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« 即席文化   梅崎春生 | トップページ | 芥川龍之介 手帳3―8~14 »

2016/07/17

芥川龍之介 手帳3―7

《3-7》

○信長の小姓の黑奴

[やぶちゃん注:現在、未定稿「織田信長と小姓」と仮題されているものが存在する。旧全集は末尾に『(昭和二年)』『(未完)』と記す。旧全集にも大半が載るが、より完備し、校合されたテクストである新全集のものを以下に旧全集表記を参考にしつつ、総て正字化して示す。やや長く、しかも断片である。新全集編者に拠る調整記号は総て排除し(全体の一字下げも無視した)、( )でないト書き箇所は全体が二字下げであるが、無視し、前後を空けてト書きであることが判るようにした。

   *

 

は何にもならぬ。その代りに僕一人先に起せば、みんながまだ慌ててゐるまに兜もかぶれれば槍も持てる。稼(かせ)ぎが出來るのは僕ばかりだ。

黑ん坊。そりや君の言ふ通りだ。

小姓の一人 だからまつ先に僕を起せよ。好いか? きつと忘れるなよ。

黑ん坊。手前勝手なことを言つてゐるなあ。

小姓の一人。何、誰が手前勝手だ?

黑ん坊。ううん 何とも言びはしないよ。

小姓の一人。新參ものの癖に生意氣なやつだ。(それぎり又寐入つてしまふ。)

 

 黑ん坊は暫く欠伸をしたり、つまらなさうにあたりを眺めたりしてゐる。そのうちに篝火はかすかになり、次第に月夜に變つてしまふ。すると黑ん坊は驚いたやうにぢつと何かに聞き入つてゐた後、獵犬のやうに飛び立つたと思ふと、風上へ鼻を反らせながら、――

 

黑ん坊。おや、馬の匀ひもする。焰硝の匀ひもするやうだぞ。あの音は、――あれは蹄の音だな。待てよ。まだ足音も聞える。差し物が風に鳴る音も聞える。こりやあいつが言つたやうに……

 

 黑ん坊は忽ち四つ這ひになり、靜かに陣幕の外へ這ひ出してしまふ。尤も黑ん坊が言つたものは聞えても來なければ、匀つても來ない。あとには唯ひつそりした月の光ばかり照り渡つてゐる。

 傍らに肘を枕にした小姓の一人。(急に寐返りを打ちながら、)この黄粉(きなこ)をつけた餅を一人で食へとは忝けない。(これも勿論寐語に違ひない。)

 二三分たつたかたたぬうちに黑ん坊は四つ這ひになつたまま、陣幕の中へ歸つて來ると、身輕に體を起すが早いか、松千代の側へ飛んで行き、――

 

黑ん坊。(小聲に)松ちやん! 松ちやん!

松千代。(目を開き)誰だい? ああ、君だつたか?

黑ん坊。大へんだよ。君。夜打ちがかかつたんだよ。さあ、早く槍を持つんだ。

松千代 え、何がかかつた?

黑ん坊。夜打ちだつてばさ。

松千代。何、夜打ちがかかつた?(急に槍を執つて立ち上る。)よし、初陣の功名に……

黑ん坊。(松千代の腕を抑へ)まだここへは來ないんだよ。唯向うの葦の中を大勢こつちへ忍んで來るんだよ。

松千代。君は確かに見屆けて來たんだね?

黑ん坊。ううん、そうつと聞き屆けて來たんだよ。その前にも嗅ぎ屆けては置いたんだけどね。

松千代。え、嗅ぎ屆けて置いたつて?

黑ん坊。(得意さうに鼻を指さしながら)僕の鼻はすばらしいんだよ。君たちは一町先にゐる尨犬(むくいぬ)の匀さへわからないだらう? けれども僕は風下(かざしも)にゐりや、三町先に蛙を呑んでゐる蛇の匀ひでもわかるんだぜ。(突然又松千代の腕を抑へ)ああ、だんだんやつて來やがつた。夜露にしめつた指し物だの草鞋(わらぢ)だのの匀もし始めたよ。

松千代。ありがたう。僕は君のおかげで今夜だけは遲れをとらずにすむよ。

黑ん坊。實は夜打ちでもかかつたら、眞つ先に起してくれろつてね、あいつに(具足櫃によりかかつた小姓の一人を指さし)賴まれてゐたんだけれど、君だけ今起しに來たんだよ。

松千代。どうして又僕だけ起しに來てくれたの?

