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2016/07/11

味方同士の喧嘩   梅崎春生

 去る二十三日、全学連の主流派が日共本部に押しかけ、四人の負傷者が出るという騒ぎがおこった。

 新聞の報道では、「樺美智子さんの死は全学連主流派の冒険主義にも責任がある」と「アカハタ」紙が主張し、それに対する抗議のデモだそうである。

 その「アカハタ」の記事を読んでないから、どういう書き方で主張したのか、またデモの現場も見ていないから、それに対して全学連主流派がどんな反応を示したのか、私は知らない。そう深く知りたいとも思わない。

 その後日共書記長は記者会見をして、「全学連指導部は反ソ反共主義者であるとともに、反革命挑発者集団、アメリカ帝国主義者の手先である」ときめつけた。手先というのは、アメリカの命令を受けて働いているというのではなく、その言動がアメリカを利するというほどの意味だろう。

 そうすると、そうきめつけることも、アメリカを利することになりはしないか。両方で手先呼ばわりをして、果てしなき泥沼に沈んで行く。泥仕合と言うべきだと思う。

 全学連は千駄ヶ谷のバス通りまで追い出され、そこで坐り込んで、抗議集会を始めた。日共側の労組員が、

「おれたちの方が闘争歴は長いんだぞ」

 と叫ぶと、学生側が、

「さきに生れていりゃあたり前じゃないか」

 と、やり返したというくだりを読み、思わず失笑してしまった。労組員の言い分はあたり前で、しかも可笑(おか)しいし、学生側の言い分も当然で、しかも可笑しい。笑ってすむことではないと思うけれども、やはり笑いが浮んで来て、とめどがなかった。

 こんな内輪もめ(当事者に言わせると、内輪もめでなく、公然の敵だと言うかも知れないが)は、案外に根深くて、かんたんに片がつかないものである。よほど強力な第三勢力が出たって、泥試合は解消しそうにもない。

 なにしろ、行きがかりというのが強く作用していて、しかもそれが累積していて、どうにもならないのである。

 どうも人間は、遠くにある敵よりも、近くにある味方を、時として憎み合う傾向があるらしい。

 この前の戦争でも、陸軍と海軍がとかくいがみ合っていて、いやがらせをし合った。もちろん陸海の緊密な協同ということもあっただろうが、逆の場合も多かった。

 極端な例になると、陸軍が米軍にやっつけられると海軍がよろこび、海軍がやっつけられると陸軍が手を打ってよろこんだ、という話もないではなかった。

 行きがかりというものが、感情を倒錯させて、大いなる敵を見失わせてしまうのである。

 私も戦争末期海軍の一兵士であった時に、班長からきびしく申し渡された。

「上陸して陸さんに会った時、将校には敬礼してもいいが、下士官兵には敬礼する必要はないぞ!」

 私自身は陸軍とはり合う気持はなかったから、今でもこの申し渡しは理不尽なものだと思っている。相手は陸軍でなく、アメリカ軍じゃなかったのか。

 その当のアメリカでも、陸海は兄弟の如く仲がよかった、というわけには行かなかったらしい。

 社会党と民社党の間も、そんな傾向があるし、自民党の主流派と反主流派にも、その関係が成立している。どうせ宿命であるからには、遅く分裂した方が得である。ということは、先に分裂していがみ合った方が損である。

 しかし、どっちにしても、そんないがみ合いを見るのは、たいへん陰湿でうっとうしい話だ。スポーツを眺めている方が、さっぱりしていい。

 スポーツというやつは、時には多少の八百長はあるものらしいが、試合場に臨んで敵を前にして、味方同士で分裂することは、先ずあり得ないようだ。

 ラグビーだの野球だのが、味方の中で分裂していがみ合い始めたら、もうこれは収拾がつかない。大負けに負けるだろうし、観客は怒るだろうし、勝負そのものが成立しなくなるだろう。やはり団結して事に当ることが、スポーツとしての最低の条件である。

 では、相撲などの個人スポーツはどうなるか。これは個人だから、分裂しようにもしようがない。いや、時には分裂しないこともないが、分裂した場合にその人は、精神病院行きということにこの世の約束はなっている。精神分裂病者はスポーツはやれない。

