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2016/07/08

芥川龍之介 手帳2―10

《2-10》

○日蓮の受難。【傘張/漁師】――俗人 若き禪僧――傍觀者 ◎良寛――反對者 侍――半信半疑 ◎放下師――一切を滑稽化せんとする世間智 ◎漁夫――信者 童子――Joyの人格化 ◎時宗――爲政者 最後の天變

[やぶちゃん注:「【傘張/漁師】」は底本では【 】や/があるのではなく、二行割注であることを示した。「Joy」は感性としての「心からの喜び」の意であろう。全く異なる構想のランダムなメモ書きなのか、良寛が入り込んでいるのが、寧ろ、面白い。日蓮と北条時宗の部分は丁度、最近、私が電子化注した「北條九代記 卷第九 日蓮上人宗門を開く」をリンクしておくのが注としてはこれ以上、最適なものはなかろうと存ずる。]

 

○病人と看護婦 蠅をつかまへると病人が寐ごとにいたいと云ふ話 赤い月

[やぶちゃん注:個人的には非常に面白い構想である。読みたかった。]

 

○妓王と妓女 姉妹の嫉妬 佛に對する感謝 而して後佛に對する嫉妬

[やぶちゃん注:「手帳8」にも「祇王 祇女」の記載があり、未定稿に岩波新全集が「妓王と妓女」と仮題した断片が存在する(但し、執筆は編者の推定で大正一三(一九二四)年とあり、本手帳の執筆時期からはかなり経過している)。新全集を底本としつつ、恣意的二正字化して示す。

   *

 治承二年二月……日

 人は皆わたしのことを仕合せだ仕合せだと云つてゐる。が、わたし自身に云はせれば羨まれるほど仕合せではない。侍はもとより女房たちさへ表にはちやんと愼んでゐながら、陰では始終わたしのことを白拍子の癖になどと輕蔑してゐる。殊に若殿ばらの惡ふざけをするには精も根も盡きてしまふ。一本立ちの白拍子ならば、ああ云ふうぬ惚れの強い靑二才などに指一本ささせはしないのだが、

 けふも亦お母樣から手紙が來てゐる。しかし又無心かと思ふと、封を切つて見る氣にさへならない。どうしてあんなにお母樣は慾に渇いてゐるのだらう? 誰か若い男にでもひつかかつてゐるのかも知れない。いや、さう云ふ素振りでも見えれば、妹から何とか云つて來る筈だ。何しろ祇女と來た日にはそれは又

   *

「治承二年」(ユリウス暦一一七八年)と「白拍子」「祇女」から、この構想の断片と見て間違いなかろう。

「妓王」(ぎわう(ぎおう) 生没年未詳)は、平安時代末期の白拍子で「祇王」とも書く。ウィキの「妓王によれば、『平家の家人・江部九郎時久の娘。近江国祇王村(現・滋賀県野洲市)に生まれる。生誕の地には妓王の菩提を弔うために建てられた妓王寺が現存する』。『母の刀自』(とじ:本来は固有名詞ではない。中年以上の婦人を尊敬して呼ぶ語である)、『妹の妓女』(ここに出る「妓女」がそれ)『とともに、京都で有名な白拍子となり、平清盛に寵愛された』。「平家物語」の第一巻六「祗王」に登場する。『干ばつで苦しむ故郷の村人を救うために、生まれ故郷の野洲に水路を作るよう清盛に頼んだ。そして、その川は祇王井川と呼ばれ現存する。その後、入道相国(清盛)の寵は仏御前に移り、祇王にはぱったりそばに召す沙汰がこなくなってしまう。仏はそもそも技量に恃んで飛び込みで芸を売込んだのだが、清盛に門前払いをくらうところを祇王に取りなしてもらった建前、彼女に恩義を感じ、声をかけるようにうながしたところ逆効果で、清盛は妓王を追い出せと命ずる。去り際に妓王が障子に書き残した一首が』、

   萌え出づるも枯るるも同じ野邊の草いづれか秋にあはで果つべき

『である。支給も止められた冷遇の末、仏御前の慰め役までやらされるという屈辱を味わわされ、自殺を考えるまでに至る。しかし、母の説得で思い止まり、母の刀自、妹の妓女とともに嵯峨往生院(現・祇王寺)へ仏門に入る』。当時数え二十一歳であったとされる。『祇王寺にある碑には「性如禅尼承安二年壬辰八月十五日寂」とあるが、その「性如禅尼」は妓王の事を指すとされており』、承安二年八月十五日(一一七二年九月四日)に死去したとされている。しかし、「祇王忌」は旧暦二月十四日とされ、『春の季語になっている。一方で、妓王がとりなし、清盛に寵愛された仏御前は』承安四(一一七四)年に『上京したとされているため矛盾が生』ずることにもなる。従って事蹟や没年の年代同定も確かには出来ないから、芥川龍之介が治承二年二月を設定したのも問題はなく、寧ろ、この二月は上記「祇王忌」の二月十四日との強い親和性を感じさせると言える。龍之介はもしかすると、祇王を生かしておいて、遁世を逝去に偽装した話などを構想したものではなかろうか?]

 

physical worldpsychologyに對するinfluence

[やぶちゃん注:「physical world」は「外界・自然界・物質界」の、「psychology」は「心理・心理学・心理状態」の、「influence」は「影響・感化」の意。]

 

○陸上生活}Lave の人造化■■にのぼるよりする

 海上生活}self-respects ■を加へよ

[やぶちゃん注:self-respectsは自尊心。ダーウィンの進化論を使ったSF的構想か? 或は両生類的生物である河童から、「河童」(大正一一(一九二二)年五月)に繋がる初期構想メモの可能性もある。]

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