黑ん坊 だつて

[やぶちゃん注:新全集はここ以下を別原稿群とする。]

松千代。それでもほんたうにお禮を言ふよ。

黑ん坊。(突然そこへあぐらをかき、兩手に顏を隱してしまふ。)そんなことを言つちやいけないよ。そんなことを言つちやいけないよ。

松千代。どうしてさ?(黑ん坊の顏を覗きこみ)おや、君は泣いてゐるね? 何か急に悲しくなつたの?

黑ん坊。ううん、悲しくはないんだよ。ちつとも悲しくはないんだけれどね、唯僕は生まれてから、一度もお禮つてものを言はれなかつたんだよ。それを今君に言はれたもんだから……(俄かに又飛び上り)さあ、そこまで押し寄せて來た! 今度はもう具足や槍の匀もする。(短刀をひき拔き)松ちやん。君はこわくはないかい? 僕は膝頭ががくがくしてゐるんだよ。

松千代。敵を恐れるのは侍ぢやない。僕のお父さんも十七の年に一番槍の功名を立ててゐるんだ。

黑ん坊。だつて君も震へてゐるぢやないか?

松千代。これは武者震ひと云ふもんだよ。

 

 かう云ふ松千代の言葉のうちに忽ち鬨の聲や鐵砲の音。續いて夜打ちの本願寺勢が大勢、槍や刀を閃かせながら、ばらばら陣幕の中へ亂れ入つて來る。小姓たちも前後して飛び起きるが早いか、手ん手に得物を執つて戰ひ合ふ。一本の槍を二人がかりで引き合つたりするものも少くない。具足檀によりかかつてゐた小姓の一人は槍を提げて飛び起きると、――

 

小姓の一人。黑ん坊のやつはどこへ行つた? 約束を守らぬ不屆ものめ! 黑ん坊のやつはどこへ行つた?

 

 本願寺勢のまつ先に立つた身の丈拔群の法師武者が一人、大薙刀をふりまはしながら、――

 

法師武者。(大音を擧げ)敵味方の中に人も知つたる大夫坊覺明(かくめう)を黑ん坊などとは緩怠至極!

 

 小姓の一人は槍を合はせるが早いか、忽ち一薙ぎに薙ぎ倒されてしまふ。

 

覺明。小倅どもでは相手に足らぬ。大將の織田殿はどこへ行かれた? さあ、織田殿に見參しよう。

松千代。竹村松千代! 參る!(不相變がたがた胴震ひをしながら、一心に覺明に突いてかかる。)

覺明。この小わつぱめ! 邪魔立てするな!

 

 黑ん坊。敵味方の間を縫ひまはりながら あぶないよ。松ちやん、あぶないつてば。そいつは一番強さうだよ。

 覺明は二三合渡り合つた後、大薙刀の石突きで無造作に松千代を突き倒してしまふ。それを見た黑ん坊は一生懸命になり、短刀を片手にふりかざしながら、思はず本國の言葉を發し、――

 

黑ん坊。チャック、ラック、バアル!

覺明。何だ、貴樣は? 人間か、猿か?

 

 覺明はさすがに驚きながら、それでも黑ん坊に打つてかかる。黑ん坊は忽ち辟易し、あちらこちらと逃げまはつた後、短刀を口に啣へたなり、するすると柳の木に登つてしまふ。

 

覺明。大將の織田殿はどこへ行かれた? さあ、織田殿に見參しよう。

 

 松千代はやつと起き上り、怯づ怯づ覺明に突いてかからうとしてゐる。が、覺明の勢ひに呑まれ、容易に槍をつけることが出來ない。

 

[やぶちゃん注:新全集はここ以下を別原稿群とする。]

 

       四

 

 鐵砲の音や人聲に滿ちた、火かげ一つ見えない暗やみの中を例の黑ん坊がたつた一人、やはり口に短刀を啣へ、右から左へ一目散に氣違ひのやうに走りつづけてゐる。

 

[やぶちゃん注:新全集はここ以下を別原稿群とする。]

 

       五

 

