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2016/08/31

芥川龍之介 手帳5 (5) / 手帳5~了

○コツプを買ふ食卓に向ひて疲れ

[やぶちゃん注:自由律俳句に私には見える。]

 

○不負十年未醍名

 也對秋風催酒情

 枯筆含杯閑半日

 寫成荒竹數竿聲

[やぶちゃん注:私は芥川龍之介作の漢詩と判断する。勝手に訓読する。

   *

負はず 十年 未醒(みせい)の名

也(また) 秋風に對して 酒情を催す

筆を拈(ねん)じ 杯を含みて 半日(はんにち) 閑たり

寫し成す 荒竹 數竿の聲

   *

私の「芥川龍之介漢詩全集 二十八」を参照されたい。]

 

○山嶂同月色

 松竹共風烟

 石室何寥落

 愁人獨末眠

[やぶちゃん注:同前。勝手に訓読する。私の「芥川龍之介漢詩全集 三十九」を参照されたい。

   *

山嶂(さんしやう) 月色に同じく

松竹 共に風烟(ふうえん)

石室 何ぞ寥落(れうらく)

愁人 獨り未だ眠らず

   *]

 

○銅駝名惟在

 春風吹棘榛

 陌頭何所見

 三五踏靑人

 射鴉

[やぶちゃん注:同前。勝手に訓読する。

銅駝(どうだ) 名 惟だ在り

春風 棘榛(きよくはん)を吹く

陌頭(はくたう) 何の見る所ぞ

三五 踏靑(たうせい)の人

   *

この漢詩についは是が非でも「芥川龍之介漢詩全集 三十」の私の見解を参照されたい。そこで「射鴉」という不思議なポイント落ちの添書についても考証している。]

 

○皿鉢の赤畫も古し今年竹

 金網の中に鷺ゐる寒さかな

 白鷺は後姿も寒さかな

 茶のけむりなびきゆくへや東山

 霧雨や鬼灯殘る草の中

 冬瓜にこほろぎ來るや朝まだき

 道ふるび砲車すぎけり馬の汗

○小春日のけふも暮れけり古障子

 小春日に産湯の盥干しにけり

 小春日を夕鳥なかぬ軒ばかな

 道ばたの穗麥も赤み行春や

 麓より匀ふ落葉や月ほがら

 黑南風のうみ吹き凪げるたまゆらや

 風のうみ吹きなげるたまゆらや

 かげろふや影ばかりなる佛たち

 大うみや黑南風落つる朝ぼらけ

 苔づける百日紅や秋どなり

 花のこる軒ばの山や茶のけむり

 さきそむる軒ばの花や茶のけむり

 さきのこる軒ばの花や茶のけむり

 小春日や暮るゝも早き古障子

○甘皮に火もほのめけや燒林ご

 秋風に立ちてかなしや骨の灰

○黑ぐろと八つ手も實のり行春や

 塗り膳の秋となりけり蟹の殼

 乳垂るる妻となりけり草の餅

○風光る穗麥の果や煤ぐもり

○むさんこにあせない旅のしよむなさはだら山中の湯にもはひらず

 ひがやすな男ひとり來五日あまりへいろくばかり云ひて去りけり

 かんすいなせとの山吹すいよりといちくれ雨にちりそめに

○燈籠だけ

[やぶちゃん注:これを以って「手帳五」は終わっている。

「黑南風」「くろはえ」と読み、梅雨の初めに吹く南風。最後の方にある、一見、奇異な印象を受ける短歌三首は加賀方言(金沢弁)を用いている。私は既にやぶちゃん版編年体芥川龍之介歌集 附やぶちゃん注で標準語訳を試みている。そこで私は『この四首の末尾には『(大正十三年五月)』の創作推定年が示されている。この頃、芥川龍之介は金沢・京都方面の旅(親族岡榮一郎結婚媒酌人としての新郎親族との挨拶を含む)に出ている。大正一三(一九二四)年五月十四日に出発、十九日まで金沢に滞在した。金沢では室生犀星の世話で兼六公園内の知られた茶屋三芳庵別荘に二泊したが、正にこれらはその別荘での吟で、金沢弁を面白おかしく用いた戯れ歌である(語注については全集類聚版脚注を大いに参考にさせて貰ったが、私も六年間富山に在住していたため、通常人よりは分かるつもりである)。』と注した。以下に示す。

 

「むさんこにあせない旅のしよむなさはだら山中の湯にもはひらず」

 

――無暗に矢鱈にせわしない、旅のそのまた味気なさ――例えば、知られた馬鹿山中、そのなまぬるい湯にさえも、入らずに終えてしまったこと……

 

「だら山中の湯」について、筑摩全集類聚版脚注には山中温泉がその昔、『湧き出る低温の湯だけで風呂としていたので体が温まらず長く湯に入っていなければならなかった』ため、浸かり過ぎて「だら」(北陸方言で馬鹿・阿呆の謂い)のようになったことからの謂いとある。

 

「ひがやすな男ひとり來五日あまりへいろくばかり云ひて去りけり」

 

――お化けのような痩せ枯れた、男一人がやって来て――五日余りも出鱈目ばかり、べらべらべらべらお喋りし――したがまんまに去りよった……

 

「かんすいなせとの山吹すいよりといちくれ雨にちりそめに」

 

――ほんに小さな背戸の山吹――日暮れの雨にあっさりと、すっかりみんな散りきって――辺り一面、黄金こがねに染めた……

 

筑摩全集類聚版脚注に「かんすいな」を『ごく少ない。』、「すいよりと」を『すんなりと。たわむさま。』とする。流石にこの一首だけは、これらの注なしには分からなかった。筑摩全集類聚版脚注に感謝する。]

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