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2016/08/11

芥川龍之介 手帳5 (2)

○家庭の主人(兄) 中學の漢文の教師 家庭の犧牲 その弟 その犧牲を免れしもの 主人の長男 主人の妻

[やぶちゃん注:かなり具体的な人物構成メモだが、決定稿にはないと思う。]

 

You say. Religion is declining. But you will tremble if not.

[やぶちゃん注:『あなたは言う。宗教は堕落している(と)。しかし、若し、「そうでない」としたら、あなたはその(誤った認識の)恐ろしさのためにひどく身震いするであろう。』か。]

 

Misunderstanding (so-called) is only the misunderstanding which is convenient to you.

[やぶちゃん注:『所謂――「誤解すること」――というのは、あなたにとって都合が好(よ)い意味に於いてのみ、「誤解すること」に他ならない。』か。]

 

P. S. Inconvenience is the mother of all discovery (as necessity is the father of all invention)  胃弱の爲に胃を知る如し

[やぶちゃん注:『追記。(「必要」は総ての発明の父である如く)「不便(不都合)」は総ての発見の母である。』か。P. S.」は“postscript”の略語で「追伸・追記・後書」の意。元はラテン語の「post」(「後」)+「scriptum」(「書くこと」)で「後に書くこと」を意味する。但し、普通、英語の諺は“Necessity is the mother of invention.”である。

「胃弱の爲に胃を知る如し」この言葉は私には夏目漱石の「こゝろ」の「先生の遺書」の以下の下りを直ちに想起させる(引用は私の初出復元版より。下線やぶちゃん)。

   *

 Kは私より強い決心を有してゐる男でした。勉強も私の倍位(くらゐ)はしたでせう。其上持つて生れた頭の質が私よりもずつと可かつたのです。後では專門が違ひましたから何とも云へませんが、同じ級にゐる間は、中學でも高等學校でも、Kの方が常に上席を占めてゐました。私には平生(へいせい)から何をしてもKに及ばないといふ自覺があつた位です。けれども私が強ひてKを私の宅へ引張つて來た時には、私の方が能く事理を辨(わきま)へてゐると信じてゐました。私に云はせると、彼は我慢と忍耐の區別を了解してゐないやうに思はれたのです。是はとくに貴方のために付け足して置きたいのですから聞いて下さい。肉體なり精神なり凡て我々の能力は、外部の刺戟で、發達もするし、破壞されもするでせうが、何方にしても刺戟を段々に強くする必要のあるのは無論ですから、能く考へないと、非常に險惡な方向へむいて進んで行きながら、自分は勿論傍(はた)のものも氣が付かずにゐる恐れが生じてきます。醫者の説明を聞くと、人間の胃袋程橫着なものはないさうです。粥ばかり食つてゐると、それ以上の堅いものを消化(こな)す力が何時の間にかなくなつて仕舞ふのださうです。だから何でも食ふ稽古をして置けと醫者はいふのです。けれども是はたゞ慣れるといふ意味ではなからうと思ひます。次第に刺戟を增すに從つて、次第に營養機能の抵抗力が強くなるといふ意味でなくてはなりますまい。もし反對に胃の力の方がぢりぢり弱つて行つたなら結果は何うなるだらうと想像して見ればすぐ解る事です。Kは私より偉大な男でしたけれども、全く此處に氣が付いてゐなかつたのです。たゞ困難に慣れてしまへば、仕舞に其困難は何でもなくなるものだと極(き)めてゐたらしいのです。艱苦を繰り返せば、繰り返すといふだけの功德で、其艱苦が氣にかゝらなくなる時機に邂逅(めぐりあ)へるものと信じ切つてゐたらしいのです。

   *]

 

P. S. This is not only of misunderstanding, but all human relation. For instance; heredity.

[やぶちゃん注:二つ前の「Misunderstanding (so-called) is only the misunderstanding which is convenient to you.」に対するものか。『追記。これは「誤解すること」だけでなく、総ての「人間の交渉」に於いても言えることである。例えば、「遺伝」。』「遺伝」と訳したが、これが「人間の交渉」ではなく「人間関係」なら、寧ろ、「相続」の方が相応しいかも知れない。が、芥川龍之介が強迫的な語として嫌ったものは恐らく日本語の「遺伝」であり、英語で書くというのは、やはり「遺伝」である可能性が高いと私は思う。しかも、直前にある「Inconvenience」を「不都合」(或いは「不自由」「迷惑」)ととるならば、「遺伝」はより自然なものとして私には読める。]

 

Sexual course (from marriage to child-birth) is so vulgar that 人モ犬モ同ジ

[やぶちゃん注:「頗る俗悪であるところの成人男女の性的な過程(結婚から子どもの出生に至る)」。]

 

P. S. So, sodomy or any abnormal sexual course is certainly aristocratic. And eating is also vulgar, so that senins refuse to take any common food. Perhaps senins less like normal sexual course than any abnormal one.