 竹藪を負うた荻江の住居。一段高い住居の床に古疊が一二枚敷かれてゐる。土間の左は戸口になり、そこに崩れかかつた土竃など。土間の右に接した壁には犬もくぐり兼ねない穴が一つ。穴の上の竹格子の窓から月明りが一すぢ土間に落ちてゐる。遠近に人聲や鐵砲の音。そこへ正面の暖簾の中から帶に懷劍をさしたまま、行燈をかかげて走り出したのは勿論この住居の女主人である。

 

荻江。さては合戰が始まつたと見える。若しや殿の御本陣に敵の夜打ちでもかかつたとしたら、……(行燈をおろす)と云つて女の身一つでは松千代の安否も尋ねには行かれぬ。をう、さうぢや。どちらが夜打ちをかけたものやら、隣の甚兵衞殿に見て來て貰はう。尤も耳の遠い甚兵衞殿はこの騷ぎも知らずに寐入つてゐるかも知れぬ。

 

 かう云ふ荻江の言葉のうちに右の壁に明いた穴の中から黑い脚が二本見えはじめる。

 

荻江。(ふとこの黑い脚を見つけ)や、何ぢや、あそこにあるのは?(黑い脚はかう言ふうちに黑い尻に變つてゐる。)犬猫のたぐひでもないやうな。(ひらりと土間へ飛び下りると、片手に黑ん坊の褌を捉へ、片手に懷劍を拔きながら)こりやその方は何ものぢや? たとひ見る影はないあばら家にもせよ、案内もなしに侍の家へ泥脚(どろずね)を入れるとは無禮であらう。女ながらも織田殿の身うち竹村權之丞の女房荻江、返答によつては用捨はせぬぞ。

[やぶちゃん注:新全集はここ以下を別原稿群とする。]

黑ん坊。(壁の向うから)僕だよ。おばさん。僕だつてば。おばさんは松ちやんのお母さんだらう。

荻江 松千代のことも知つてゐる上は妖怪變化であらうも知れぬ。妖怪變化でも恐しくはない。さあ、その方は何ものぢや?

黑ん坊。(同上)だから僕だつて言つてゐるぢやないか? 僕だよ。あの黑ん坊だよ。瓶の中から出た黑ん坊だよ。

荻江 何、黑ん坊!(まだ少しも油斷せずに)成程さう言はれて見れば、あの時の黑ん坊のやうでもある。その又黑ん坊が何の爲に來たのぢや?

黑ん坊。(同上)敵の夜打ちがかかつてね、殿樣さへどこかへ行つてしまつたから、命あつての物種だと思つて一生懸命に逃げて來たのだよ。

荻江。(思はず手を放して立ち上る。)何、殿のお行くへもわからぬ?

黑ん坊。(同上)そこへこの家の明りが見えたのだらう? 僕はしめたと思つてね、兎に角這ひこまうとしかけたのだよ。

荻江。(ぼんやりと)さては味方の總崩れぢやな。

黑ん坊(同上)ねえ、おばさん、家の中へ首を入れても好いだらう? ここの藪つ蚊のひどいことと言つたら。

荻江。(はつとしたやうに懷劍をおさめ)をう、はひつても好い所ではない。おばさんが足を引つぱつて上げようか? 瓶の中から出た時のことを思へば、懷しさは又人一倍ぢや。おばさんもお前の顏が見たい。

黑ん坊。(やつと壁の穴から這ひ出し)譃をついてゐらあ。松ちやんの話を聞かせて貰はうと思つて。

 

[やぶちゃん注:新全集はここ以下を別原稿群とする。以下は旧全集には不載。前の場面のヴァリエーションである。]

 

 貧しい家の内部である。左に戸口。右に竹格子の窓。窓の下の壁は破れてゐる。正面に奧へ通ずる暖簾、暖簾の右に押入れがある。

 前幕の終と同じ時刻。

 始は唯暗い中に、遠近の鬨の聲が響いてゐる。一二分の後、正面の暖簾の中から、今眼を覺ましたらしい荻江が一人、火のともつた行燈を下げた俵、慌てたやうに登場する

 

