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2016/06/19

芥川龍之介「侏儒の言葉」(やぶちゃん合成完全版 附やぶちゃん注釈) (「侏儒の言葉」続篇 草稿 「一 ある鞭」及び「二 唾」)

 

(「侏儒の言葉」続篇 草稿 「一 ある鞭」及び「二 唾」)

 

[やぶちゃん注:以下は、岩波旧全集第十二巻に編者の表題『(斷片)』として所収するものである。私はその風合いから、明白な「侏儒の言葉」の続篇の断片草稿と断ずる。但し、現存する「侏儒の言葉」には、この「二 唾」のような、先行するアフォリズムを引用しての補正的アフォリズムは見当たらず、極めて特異なものとは思われる。底本には後記記載も一切なく、出所等も一切不明。文末に(大正十五年?)の編者記載があるのみである。私は、本稿は小穴隆一に自殺の決意を告げたとされる大正一五(一九二六)年四月十五日から遡る三箇月前の一月から、自死の直前までが執筆範囲であろうと推定している。そこで仮に『(「侏儒の言葉」続篇 草稿 「一 ある鞭」及び「二 唾」)』と標題しておいた。]

 

 

 

       一 ある鞭

 

 僕は年少の時、硝子畫の窓や振り香爐やコンタスの爲に基督教を愛した。その後僕の心を捉へたものは聖人や福者の傳記だつた。僕は彼等の捨命の事蹟に心理的或は戲曲的興味を感じ、その爲に又基督教を愛した。即ち僕は基督教を愛しながら、基督教的信仰には徹頭徹尾冷淡だつた。しかしそれはまだ好かつた。僕は千九百二十二年来、基督教的信仰或は基督教徒を嘲る爲に屢短篇やアフォリズムを艸した。しかもそれ等の短篇はやはりいつも基督教の藝術的莊嚴を道具にしてゐた。即ち僕は基督教を輕んずる爲に反つて基督教を愛したのだつた。僕の罰を受けたのは必しもその爲ばかりではあるまい。けれども僕はその爲にも罰を受けたことを信じてゐる。

 

[やぶちゃん注:・「硝子畫」(「ガラスぐわ(が)」。ステンド・グラス。

・「コンタス」contas。ポルトガル語で「数える」の意。カトリック教会に於いて聖母マリアへの祈りを繰り返し唱える際に用いる、十字架やメダイ・キリスト像などのついた数珠状の祈りの用具である、ロザリオ(ポルトガル語:rosário・ラテン語:rosarium)のこと。本邦では十六世紀にイエズス会宣教師によって伝えられたが、以後の隠れ切支丹の時代まで永く「こんたつ」(マリア賛礼の「アヴェ・マリア」(ラテン語:Ave Maria)の祈禱を口にした数を数えるもの)と呼ばれてきた経緯があり、龍之介はそれを踏まえた。

・「福者」「ふくしや(ふくしゃ)」(ラテン語:Beatus(ベアトゥス)・英語:Blessed(ブレッセッド)はカトリック教会に於いて、死後、その活動や殉教などの聖なる生涯から信徒の崇敬の対象となることを教会法に従って認められた者を指す。福者の列に加えられる手続きを「列福」と呼び、更に教会が二つ以上の奇跡に相当する行為や優れた宗教生活等が加えて認定された時、「列聖」の手続きを経て、「聖人」(聖者)とされる(主に「ブリタニカ国際大百科事典」に拠った)。

