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2016/07/22

痛いものは痛い   梅崎春生

 

 奥歯が痛む。やけに痛む。痛くって夜もろくろく眠れない。私は幼少の頃から肉体的苦痛に対して、たいへん弱い。夜が明けるのを待ちかねて歯医者にかけつけたら、医者はいろいろしらべて、

「こりやもうだめですな。引っこ抜きましょう」

 という託宣で、私の奥歯の運命はかんたんにきまってしまった。運命はかんたんにきまったが、手術の方はたいへんで、前後三十分もかかり、台上において私はしばしば脳貧血の発作におそわれた。

 医者の説明によると、私の歯ぐきは非常に丈夫で、しかと歯をはさんで離さない。ところが歯質の方はもろくて、れいのやっとこで引っぱり出そうとすると、ぽろりと欠ける。

 何度も繰返している中に麻酔はさめて来るし、もう死んだ方がましのような破滅的気分になった時、やっと根が引っこ抜かれて手術は終りをつげた。私は虚脱して、涙を流しながら、待合室の長椅子に一時間ばかり横になってうなっていた。

 歯医者の使う道具、やっとこだの釘抜きなんてものは、形こそ精巧になったが、原理的には原始時代から一歩も進歩していないのは何故だろう。薬品か何かを注射すると、歯ぐきの緊縛力が一時的にゆるんで、歯がすぽんと飛び出すようには出来ないものか。相手は歯という鉱物質だから、ことに取扱いを慎重に願いたい。

 人間の体の中では、鉱物が一番痛い。骨折などの痛さは言語に絶する。次いでは動物、肉とか皮の痛さだ。植物が一番痛くない。植物というのは髪や髭や爪のこと。

 ことに髪なんかは毎日肥料を与えないと、発芽が悪くて禿(はげ)になったり、枯れて白髪(しらが)になったりする。そっくり植物であって、これは切ったり剃ったりしても全然痛くない。

 もしこれが痛けりやたいへんだ。床屋さんは笑気ガスか何かを常備しなけりやならないし、髭剃りも局部麻酔によらねばならぬ。髪や髭に痛覚神経を免除した神に栄光あれ!

 話が妙なところにそれたが、兇悪犯人は大体において痛覚神経がにぶいのだそうである。(この点において私は兇悪犯人になる資格がない)

 わが身をつねって人の宿さを知れ、という諺があるが、彼等は自分の身をつねってもさほど痛くないので、他人もそうだろうと思い込んで、平気で殺したり怪我させたりするのである。読者諸子も痛覚神経のにぶい人物とはあまり交際なさらぬがよろしい。

 殺されたり怪我させられたりするおそれはないとしても、痛覚鈍麻の人間はおおむね心情的に冷酷であり、想像力がはなはだしく欠如しているのが常である。友をえらばば才たけて、痛覚神経にぶからず……。

 天下の秘境黒部峡谷に、目下大ダムが建設中である。昨年の夏私も見学に行ったが、なかなかの大事業で、また危険の多い作業だ。毎日のように怪我人が出るという話だが、ある日ある土工が左手の親指を切り落されて、労働基準監督署に補償費三十万円を申請した。

 親指の第一関節からなくなると、身体傷害程度九級ということになり、三百五十日分の補償費が貰えるのだそうである。

 この男を皮切りに、続々と怪我人が出て、申し合わせたように左の親指ばかりで、どうもおかしいと労務担当者がしらべて見ると、皆大分県南海部(あまべ)郡から集団出稼ぎに来た労務者たちで、一カ月の間に同郷出身者十四人の中十三人までが親指をうしなったというから、たちが悪い。

 主謀者が各人をあつめて、

「指に和紙を巻いて切れば痛くないぞ」

 とそそのかし、各人も補償費に目がくらんで、鉈(なた)でちょん切った。

 いくら和紙を巻きつけたって、骨をぶった切るのだから、痛くない筈がない。歯を引き抜く痛さとは、桁が違うだろう。

 痛いだけでなく、親指が永遠にうしなわれるのだ。あえて毀傷(きしょう)せざるは孝の始めなりなどと、古風な教えを持ち出すつもりはないが、端金(はしたがね)(?)のために錠をふるって不具になるなんて、ことのほか陰惨な感じがする。