 近頃は相撲の方も若手が進出して来て、テレビを見るのがたのしみになった。さっきの労組員対学生の言い分ではないが、古手の力士が、

「おれたちの方が相撲歴は長いんだぞ」

 と叫び、若手の方が、

「さきに生れていりゃ、あたり前じゃないか」

 とやり返すことはあり得ない。そんな議論をする前に、むずと取組んで見ればはっきりすることなので、だから力士は黙々として組み、行司がかざす軍配には「天下素平」と書いてある。物ごとがはっきりすれば、すなわち天下は泰平ということになるのであろう。

 相撲のような単純な原始的な競技と、複雑な人間生活とを、ひとしなみに論ずるつもりは毛頭ないが、今の天下がもう泰平でないのは、物ごとにけじめをつけないでおこう、蒙昧(もうまい)のままにしておこうというような考え方が、一部にはびこっているせいなのである。

 だから怒れる若者たちは、まなじりを吊り上げて、それらの勢力に突進して行くのだ。相撲の世界なら、若さはすなわち強みであって、いくら相撲歴が古くても、体力が衰えれば引き退らざるを得ないが、現実社会はそうかんたんには行かない。

 同じ勝負ごとでも、碁とか将棋とは少々事情が違う。大山名人は若武者加藤一二三八段の挑戦を、四対一という圧倒的な成績でしりぞけて、名人位を確保した。

 テレビの「春夏秋冬」という番組を見ていたら、大山名人が出て来て「加藤八段はまだ若いから、やはり名人位を意識し過ぎて、こちこちになっていた」という意味のことを発言していた。

 ここでは加藤八段の若さ、勝負歴の浅さが、マイナスに働いたと言うことが出来る。

 碁の方でも高川本因坊が、若い藤沢秀行八段を四対二で降し、本因坊を確保した。これは九期連続というたいへんな偉業で、なみたいていなことではない。

 高川本因坊という棋士はふしぎな人物で、本因坊戦になると俄然強くなって取りこぼしがなく、たいてい相手の方があたふたとして取りこぼして負けてしまう。

 だから、高川本因坊は本因坊戦ばかりに力を入れてずるい、あれは狸(たぬき)だとの説も一時横行したが、その狸説も近頃消滅した。やはり実力を認めざるを得なくなったのである。

 実力もないくせに、ごり押しに次ぐごり押しで、政権にしがみつこうとするような輩とは、根本的に違うのだ。

 

[やぶちゃん注:「うんとか すんとか」連載第十四回目の『週刊現代』昭和三五(一九六〇)年七月十七日号掲載分。

「精神分裂病」現在は差別病名として「統合失調症」と名称が変わっている。

「引き退らざる」「ひきしさらざる」と訓じていよう。「しさる」は後退するの古語で「しざる」とも濁る。「後(し)り去(さ)る」の意からとも言う。

「大山名人」将棋棋士十五世名人大山康晴(大正一二(一九二三)年~平成四(一九九二)年)。岡山県浅口(あさぐち)郡河内町(こううちちょう)西阿知(にしあち)(現在の倉敷市内)生まれ。公式タイトル獲得八十期(歴代二位)・一般棋戦優勝四十四回(歴代一位)、通算千四百三十三勝(歴代一位)等の記録を持つ。他に永世十段・永世王位・永世棋聖・永世王将という五つの永世称号を保持する(ウィキの「大山康晴」に拠る)。

日本将棋連盟会長でもあった。

「加藤一二三」(ひふみ 昭和一五(一九四〇)年~)は福岡県嘉穂(かほ)郡稲築(いなつき)村(現在の嘉麻市内)生まれの将棋棋士。二〇一六年現在、現役最年長の棋界最古参で、戦前生まれの名人経験者最後の存命者である。「神武以来の天才」の異名を持つ(ウィキの「加藤一二三」に拠る)。

「高川本因坊」囲碁棋士本因坊戦九連覇の名人で二十二世本因坊(昭和になって創設された囲碁の棋戦の一つである「本因坊戦」に優勝した棋士に贈られるタイトル)秀格(しゅうかく)。本名は高川格(たかがわかく 大正四(一九一五)年~昭和六一(一九八六)年)。和歌山市生まれ。二十二世本因坊九段(ウィキの「高川格」に拠る)。

「藤沢秀行」(ひでゆき/しゅうこう 大正一四(一九二五)年~平成二一(二〇〇九)年)は横浜生まれの囲碁棋士。名誉棋聖九段(ウィキの「藤沢秀行」に拠る)。]

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