荻江 あの聲は、――あの鬨の聲は、――もう合戰が始まつたのか、――(落着かなさうにあたりを眺めながら)おお、鐵砲の音も聞える。もしや殿の御本陣に、夜打ちでもかかつたのでなければ好いが、――(行燈を置き、戸口ヘ走り寄る)ええ、この戸の立てつけの惡い。(戸を明ける。同時に思はずよろめきながら)あの火の手は、――確かにあれは御本陣あたりぢや。松千代――ああ、松千代はどうしたであらう?(延び上るやうに火の手を眺める)丁度又運の惡い、――初陣に夜打ちをかけられるとは、――(帶の懷劍へ手をやる)一そ其處らまで行つて見ようか? いやいや、行つて見ても仕方がない。(突然又行燈の側へ走り寄ると、べつたり其處に坐つてしまふ)あ あ、どうすれば好い事やら、――男山正八幡宮、何とぞ倅松千代の武運長久守らせ給へ。武運長――ええ、かう云ふ内にも松千代一人に、大勢槍をつけてゐるかも知れぬ。――

 

 鬨の聲は愈盛になる。この時窓の下の壁の破れ目から、黑い足が二つによきりと出る。しかし荻江は氣がつかない。以下荻江の獨臺の間に、その黑い足は黑い脚となり、又黑い膝となり、最後に赤い褌となり、――結局わが崑侖丸が、壁に破れ目のあるのを幸ひ、尻から先へ這ひこんで來た

 

   *

なお、新全集後記によれば、山本有三の「芥川君の戯曲」(『文藝春秋』昭和二(一九二七)年九月)には作者芥川龍之介の『内で構想されていた梗概などが詳しく記されている』とある(私は未読)。]

 

○德川時代の儒者の自然科學

 {雹 想山著聞集

 {梟 假名世説

[やぶちゃん注:二つの「{」は底本では大きな一つの「{」。「想山著聞集」は「しやうざんきちよもんきしふ(しょうざんちょもんきしゅう)」と読み、尾張名古屋藩士で右筆を務めた書家三好想山(みよししょうざん ?~嘉永三(一八五〇)年)が動植物奇談・神仏霊異・天変地異など五十七話の奇談を集めた全五巻の随筆集。嘉永二(一八四九)年完成。「雹 想山著聞集」という当該条は、同書の「卷の三」の末尾にある「雹(ひよう)の降(ふり)たる事」。【2017年5月26日改稿:これを注した後に始めた「想山著聞奇集」の電子化注で同条に辿りついた。より本文を正確に校合、注も多量に附したので、リンクさせて、ここに置いたものは削除した。】

 

「梟 假名世説」の「假名世説」は「かなせせつ」と読み、天明期を代表する文人で狂歌師として知られる大田南畝(寛延二(一七四九)年~文政六(一八二三)年)が著わしたものを、後に文宝堂散木が補した、南畝没後の文政八年に刊行した随筆。当該箇所は以下(底本は所持する吉川弘文館「日本随筆大成 第二期 第二巻」を用いつつ、恣意的に正字化した)。

   *

 支唐禪師は、原子和が父の方外の友なり。諸國行脚の時、出羽國より同宗の寺あるかたへゆきて、其寺にしばし滯留ありしに、庭前に椎の木の大なるが朽て、半よりをれ殘りたり。一日住持、此木を人して掘とらせけるに、朽たるうつろの中より、雌雄の梟二羽出て飛さりぬ。其跡をひらきみるに、ふくろふの形を土をもて作りたるが三つ有。其中にひとつははやくも毛少し生て、啄(クチバシ)足(アシ)ともにそなはり。すこし生氣もあるやうなり。三つともに大さは親鳥程なり。住持ことに怪しみけるに、禪師のいはく、これは聞及びたる事なりしが、まのあたり見るはいとめづらし。古歌に「ふくろふのあたゝめつちに毛がはへて昔のなさけいまのあだなり」と、此事をいひけるものなるべし。梟はみな土をつくねて、子とするものなりと。住持も禪師の博物を感ぜり。

   *

文中の和歌は不詳。]

 

○半鐘の聲を聞きつゝ深夜の町を歩む(友と友との間)

○(子供 捨子 女の噓 僧)現代

[やぶちゃん注:「捨兒」(大正九(一九二〇)年七月)の構想メモ。]

 

○女と落合ふ 落合ふまで捉はれたる感じ 落合はんとして遲れ 女に遇はざる時の loneliness

夫婦の愛が漸く薄くなる時 夫婦別れをしなければならないやうな事情が起る 急に二人の愛が深くなる Thema

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