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2016/08/18

宗祇諸國物語 附やぶちゃん注   侘びて住む南山の月

    侘びて住む南山の月

 

伊勢より熊野へこゆる行程百餘里、山、峻(けは)しく、川、深し。ある所には、山、皆、巖(いはほ)こりかたまつて、一寸の土なく、家居(いへゐ)、悉く、板を壁とし、石を竃(かまど)とす。ある所には、四方二、三里、水なくて雨を賴み、用水(ようすゐ)にし、雪を封(ふう)じて食をかしぐ、或は、一生、五穀をくらはず、樫の實おち、椎(しひ)を拾ひためて、命(いのち)の便りとし、猿、狸、狩りつくして、常の糧(かて)とす。男女ともに髮(かみ)けづらず、湯あみせず。眼(まなこ)のみ白く、一身に毛(け)生(お)ひたれば、つかれたる牛のごとし。他(ひと)の國にこそかゝる異形の人間はありと聞きし、目(ま)の邊りみるこそ哀れにも覺えけれ、旅の用意に遠く持ちし八木(はちぼく)、少々ありし、油單(ゆたん)より取出で、自(みづか)ら煮て食(くら)ふを、一家の者ども、詠め入りたる淺ましさ、我れも食するにたへず、當用に分散(ぶんさん)して家内(かない)七人に與ふ。其の中に此の家の祖父(おほぢ)と見えて七十計りの翁が云く。やよ、孫共、汝等は果報の者かな。生れて十年(とせ)過ぎぬ内に飯(いひ)くらふ、此の翁は、五十一歳の時、始めてたべたるさへ、大かたの宿世(すくせ)とは思はざりし、相かまへて旅僧を疎(おろそ)かに思ひ參らするな、と、いひしも、耳なれず哀れ成りし。此わたりの者は、次生(じしやう)には必らず、王城(わうじやう)に生ぜしめ給へ、と祈るとぞ、實(げ)に人界(じんかい)の内にして、雪墨(せつぼく)のかはりめあれば、淨刹(じやうせつ)の説なんどは、一向(ひたすら)、願ふとも及ばじ、と思ふは、愚かながら、理(ことわ)りにこそ覺ゆれ。爰を出て行くに、殊に勝(すぐ)れたる高山あり。千木生ひ茂りて茸々たり。名を蜘取(くもとり)山といふ。ふもとの家に立ちより、休む所に、山の上より一つの鯉魚(りぎよ)、祇が前に落ちけるが、撥々(はつはつ)と尾をふるひて踊る。怪しや、此の嚴(いたゞき)に、山川か、若しは、池水のあるにや、と家の主に問ふ。答へて。去れば、此の邊(ほと)り、山のみつゞきて、江河(かうが)遠し、と、然らば、此の魚の落つる事、不審(いぶかし)、と、いへば、主(あるじ)の云く、惣而(そうじて)、鯉魚に不ㇾ限(かぎらず)、種々(しゆじゆ)の魚の、かくの如くなる事、間間(まま)、多し。此の山上に、人倫至らぬ一峰の嶮岨(けんそ)あつて、前後數千丈の谷、深し。巖(いはほ)の肩(かた)にひとつの鷲(わし)の巣有りて、卵(かいご)をあたゝむ。卵(かいご)われ、鷲の子、漸々(やうやう)巣(す)出でん、と、する頃、親鳥、是に餌(ゑ)を與へんため、江河(こうが)の上を飛行す。水上にうかめる所の魚大魚小魚に不ㇾ限、摑んで、此の山に至る。然るに鷲の餌をふくむるは、諸鳥にかはれり。巣より一段高き梢に羽を休め、件の餌物を巣の前へ落すと否や、巣より出でゝ是を取る。若(も)し誤りて取得ざれば、此の所へ落り侍る、と語りし、かゝる深山邊鄙(しんざんへんぴ)をめぐれば、めづらしきけはひをも見聞く事かな。此の家の主(あるじ)なからましかば、かゝる不思議は、はれまじきを、かしこくも尋ねける、誠に道は道に入りてとふにしかず、と、いひし、宜(むべ)なるかな、と、ひとりごちて行く。

 

■やぶちゃん注

・「八木(はちぼく)」米の異名。「米」の字を分解して「八」(上下回転)と「木」の二字に分けたもの。

・「雪墨(せつぼく)のかはりめ」「雪墨」は想像だに及ばぬほど、二つの対象が正反対であることの譬え、或いは、二つの対象の違いが余りに大き過ぎて、比較にならないことの譬え。「かはりめ」は極端なその違い、その状態・様態の謂いであろう。

・「淨刹(じやうせつ)」清浄(しょうじょう)なる領域、即ち、浄土。

・「茸々たり」「じようじようたり(じょうじょうたり)」と読み、草が盛んに茂っているさまを指す形容動詞。

・「蜘取(くもとり)山」現在の和歌山県南東部の那智山の一部である大雲取山。九百六十六メートル。大雲取越え・小雲取越え(小雲取山という固有の山はない)は熊野三山の那智と本宮を結ぶ山越えの道で熊野古道最大の難所とされる。

・「撥々(はつはつ)と」元は魚が生き生きとして泳ぐさまを指すが、ここはまさにピチピチと尾を元気に跳ねらかすことを指す形容動詞。

・「數千丈」誇張表現であるが、馬鹿正直に計算してみると(教科書などでは誇張表現と言って終りにして実数を示さないのは私はアウトだと思う。だから多くの若者は古い度量衡を何時までたっても覚えず、古文が何時までも嫌いなのだと思う)、一丈は三・〇三メートルであるから、千で三千三十メートルで、単純数値(不定数「數」を私は常に「六」前後と採る)として出すなら、一万八千メートルとなり、対流圏と成層圏の境目に相当する。

・「卵(かいご)」歴史的仮名遣は「かひご」が正しい。卵の古い呼称で「殻(かい)子」(殻を持った(中の)子」の意。

・「江河(かうが)」後では「江河(こうが)」とルビするがママとした。何故なら「江」は呉音では「コウ」で歴史的仮名遣でも「コウ」であるが、漢音の場合は「コウ」でも歴史的仮名遣は「カウ」と表記するからである。

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