[やぶちゃん注:『追記。そう、同性愛或いは如何なる異常な性的過程に於いても確かに(その属性は寧ろ)貴族的である。そして「食物」というものもまた実に俗悪で、それ故にこそ、仙人たちは如何なる一般の食物もそれを摂ることを拒絶するのである。恐らく仙人たちは、ある種の異常な性的関係よりも通常一般の性的関係の方をこそ、好まない。』か。]

 

○子がひ Do the parent have the right to educate their children?  if not who has it, I wonder.

[やぶちゃん注:「子がひ」「子飼ひ」。『親は彼らの子供たちを教育する権利があるか? 誰がその権限を持つのかについては、私は強い疑念を抱いている。』か。]

 

Ridiculous ナル例 花見の堀部安兵衞 萌黃のメリンスの紋つきを着 白博多の帶をしめ 朱鞘の兩刀をさし白粉 目隈 卷煙草をすふ

[やぶちゃん注:「Ridiculous馬鹿馬鹿しい、可笑しい。]

 

Expression. 沖にや風があるナ、チンコロのやうな波が立つてゐる 身延がへりの男(五十位) 大島の着物 金の指環 着物ほしより長繻絆を出す 毛糸のズボン 毛糸のゲエトル 足袋はだし(何々組の土木屋らし)

[やぶちゃん注:「Expression表現(法)。

「沖にや風があるナ、チンコロのやうな波が立ってゐる」これは大正一六(一九二七)年一月のアフォリズム集貝殼の「十五 修辭學」で使われている(リンク先は私の古い電子テクスト)。

   *

 

     十五 修辭學

 

 東海道線の三等客車の中。大工らしい印絆纒の男が一人、江尻あたりの海を見ながら、つれの男にかう言つてゐた――「見や。浪がチンコロのやうだ。」

 

   *

「江尻」は旧江尻宿で現在の静岡市清水区清水(同市中心部附近)で、東海道本線清水駅附近。なお、この「チンコロ」とは子犬のことであるので、念のため。]

 

Sentimentality. 大阪者 寫眞を見る 妻 子等とうつせるもの 口もとに髭あり 大兵 襟着の紺の上着 茶ベンケイの着物 サツマ下駄(マサよろし) 但し足袋は黑繻子の足袋なり

[やぶちゃん注:「Sentimentality」感傷主義。

「茶ベンケイ」和服の格子縞の一種で、「弁慶格子(べんけいごうし)」「弁慶縞(べんけいじま)」と称する、経緯が同じ幅で双方に二種の色目を交互に用いた一センチメートル以上の太い棒縞を組み合わせた格子縞で「碁盤縞」とも呼ばれるもののうち、茶と紺の二色使いを「茶弁慶」という(紺と浅葱の二色使いは「藍弁慶」)。歯切れのいい印象の男らしい柄という意味から「弁慶」と名付けられたもの(和装ではよくお世話になっている創美苑公式サイト内の「きもの用語大全」の弁慶格子の解説を参照した)。]

 

The Attraction of Christianity for a Japanese. 1) Ӕsthetical side.  2) Ridiculous side.  3) Symbolism. ヤムヲ得ザルヲ知ル

[やぶちゃん注:日本人に対してキリスト教の持つ誘引力。(1)美の側面。(2)馬鹿げた可笑しな側面。(3)象徴性。]

 

○或女中の憤慨 客病臥中(足をくじき) 女の來る前夜 女中に曰「明日ハお前ノ世話ニナラナイヨ。」女中莫迦ニシテヤガルト思フ Jealousy underlies in this affair. For, if the lady were his wife, the maid would not have been so angry.

[やぶちゃん注:最後の英文部分は『嫉妬は或る事実の基礎を構成する。というのも、その女性が彼の妻であったならば、その女中はそれほど怒りはしなかったに違いないからである。』か。]

 

Everything turns on a tautology: he is because he can, and he can because he is. 小説がかける故小説家になる 小説家なる故小説がかける

[やぶちゃん注:『すべての事象はトートロジー(同語反復)を好んで発生させる、例えば、「彼はそうすることが出来るから彼なのであり、そして彼であるからこそ彼はそうすることが出来る」と(いった風に)。』か。]

 

This would is more hell-life than hell because in hell ――たとへば果物が下る。それをとらうとすると上る。しかし world では時にとれる。so much tantalizing. Hell is monotonous, so one is comparatively easy to adapt oneself on hell.