・「捨命」「しやみやう(しゃみょう)」と読み、本来は仏教用語で、悟りのために命を捨てること。

・「千九百二十二年」西暦一九二二年は大正十一年で、この年の一月一日には私の偏愛する怪作、南蛮寺の神父オルガンティノの面前に神道の祖霊の老人が出現して論争する「神神の微笑」を発表、同年九月には実の父母が亡くなって地獄に堕ちている以上、自分独りが天国に行くわけにはゆかないと敢然と棄教する「おぎん」、翌年の四月にはキリストを臆病者と喝破する「おしの」、大正十三年一月には聖女をネガティヴに反転させる「糸女覺え書」。昭和二(一九二七)年の〈聖アントニウスの誘惑〉をインスパイアしたレーゼ・ドラマ「誘惑――或るシナリオ――のなどの切支丹物の作品群があり、また当然、「基督教的信仰或は基督教徒を嘲る爲」の「アフォリズムを艸した」とするところの、この大正一二(一九二三)年一月に始まった「侏儒の言葉」それにも含まれる。しかし「神神の微笑」と「誘惑――或るシナリオ――」を除くと、後期の龍之介の切支丹物はキリスト教批判を皮肉な形で確かに顕在化させながらも、どうも小手先の屁理屈を捏ね回している感があって切れ味が鈍いように思う。「僕は基督教を輕んずる爲に反つて基督教を愛した」という謂いはそういう意味に於いてアイロニカルには私には腑に落ちる。

・「藝術的莊嚴」この「莊嚴」「しやうごん(しょうごん)」と訓じておく。本来は浄土などの仏国土及び仏・菩薩などの徳を示す美しい姿や飾り、また、寺院仏閣の仏堂・仏像などを美しく飾ることやその装飾具を指すが、ここは「捨命」と同じく援用して読むべきである。

・「即ち僕は基督教を輕んずる爲に反つて基督教を愛したのだつた。僕の罰を受けたのは必しもその爲ばかりではあるまい。けれども僕はその爲にも罰を受けたことを信じてゐる」この「罰」とは具体にこの後の自裁を指すと考えてよいが、私は寧ろ、イエス・キリストを一人のジャーナリストとし、その人間として彼に真摯に真っ向から対峙した「西方の人」は、芥川龍之介が真に「基督教を愛した」証しであり、それだけで私は彼は「罰」から免れてよい/免れていると思う。さらには芥川龍之介は〈復権するユダ〉であってよい/であるべきだ、とまで大真面目に思っているのである。]

 

 

 

       二 唾

 

 僕は嘗かう書いた。――「全智全能の神の悲劇は神自身には自殺の出來ないことである。」恰も自殺の出來ることは僕等の幸福であるかのやうに! 僕はこの苦しい三箇月の間に屢自殺に想到した。その度に又僕の言葉の冷かに僕を嘲るのを感じた。天に向つて吐いた唾は必ず面上に落ちなければならぬ。僕はこの一章を艸する時も、一心に神に念じてゐる。――「神の求め給ふ供物は碎けたる靈魂なり。神よ。汝は碎けたる悔いし心を輕しめ給はざるべし。」

 

[やぶちゃん注:・「嘗」「かつて」。

・「全智全能の神の悲劇は神自身には自殺の出來ないことである。」これは大正一三(一九二四)年七月号『文藝春秋』巻頭に載せた「侏儒の言葉」の「神」の第一章を指すが、微妙に表現上の異なりがある。以下に並べておく。

 

(先行「神」版)

 あらゆる神の屬性中、最も神の爲に同情するのは神には自殺の出來ないことである。

(本稿「唾」版)

 全智全能の神の悲劇は自身には自殺の出來ないことである。

 

・「僕はこの苦しい三箇月の間に屢自殺に想到した」これが冒頭注で私が『本稿は小穴隆一に自殺の決意を告げたとされる大正一五(一九二六)年四月十五日から遡る三箇月前の一月から、自死の直前までが執筆範囲であろうと推定している』根拠である。

・「神の求め給ふ供物は碎けたる靈魂なり。神よ。汝は碎けたる悔いし心を輕しめ給はざるべし。」これは「旧約聖書」詩篇の第五十一章第十七節、

   *

神のもとめたまふ祭物(そなへもの)はくだけたる靈魂(たましひ)なり。神よ、なんぢは碎けたる悔(くい)しこころを藐(かろ)しめたまふまじ。

   *

の引用である(引用は明治元訳)。]

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