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2016/08/04

宗祇諸國物語 附やぶちゃん注   仁王、相撲に現ず

    仁王現相撲(にわうすまふにげんず)


Niousumounigenzu

美濃路修行の折ふし、江州森山を通り侍るに、道の左に觀音堂あり。寺號は聞き忘れ侍り。此門に立ち給ふ仁王を、人、多く集まり、供物(ぐもつ)うづ高く、灯明(とうみやう)かくやくと挑(かゝ)げ、參詣の老若、市をなす。かたへの家によりて問ふ。是はいかなる寺に侍ると、しかじかの寺にて本尊觀音にてましますといふ。本尊を供敬(くぎやう)はなくて、何ぞ仁王をのみ崇むるや、答へ。尤も此の本尊、利生(りしやう)尊(たうと)く、諸願をみてしめ給ふ事の、著(いち)じるきにより、崇め奉る人のなきにはあらず。此の仁王に、頃日(このごろ)、奇異の事侍りて、わきて崇め申すに侍り。去(いん)じ月十五日の暮かたより、朝(あした)迄、二尊ともに、いづちともなく見え給はず、寺守(じしゆ)、驚き、盜人(ぬすびと)の所爲にこそと、さまざま尋ね申せど、行衞なし、其の翌日、又もとの如く左右にたゝせ給ふ。扨は盜み取りて益なければ、返したる物よ、と、いひをりしに、當國(とうごく)膳所(ぜゞ)と申す所の農民、數十人來て、此の仁王を拜し、かへさに當里の者にかたつて、いはく。我が里の八幡の神事、昨日(きのふ)にて侍り。嘉例延年(かれいえんねん)の式に任せ、神前にて若き者集まり、神すゞしめの相撲を催ふす。一在のみか遠近(ゑんきん)の力量(りきりゃう)の者、群をなして集まる事、稻麻竹葦(たうまちくい)のごとく、一在一在、立ちわかつて勝負をあらそふほどに、堅田(かただ)の岩船(いはぶね)、栗本(くりもと)の山崩(やまくづし)などいふ強力(がうりき)の手たれ、立出で、名乘りて祕術をとるに、年々、當所、取負(とりま)けぬ。此の力量を好む者は、我が力を慢(まん)じて、人を笑ふ、爲方(せんかた)なくてある所に、當所かたより健(たくまし)き男二人出でゝ取るに、宵より朝(あした)迄、一度も負くる事なく、當所、數年の恥を淸む。一人は金剛と名乘り、一人は力士と名乘る。明方(あけがた)に、人、皆、退散す。跡にて問ふ、かたがた二人は當所には見馴れ侍らず、いづこの人にやといふ。二人答へて、我れ、森山(もりやま)わたりに住む者也。汝等(なんぢら)、常に我を信ず。よつて一在(いちざい)の恥をすゝぎて得さす、と、かたり、かきけちて失せぬ。誠に年々相撲(すまふ)に取りまくる事、うき事に思ひ、此の仁王尊に步みをはこびけるが、はたしてかくのごとし、と語りしより、世人、信仰のかうべかたむくに侍り、と語りぬ。

 

■やぶちゃん注

・「江州森山」現在の滋賀県南西部(琵琶湖南東岸)に位置する守山市。

・「觀音堂」現在、守山市内で観音を本尊とする寺を探すと、木浜町(このはまちょう)にある天台宗大慈山福林寺(十一面観音立像)、幸津川町(さづかわちょう)にある天台真盛宗日陽山東光寺(十一面観音立像)が確認出来るが、画像を見るに、孰れも現在は山門に仁王像はない。

・「供物(ぐもつ)」読みはママ。

・「かくやく」赫奕(「かくえき」とも読む)。光り輝くさま。

・「諸願をみて」の「みて」は「滿て」で他動詞タ行下二段活用。願いや思いを叶える・実現させる、の意。

・「膳所」琵琶湖最南岸の滋賀県大津市膳所(ぜぜ)。守山市からは南西に直線で十キロメートル圏内。

・「かへさ」「歸さ」。「さ」は時を示す接尾語。

・「我が里の八幡」現在の大津市杉浦町にある若宮八幡神社か。現在は狭義の膳所地区に含まれないが膳所城の南直近にあり、ここは膳所五社(他に石坐神社・和田神社・膳所神社・篠津神社)の一つでもある。

・「嘉例延年(かれいえんねん)の式に任せ」(いつもの)吉例延命長寿の祝儀のしきたりに従って。

・「神すゞしめ」名詞「すずしめ」は「淸しめ」で、神の心を静めて清めること。

・「一在」当神社のある在所。

・「稻麻竹葦(たうまちくい)」現代仮名遣では「とうまちくい」と読む。稲・麻・竹・葦(あし)が群生している様子から転じて、多くの人や物が入り乱れるように群がっているさまや、何重にも取り囲まれているさまを指す。出典は「法華経方便品(ほうべんぼん)」で「稲麻竹葦の人混み」などと使う。

・「堅田」滋賀県大津市北部、琵琶湖西岸の地名。守山の琵琶湖対岸に当たる。

・「岩船」四股名。

・「栗本(くりもと)」近江国(現在の滋賀県)の琵琶湖南東南岸の広域を占めた栗太郡(くりたぐん)は「和名類聚抄」などでは「栗本郡」とも記されている。当初は文字通り、「くりもとぐん」と呼ばれていたものが「くりたぐん」と変化し、表記も「本」に似た「太」に変化したものと考えられる。参照したウィキの「栗太郡によれば、旧郡域は現在の草津市・栗東市の全域、及び大津市の一部と守山市の一部に相当する、とある。

・「山崩(やまくづし)」四股名。

・「慢(まん)じて」得意になって。自惚(うぬぼ)れて。

・「淸む」「きよむ」と訓じておく。鬱憤を晴らしてさっぱりする。

・「一人は金剛と名乘り、一人は力士と名乘る」ウィキの「金剛力士によれば、金剛力士は仏教の護法善神である天部の一つで、サンスクリット語では『Vajradhara(ヴァジュラダラ)と言い、「金剛杵(こんごうしょ、仏敵を退散させる武器)を持つもの」を意味する。開口の阿形(あぎょう)像と、口を結んだ吽形(うんぎょう)像の』二体を『一対として、寺院の表門などに安置することが多い。一般には仁王(におう、二王)の名で親しまれている』。なお、一対の仁王のそれぞれを「金剛」と「力士」とに分けて呼称するのは聴いたことがない。四股名としても芸がなく、奇談としてはバレバレのネーミングで、せめて「金阿(こんあ)」と「剛吽(ごううん)」ぐらいにしておいて貰いたかったところ。

・「此の仁王尊に步みをはこびける」金剛「力士」であるから、毎年、この仁王像に今年こそは、と膳所の村人たちが、勝利の祈念のために参詣していたのであった。
 
 挿絵は国立国会図書館デジタルコレクションの画像をトリミングし、補正した。

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