[やぶちゃん注:「This would is more hell-life than hell because in hell」は「この世界というものは、地獄に居ることによって地獄であることよりも、より地獄的状況である。」であり、ネクターのような美味なる果物(くだもの)が下がってくる。それを穫ろうとすると、それは必ずすっと上の手の届かないところに上ってしまう。(その繰り返しであり、例外はない)。ところが現世、現実の我々の世界では、時に容易に果物を穫ることが出来る場合もある。(即ち、地獄での責苦ちうものは)「so much tantalizing. Hell is monotonous, so one is comparatively easy to adapt oneself on hell.「頗るじれったがらせることに満ち満ちている(いや、それが総てである。即ち、翻って考えるならば、)地獄は単調であるから、人は地獄に於いて、自分自身をその環境に適応させることに於いて比較的に容易である。」となって、これはもう、御存知、「侏儒の言葉」の「地獄」(大正一三(一九二四)年三月号『文藝春秋』巻頭初出)の思想のメモである(リンク先は「侏儒の言葉」(やぶちゃん合成完全版))。

   *

 

       地獄

 

 人生は地獄よりも地獄的である。地獄の與へる苦しみは一定の法則を破つたことはない。たとへば餓鬼道の苦しみは目前の飯を食はうとすれば飯の上に火の燃えるたぐひである。しかし人生の與へる苦しみは不幸にもそれほど單純ではない。目前の飯を食はうとすれば、火の燃えることもあると同時に、又存外樂樂と食ひ得ることもあるのである。のみならず樂樂と食ひ得た後さへ、腸加太兒の起ることもあると同時に、又存外樂樂と消化し得ることもあるのである。かう云ふ無法則の世界に順應するのは何びとにも容易に出來るものではない。もし地獄に墮ちたとすれば、わたしは必ず咄嗟の間に餓鬼道の飯も掠め得るであらう。況や針の山や血の池などは二三年其處に住み慣れさへすれば格別跋渉の苦しみを感じないやうになつてしまふ筈である。

 

   *

私の『芥川龍之介「侏儒の言葉」(やぶちゃん合成完全版 附やぶちゃん注釈) 地獄』も参照されたい。]

 

I write of all defects of mine when I write novels & stories; while I write of all defects of others when I write essays criticism.

[やぶちゃん注:「私は小説類及び物語を書く時には、私は私自身の総ての欠陥について書き、同時に私が随筆や批評を書いく時には、私はあらゆる他人の総ての欠陥について書く。」]

 

〇化銀杏 殺さず その時感激し謝す 後又こだはる 女だんだん發狂す

[やぶちゃん注:「化銀杏」は「ばけいてふ(ばけいちょう)」と読む。シノプシスとして不全な上に不審な箇所があるが、一応、泉鏡花の「化銀杏」(明治二九(一八九六)年鏡花二十三歳の作)である。]

 

○法華經受領品(十六卷)

[やぶちゃん注:「法華經受領品(十六卷)」は「法華經壽量品(第十六卷)」の誤記か誤植である。「壽量品」は「如來壽量品(ぼん)」で、法華経の中でも最も重要な一品(ぽん)とされるもので、その核心は如来(仏)の寿命が無限であり、この宇宙のあらゆる場所に永遠に遍在し、あらゆる生きとし生けるものを生かしている本源的な「法」である「久遠実成の本仏」であって永遠無限の存在であることを語ったもの。]

 

Return of the dear father.

[やぶちゃん注:これに完全に合致する作品や記事はない。芥川龍之介の怪奇談蒐集帳である椒圖志異の二十に(リンク先は私の古い電子テクスト)、

   *

何某と云ふ學生 東京に遊學してありしに人より最中の折を貰ひその折を机の上にのせたるまゝ外出せしが 歸りて蓋をひらくに二つ三つ人の食ひたるやうなり 留守の間には己の部屋に人も入る筈なければ怪しく思ひ居りしに國許の家より電報來りて 父の死を報じ來りぬ 後にてきけば其父死ぬ前にうつゝともなく「伜にあひ最中の折をひらきてすゝめられたれば二三つ食ひぬ」と云ひけるが其日も其時も 恰その最中の折をのこして外出せしに合したりしとぞ、

   *

というのがあるが、これは「死んだ父」の「帰還」では、ない。]

 

Your ideal wife is a woman to be easily deceived. O fie!

[やぶちゃん注:「君の理想的な妻は、これ、容易に騙されてしまう一人の女に過ぎぬ。」「何て、いやらしい!」。]

 

○月の光は日光よりも速に魚を腐らしむ

[やぶちゃん注:私はこの言葉をどこかで実際に聴いたことがあるが、思い出せぬ。識者の御教授を乞う。]

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