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2016/07/07

芥川龍之介 手帳2―7

《2-7》

○探偵。

○聯想實驗法の衝突する例

[やぶちゃん注:「聯想實驗法」は私の『芥川龍之介「侏儒の言葉」(やぶちゃん合成完全版 附やぶちゃん注釈) 無意識』の私の注を是非、参照されたい。]

 

Occurred objectivity =支考

[やぶちゃん注:これは明らかに以下と同じく、芥川龍之介の「枯野抄」(大正七(一九一八)年十月『新小説』)の支考の心理設定である。「Occurred objectivityとは、まさしくあそこ、瀕死の師芭蕉の枕頭にあって、自己内部に「発生してしまった」ところの冷徹にして打算的な「客観的実在性」、その認識である。これが最初に書かれていることによって、龍之介はやはり「枯野抄」のメインの登場人物として予め、支考を据えていたことが判明すると言える。]

 

○川舟 ○芭蕉の死に對する門弟の態度(花屋日記) F⑴支考去來 壓迫去る感 B⑵丈艸 利己的さびしさ A⑶乙州 悲哀享樂 E⑷支考 悔恨(一度師の死をねがひし) C⑸正秀 芭蕉門下なる事を師の柩と同舟する事によりて示さんとする心 ⑹惟然 今度は己の番だと思ふ心 D⑺其角 女に對する欲望

[やぶちゃん注:「川舟」これは非常に興味深い。芥川龍之介は実は当初、「枯野抄」の冒頭と末尾を当時制とし、義仲寺へ芭蕉の遺骸が川船で送られるシークエンスを配するつもりだったのである! 即ち、既に芭蕉が「屬纊」(しょっこう)に就いた後、揺られる川船の中で、門弟らがそれぞれに自己のおぞましい内実に想到して悔恨恐懼するという設定が初案であったということである。それは「⑸正秀 芭蕉門下なる事を師の柩と同舟する事によりて示さんとする心」によって確実と断定してよい。このアラビア数字へのアルファベットの附し方の相違が、描写順をどうするかを、技巧上、思案した跡がよく窺える。ここに出る弟子を(Ⅰ)アラビア数字順のもの、(Ⅱ)アルファベット順のもの(アルファベットのない惟然は同位置とする)、そして(Ⅲ)現行のそれ(正秀は慟哭のみ)と並べて見る。完成作で中核を成す三人、去来に下線を、支考を□で囲み、丈草を太字にしてみた。

Ⅰ 去来丈艸→乙州→支考→正秀→惟然→其角

Ⅱ 乙州→丈艸→正秀→其角→支考→惟然→去来

Ⅲ 其角→去来→正秀→乙州→支考→惟然→丈草

の順になる。ここではまず「其角 女に對する欲望」という設定を変更したことによって(私はこれは今の「惟然」との相似形より面白くなると思うが、それが最初の心理解剖に相応しいかというと、やや疑問でもある。ともかく「枯野抄」はもう少し整理するか、こうした思い切った意外の内心を暴露する方が飽きがこないとは思う。それでも私は芥川龍之介の作品中、十本指には入れたい佳作とは思うている)、それが枕として軽くなって先頭に配置換えとなり、去来の神経症的心理がコーダには相応しくないと考えて、丈草が俄然、重要人物として最後に繰り下がったことが判る。即ち、我々が強烈な衝撃を受けるところの、「丈艸のこの安らかな心もちは、久しく芭蕉の人格的壓力の桎梏に、空しく屈してゐた彼の自由な精神が、その本來の力を以て、漸く手足を伸ばさうとする、解放の喜びだつたのである。彼はこの恍惚たる悲しい喜びの中に、菩提樹の念珠をつまぐりながら、周圍にすすりなく門弟たちも、眼底を拂つて去つた如く、脣頭にかすかな笑(ゑみ)を浮べ」る丈草は当初は作品のメインではなかったということを意味するのである。因みに、私の高校教師時代の芥川龍之介「枯野抄」やぶちゃんの授業ノートなども御笑覧戴けると幸いである。

「花屋日記」真宗僧で俳人の文暁(ぶんぎょう 文曉享保二〇(一七三五)年~文化一三(一八一六)年:俗姓は藁井(わらい)。肥後八代の真宗仏光寺派正教(しょうきょう)寺(熊本県八代市本町に現存)住職。蕉風俳諧の復興に尽力した僧蝶夢らと親交があり、小林一茶は彼を慕って寛政四(一七九二)年暮から三ヶ月に渡って同寺に滞在したという)の著になる「芭蕉翁終焉記花屋日記」(文化八(一八一一)年刊)のこと。上下二巻。上巻には芭蕉の発病から終焉・葬送に至る模様を伝える門人たちの手記を、下巻には門弟・縁者の書簡を収めるが、多量の先行資料を組み合わせて文暁が創作した偽書である。正岡子規は本作を読んで落涙、「其角の書ける終焉記はこの日記などに據りて作る」「世界の一大奇書」「十數年間人の筐底にありて能く保存せられたるは我等の幸福にして芭蕉の名譽なり」(「芭蕉雜談」)と絶賛(彼は真作と思っていた)、芥川龍之介は「枯野抄」を書くに当って本作を主素材としたが、実は既にこの頃、学界では本作の偽作説が提出され、支持されており、芥川は本作が偽作であることを薄々感づいていたとも、知っていて確信犯で素材に用いたとも言われる。私は全文PDFしている。]

 

materialist 支考がやぶられる

[やぶちゃん注:「materialist」は「物質主義者・唯物論者」の謂い。ここは前者の方がしっくりくる。]

 

○第二世之助の話 最もよき妻は貞淑なる娼婦 業火燃える時のみ口説くに成功す 口説きたき女ほど口説く氣せざる矛盾

[やぶちゃん注:「第二」とあるが、「世之助の話」(大正七(一九一八)年四月『新小説)』)の内容と、大差はない。そもそも女護ヶ島へ渡る別れの酒宴という設定で、女に対する反復性にすっかり白けてしまった「第一」の「世之助」に「第二」は、ない、と私は思う。]

 

○カンガルーの話

[やぶちゃん注:大正九(一九二〇)年の動物園」に、

   *

 

       カンガルウ

 

 腹の袋の中には子供が一匹はひつてゐる。あれを出してしまつても、まだ英書利の旗か何かが、出て來はしないか。

 

(初出。作品集『夜來の花』に所収されたものは、『腹の袋の中には子供が一匹はひつてゐる。あれを出してしまつても、まだ英書利の旗か何かが、手品のやうに出て來はしないか。』と「手品のやうに」が加えられている。個人的にはこの追加は好ましく思わない)とはある。]

 

○漢竹楚帛

[やぶちゃん注:「漢竹」は「かんちく」或いは古くは「からたけ」と訓じ、中国渡来の竹(多くは笛材とした)で、寒竹(かんちく)・真竹(まだけ)・淡竹(はちく)・布袋竹(ほていちく)などを指し、また「かはたけ(かわたけ)」と読むと、清涼殿東廂の左奥にある植え込みの竹を指した(「河竹」とも書く)が、ここは次の「楚帛」との関連で、古代中国に於いて竹(或いは木片)の上に文字を書いて紐で繋いだ書簡「簡書(かんしょ)」のことである。「楚帛」(そはく)の「楚」は「漢」と同じく漠然とした中国を指すもので「帛」は絹、絹布を書写材として用いて文字を書いた「帛書(はくしょ)」のことである。]

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