぶちゃん注:現行版では「六、」と頭に通し番号を打つ。]

 

 私は〔私は〕〔、〕この國を去るやうになつたことを〔のですが、それを〕述べる前に、まづ、二ケ月前から〔二ケ月前から〕、私〔を〕陷れようと企てられてゐた〔ねらつて〕ゐた〔私についての〕陰謀のことを語り〔たいと思ひ〕ます。

[やぶちゃん注:「私は〔私は〕」の併存はママ。「語り〔たいと思ひ〕ます」は、現行版では「語ります」である。]

 私が丁度ブレフスキ皇帝を訪ねようと〔、〕準備してゐる最中〔とき〕のことでした。ある晩、宮廷の、ある大官がやつて來ました。(この男〔の大官〕〔は〕は以前〔、〕皇帝の〔機〕嫌を損じたとき、〔じ、そのとき〕私は〔、〕彼のために大いに骨折つてやつたことがあるのです)彼は輿車(くるま)でこつそり、私の家を訪ねて來たのです。〔ました。〕

[やぶちゃん注:「くるま」は「輿」のルビだったのを抹消し忘れたの可能性が強い。現行版では、以下のように推敲前の形に近くなっている。

   *

 私がちょうどブレフスキュ皇帝を訪ねようと、準備しているときのことでした。ある晩、宮廷の、ある大官がやって来ました。(この大官が、以前、皇帝の機嫌を損じたとき、私は彼のために大いに骨折ってやったことがあるのです)彼は車で、こっそり、私の家を訪ねて来たのです。

   *]

是非、お目にかかりたいと〔こつそり内密にお話ししたいことがあると〕云ふので、從者たちは遠〔→ざ〕けました。私は彼を乘せたまま輿→車〕をポケツトに入れると、召使に命じて〔家の〕戸口をしつかり閉めさせました。それから、テーブルの上に車をおいて、その側に座りました。一通り挨拶をすませて〔から〕、相手の顏色を見ると、非常に心配さうな顏色をしてゐるのです。〔、〕

[やぶちゃん注:段落冒頭の字空けなしはママ。現行版では「内密」は「内証」、「相手の顏色を見ると、」と「ゐるのです。〔、〕」は孰れも削除部分が生きていて「相手の顏色を見ると、」「ゐるのです。」である。]

 「一たいどうしたのです。〔何か變つたことでもあるのですか。〕」と私はそのわけを尋ねました。

 「いや、なにしろ、あなたの名譽と生命にかかはる問題ですから、これはどうか〔、〕ゆつくり聞いてください」と言つて、彼は次のやうに話してくれました。〔話しだしました。〕

 「まづお知らせしたいのは、あなたのことで〔、〕近頃、数回〔祕密〕の會議が數〔回〕行は〔ひらか〕れましたが、陛下が、いよいよ決心されたのは、つい二日前のことです。

[やぶちゃん注:以下、【★→】から【←★】の間は自筆原稿の七〇枚目に当たるが、当該原稿は欠落している。そこで青土社版を元にしつつ、歴史的仮名遣や漢字は今までの復元で得た書き癖に基づいて推定して手を加え、全くオリジナルに作成したことをお断りしておく。

 御存知のとほり、ボルゴラム提督は、あなたがこの國に到着以來、あなたをひどく憎んでゐます。どうしてそんなうら→怨〕むのかは【★→】私にはよくわからないのですが、あなたが、ブレフスキュで大手柄をたてられて以來、彼の提督としての人氣が減つたやうに考へ、それからいよいよ憎みだしたのでせう。この人と大藏大臣のフリムナプ、それからまだあります、陸軍大將リムトック、侍從長ラルコン、高等法院長バルマッフ、これらの人々が一しよになつて、あなたを罪人にしようとして、彈劾文を書きました。」

 ここまで彼の話を聞いてゐると、私はむしやくしやしてきたので、

 「何だつて、みんなは私を罪人にしようとするのか、私はそんなに……」

 と云ひかけました。

 「まあ、默つて聞いていて下さい。」

 と、彼は私を默らせました。

 「私はいつかあなたの御恩になつたので、こんなことを打ち明けるのですが、もしかすると、そのために私まで罪になるかわかりません。が、それも覺悟でお知らせするのです。【←★】ここに、その彈劾文の寫しを手に入れてゐますから、今それを讀みあげてみませう〔す〕。