 これにくらべると江戸時代の女房が病夫の治療費に、緑なす黒髪をばっさり切って売り払うのは、はるかに清らかであり美しい。

 髪はまた生えて来るが、親指はもう生えて来ないのである。どうも連中は痛覚神経がにぶいんじゃないか。そうとでも解釈しなきゃ、つじつまが合わない。

 当り屋という商売(?)がある。自家用車などに体当りして、ころんだり轢(ひ)かれたりして、損害賠償をとる。働こうと思えば働ける男がそれに従事しているというから、こんな奴の痛覚神経は針金みたいに無感覚なのだろう。

 嚙まれ屋というのもあって、あちこちの飼犬を挑発して手や足に嚙みつかせ、それで治療費をとる。けっこう商売として採算が取れるのだそうである。

 日本人は一般的に痛覚神経がにぶいのではないか、という疑問がおこる。白人のそれ、黒人のそれと、比較研究した文献があるかどうかは知らないが、たとえば白人の女はお産をする時に泣きわめくが、日本の女はうなるぐらいなことはするけれど泣きわめきはしない。現場を見たわけではないが、そういう話だ。

 それに麻酔の研究もはるかに遅れている。外国ではつとに麻酔科が設置されて、その専門医もいるのに、我が国ではやっと緒につき始めた程度で、ショック死があちこちでおこっている現状だ。日本人はあまり痛がらないんじゃなかろうか。

 こういう疑問に対して、いや、それは違う、日本人も痛いことは痛いが、永年つちかった精神主義が痛い顔をさせないのだ、という説もある。

 自殺するにしても、もっと効果的で苦痛のない方法があるのに、刃物で腹を一文字(あるいは十文字)に断ち割るような、野蛮で苦痛多き方法をとる。

 その伝統がずっと尾を引いていて、戦前の教育というのは、欠乏に耐える、困苦を我慢するというところに重点が置かれていた。つまり日本は後進国であったから、歯を食いしばって苦しみに耐え、粗衣粗食に甘んじて、先進国に追いつこうと努力した。

 小学校の教育もそれにそって、精神主義が強調された。木から落っこちて、痛い、などと泣きわめくなんて飛んでもない話で、

「お前は日本男児ではないか。涙を出すなんて女々しいぞ!」

 と叱り飛ばされるから、われわれも自衛上、痛い時には泣くかわりに、にやにやと笑うというようなポーカーフェイスを身につけた。

 これが嵩じて太平洋戦争となり、敵兵は痛がるし生命を惜しがるから、突撃すればいちころだと、戦争を始めたところ、実に相違して日の丸弁当と洋食のフルコースのような大差で、こてんこてんにのばされてしまった。もうここらで精神主義は願い下げにして、痛い時は泣きさけび、うれしい時は笑いさざめこうではないか。

 幸い今の子供はその方向に順調に進んでいるようである。近頃のやくざは指をつめるのに、麻酔薬を使用するという話も聞いた。やせ我慢の季節はもう終りに近づいたらしい。

 

[やぶちゃん注:「うんとか すんとか」連載第五十八回目の『週刊現代』昭和三六(一九六一)年五月二十八日号掲載分。

「天下の秘境黒部峡谷に、目下大ダムが建設中」黒部ダム(通称・黒四ダム)は昭和三一(一九五六)年着工で、竣工はこの記事の二年後の昭和三八(一九六三)年であった。

「三十万円」日本銀行公式サイトのデータによれば、この四年後の昭和四〇(一九六五)年当時で現在の二倍から四倍(こちらは消費者物価で)とあるから、当時の「三十万円」は六十万円から百二十万円以上相当すると考えられる。昔も今も、親指第一関節からの一生涯全損はとてもこの金額には見合わない。今頃、欠損整形術を受けているかも知れぬが、それまでの日常の不自由やら手術費と義指の費用やらを考えると、彼等は実に取り返しのつかない馬鹿なことをやったと言わざるを得まい。

「大分県南海部(あまべ)郡」現在の佐伯市の大部分(宇目(うめ)大字の各町を除く)に相当する。]

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