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2016/07/16

外国に恥かしいとは   梅崎春生

 暴漢が社会党委員長を刺殺した。何という野蛮。外国に対して恥かしい。

 定員の十四倍も乗せた船が転覆して、五人が溺れ死んだ。何という悲惨。外国に対して恥かしい。

 何々がどうしてこうなった。何たる愚劣。外国に対して恥かしい。

 何か事件が超きる。新聞や週刊誌に報道され、そのあと事件の説明や論評が出る。無署名のもあれば、いわゆる文化人や有名人なるものの署名原稿もある。

 事件の論評なんてものは、たいてい千篇一律で、御説御もっともというのが多いが、読んでいて時々私は気持にひっかかりを感じることがある。前記の、外国に対して恥かしい、と言った表現にだ。

 有名人などの原稿にその表現は多いようだが、恥かしいと感じる前に、何か持つべき感情があるんじゃないか。

 日本的野蛮、悲惨、愚劣、私たちはだいたいその根を知っている。

 事件というものは、たまたまその根が露呈したところに生起するものであって、極言すれば、それは起るべくして起きたと言ってもいいのである。

 もちろん私たちはその野蛮や悲惨や愚劣をなくす方向に力を合わせねばならないが、現在のところ私たちの国は、それ以上の国でもなければ、それ以下の国でもない。

 それをどうして外国に対して恥かしがって見せねばならないのか。何も外国に迷惑をかけたわけでもないのに。

 思うに日本は戦後十五年経って、一応文化国家、民主主義国家(怪しいものだけれど)として、世界各国とおつき合いを願っている。PTAの虚栄マダムのように、あれこれ取りつくろって、やっと一人前みたいな顔をしているのに、時々厭な事件が起きてお里が知れて、

「まあ恥かしい!」

 と、面をおおっているような趣きがある。

 恥かしいというのは、原則的には個人的な感情だと思うが、前記有名人たちは何も個人として恥かしがっているわけではなかろう。彼等は国民を代表して、恥かしがって見せているのである。国民こそいい面の皮だ。

 昨日私は家の近所を散歩していたら、向うから男の子をつれた四十前後の母親が歩いて来た。男の子が突然尿意を催したと見え、道端にかけつけて放尿した。するとその母親は、子供と私を七分三分ににらみながら、

「まあ、恥かしいから、やめなさい!」

 と叱りつけた。この叱り方は教育上よくないな、と思いながら私はその傍を通り抜けた。

 立小便は悪いことだからやめなさい、というのなら話は判る。そう叱るべきなのである。

 恥かしいからやめろ、というのは筋が通らない。人が通っていなくて、恥かしさの対象がなくなればやってもよろしい、という風に取れる。

 それでは困る。事件論評の、外国に対して恥かしいは、それにちょっと似ている。

 どうして彼等は外国の評判を気にし、一喜一憂するのか。

 恥かしいの方は一憂だけれども、一喜の方の例をあげると、たとえばアメリカやヨーロッパで日本ブームという現象があるそうだ。

 なにもブームを起すほど、日本の文化や習俗は、卓越したものでない。どうも過大評価されていると思うが、誰もその点は指摘しない。

 やはり日本の文化はすぐれているのだ、それがやっと毛唐にも判って来たのだというような論評が、時折見られる。恥かしさを裏返しにしたものが、そこにある。

 どうして日本人はこんなに外国のことを気にするのだろう。一種のナショナリズムと言うべきか。

 もっとも教育がよくなかったと思う。今考えてよくなかったと思うのであって、当時としては仕方がなかったことかも知れぬ。

 明治大正という時代は、先進の資本主義国家に対して、後進の日本が、それ追いつけ追っ越せと頑張っていた時代だから、自然教育がその点に重点が置かれたのも、やむを得なかったことだろう。外国を意識しないことには、国威は進展しない。

 明治末期大正初期の小学校の教科書に、日本は世界の八大強国の一つ、という風に書かれていたようだが、私が小学校に入った頃は、世界五大強国の一つと教わった。

 五大強国とは、日英米仏伊である。ロシアは革命のため強国の座から降りたし、ドイツは第一次世界大戦の敗北で、これまた強国でなくなった。

 それから私が中学校にいる頃は、日本は世界三大強国の一つに出世していた。三大とは、日英米である。仏と伊は可哀そうに日本の後塵を拝することになった。

 強国の基準とは何か。本来ならば、経済や文化を含めた広汎なものでなくてはならないのに、今考えてみると、日本が勝手に強国の基準としたものは、海軍の保有トン数だったようである。

 軍艦がたくさんあるから強国であって、あとの条件を全部捨ててしまったのだから、これは無茶とも何とも言いようのない基準である。

 でも、子供たちは素直だから、なるほど五大強国の一つか、三大強国の一つかと、いくらか鼻を高くして、勉学に励んだ(?)ものである。

 その子供たちが今大人になって、事件の論評を書いたりしているから、三つ子の魂百までで、どうしても外国を意識せざるを得ないのじゃないかと思う。

 今、小学校ではどんな教育をしているのかよく知らないが、まさか昔のようなことはないだろう。

 ところがこの頃枢要な地位にある老人が、愛国とか何とか妙なことを言い出して来た。ほんとに困ったものである。

 以上のようなことをある人に話したら、その人答えて曰く。

 でもやっぱり恥かしいこともあるよ。たとえば日本の代議士が外国に出かけ、衆人環視の中で胴巻をずるずると引っぱり出したり、ローマの廃墟を見て、まだイタリアも復興しておらんな、と感想をもらしたりしている。話半分としても、恥かしい話じゃないか。

 しかし、それについて、私は思う。恥かしい話であるのは事実であるが、それは当人が恥かしがるべきであって、我々が別に恥かしがる必要はない。

 もっとも当人は恥という感情が欠如しているようだが、だから当人にかわって誰かが恥かしがる必要はない。

 でも彼は、国民からえらばれた代議士だよ。

 うん。それはそうだが、現在の段階では、日本の代議士にはそんなのが時々いる。仕方がない話である。

 そういう人物をえらばない方向に、私たちは力を合わせればいいことであって、何も国民こぞって恥かしい、恥かしいと、面を染める必要はない。

 幸い総選挙も近づいたし、ここらでも少しましな人物を出すことに心がけようではないかと、話を総選挙に持って行ったのが、この一文のみそである。

 

[やぶちゃん注:「うんとか すんとか」連載第三十二回目の『週刊現代』昭和三五(一九六〇)年十一月二十日号掲載分。本当に「恥ずかしい」のは、口では天皇を奉ったようなことを言い、まともに「古事記」さえ読んだこともないような、顔だけが売りの輩が神武天皇の実在を述べながら、その実、戦争放棄を柱とする憲法を守らんとされておおらるる天皇をあろうことか無視している、「天誅」に値する逆臣佞臣に満ち満ちているところの、本日只今の売国奴たる日本政府こそ「恥ずかしい」と私は思う。

「暴漢が社会党委員長を刺殺した」昨日、電子化した「三代目の個人主義」及び私の注を参照されたい。

「定員の十四倍も乗せた船が転覆して、五人が溺れ死んだ」かなり調べて見たが、具体的に当時の本邦でのどの水難事故を指しているのか分らなかった。識者の御教授を乞う。

「胴巻」「どうまき」は金銭などを入れて腹に巻きつける帯状の袋のこと。近年の海外旅行では寧ろ、盗難防止で同じタイプのものが当たり前にはなったが、もっと恰好はよい。]

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