   人間

   人間山に対する彈劾文

 

 第一條

 カリン・デフアー・プリユン陛下の御代に作られた法律によると、宮城の中で立小便をした者は、死刑にされることになつてゐる。それなのに、人間山は皇后陛下の御殿が燒けた〔火事の〕時、火を消すことを口実にして、不埒千萬にも、小便を〔水で〕宮殿の火を消しとめた。

 第二條

 人間山はブレフスキユ國の艦隊を引ぱつて持つて戾つたが、その後、陛下は殘りの敵も全部とらへて來いと命令された。それ皇帝→陛下〕はブレフスキユ國を我が〔征服して〕属國にしてしまうふつもり〔お考へ〕だつた。すると人間山は〔不忠にも〔、〕〕陛下の御考へに反對し、その命令に從はなかつた。

〔「罪のない〕人民の自由や生命は■■奪へません」と、こんな口実を云つなまいきなことを云つた。〔ことを云つた。〕

 第三條

 ブレフスキユ國から陛下に講和の使節が〔やつて〕來た時、その使節→は〕敵國の〔皇帝の〕使であることを知つてゐながら、人間山は、まるで叛逆者のやうに、これを助けたり慰めた〔り〕した。

 第四條

 人間山は近頃、ブレフスキユ國へ渡らうとして航海の準備をしてゐる。陛下はただ、口〔さき〕で航海を→ちよつと〕許可された〔だけな〕のだ。それをいいこと口実→こと〕にして、彼は不忠にも敵國の皇帝と會ひ、敵國を助けようと企んでゐる。

[やぶちゃん注:「彈劾文」中の「人間山」の下線は底本では傍点「ヽ」。「彈劾文」には甚だしい異同はない。現行版では標題が、「人間山に対する彈劾文」とゴシック太字となっており、後に行空けはなく、この標題も一字下げでしかない。]

 

 このほかにもまだあるのですが、主なところを今讀みあげてみたのです。

 〔ところで〔、〕あなたの罪状について〔、〕〕この彈劾文をめぐつて、何度も議論が行はれましたが〔たのですが〕、陛下は〔、〕あなた〔が〕これまで〔立派な〕手柄→を〕ことを云はれ持出さ→立ててゐられるので、〕〔〕まあ、大目にみて罪は輕くしてやれ、と仰せな〔云はれ〕のです。だが〔しかし〕、大藏大臣と提督の二人は、どこまでもどこまでも頑固で、〕〔「〕夜中にあなたの家に火をつけて、燒き殺してしまつた方がいい、と〔ひどいことを〕云ふのです。それから〔、〕陸軍大將は、〔その時には〕毒矢をもつた二萬の兵をひきいて、あなたの手や顏を攻擊する、と、こんなことを云ふのですひます→ふのです〕。

[やぶちゃん注:「〔云はれ〕のです。」の「る」の脱字はママ。]

 それから、〔また、〕あなたの味方の宮内大臣レルドレザルは〔の〕意見を陛下がきかれますと、彼はこんなことを言いました〔す〕。殺すのは〔、〕どうもひどすぎるから、ただ、あなたの兩方の眼をつぶすことにしたらどうでせうか、と〔、〕こんなことを陛下に申し上げたのです。すると、これには議員たちみ〔ん〕な反對〔て、〔少〕騒がしくなり〕しました。

 〔おま→君は〕叛逆者の生命を助けようとするのかと〔、〕ボルゴラムは〔■ど→は〕どなりだしました。皇后の御座所の火事を立小便で消すことのできるやうな男〔なら〕、いつ大水を起して〔宮〕城を■■水浸しにしてしまふかもわからない、それに、敵艦隊を引張つて來たあの力〔で〕は、一たん何か腹を立ててあばれだしたら大變なことになる、と〔、〕ボルゴラムは云ふのです〔死刑を〔とく→説く〕のです〕。

 大藏大臣も、あんな男を養つてゐては、間もなく國が貧乏になつてしまふと言つて、死刑を主張しました。しかし、陛下はどこまでも、あなたを死刑にはしたくないお考へでした。

 兩方の眼を潰しただけでは〔、〕刑が輕すぎるといふのなら、食物を減して、だんだんやせ衰へさせるといいでせう、身躰が半分以上も小さくなつて死ねば、死骸から出る臭ひ〔だつて、〕さう恐しくはないし、骸骨だけは記念物として殘しておけます、と、宮内大臣は云ひました。

 そんなわけで、結局どうやら→とにかく、〕〔議論 〔どうやら結局、事件〔みんなの意見〕はまとまりました〔が〕、〔この、〕あなたを餓死さす、計劃は、〔ごくごく〕祕密にされてゐました。ます〕〔るのです。〕

 〔あと〕三日後に〔する〕と、あなたの味方の大臣がここへ訪ねて來るでせう。そして〔、〕彈劾文を讀んできかせます。〔、〕それから、陛下のおかげで、あなたの罪は兩眼を失くするだけですむことになつた〔、〕と告げることになつてゐます。陛下は〔、〕あなたがよろこんで、この〔刑〕に服されると信じて〔すだらうと思つて〕ゐられます。そこで、外科醫二十名が立合のうえで、あなたを地面に寢かせ、あなたの眼球に〔、〕鋭く尖つた矢を〔、〕何本も射込むことにな手筈になつてゐます。

 私はただ、ありのままを、あなたにお知らせしたのですから→が、どうか、そのつもりでゐてください。〔あまり〕長居をしてゐると〔、〕人から疑れますから、これで失禮〔いた〕します。」

 さう云つて〔高官〕〔は〕は歸つて〔ゆ〕きました。後に殘された私は、どうしたらいゝのかしらと、いろいろ惱みました。

[やぶちゃん注:現行版では「高官」は「大官」。]

 とうとう私は逃げ出すことに決心しました。三日が來ないうちに、私は宮内大臣に手紙を送り、明日の朝ブレフスキュー島へ出發するつもりだと云つてやりました。〔もう〕返事など待つてはゐられないので〔ません〕、そのまま海岸の方へ步いて行きました。

 そこで大きな軍艦を一隻つかまへ、綱を結びつけ、錨をあげると、裸になつて、着物は軍艦に積み込みました。それから、その船を引張つて、步いたり泳いだりしながら、ブレフスキュの港に着きました。

 向では私の來るのを待ちかねてゐたところでした。〔す。〕二人の案内者をつけて、首都まで案内してくれました。城門から〔私は二人〕を兩手にのせて城の近くまで行きましたが、ここで、誰か大臣を呼んで〔に知らせて〕きてくれ〔、〕と賴みました。

 しばらく待つてゐると、皇帝御自身が私を出迎へになるといふ返事ことでした。私は百ヤードばかり步いて行きました。皇帝〔と〕その從者たちは〔、〕馬から降りられました。皇后は馬車から降りられました。みんなちよつと〔すこし〕も私を恐がつてゐる樣子はありません。私は地面に橫になつて、陛下の手に接吻しました。それから私は〔かう〕申し上げました。いつかの約束どほり、リリバツト皇帝の許を得て、今このとほりブレフスキユ大帝にお目にかかりに來ました、私の力でできることなら何でも致します、と。

[やぶちゃん注:この最後の段落は自筆原稿の指示に私ならこう従うという形で校正した結果である。現行版は、

   *

 しばらく待っていると、皇帝御自身が私を出迎えになるということでした。私は百ヤードばかり歩いて行きました。皇帝とその従者たちは、馬からおりられました。皇后は馬車からおりられました。みんな、少しも私を怖がっている様子はありません。私は地面に横になって、陛下の手にキスしました。それから、いつかの約束どおり、リリパット皇帝の許しを得て、今このとおりブレフスキュ大帝にお目にかゝりに来ました、私の力でできることなら何でもいたします、と、私はこう申し上げました。

   *

とまるで違う。

「百ヤード」九十一・四四メートル。]

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