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2016/08/13

宗祇諸國物語 附やぶちゃん注   怪しみ、一心(こころ)に在り

宗祇諸國物語卷四

 

    怪在一心あやしみこゝろにあり)


Ookoumori

人の盛衰は世の常の習ひなれど、應仁の亂れ計り、淺ましきはなし。公家は武威におされ、寺社は戰の爲に多く燒失し、民は盜賊の所行に家命(かめい)を奪はれ、或(あるひ)は親子(しんし)兄弟(けいてい)家門(かもん)自族(じぞく)、國を隔(へだ)て、里をはなれ、身を木がらしに散りわかる、落葉(おちば)の露の命さへ、ながらふべくもなし。爰に七條洞院(とうゐん)の邊(ほと)りに、久我の何がしとやらんの妾(しやう)、小柏(こがしは)とめされし女の住める家あり。かくれてあそび給ひし下の御所なれば、外(ほか)ざまは賤(しづ)のくずやにつゞき、藪ふかく茂りて、竹の戸おろそかに構へたれば、其かたさまの人ならで、わらづとの金玉を不ㇾ知。殿々(でんでん)の莊嚴(しやうごん)、香木異樹(かうぼくいじゆ)をつくし、からの大和の繪をそろへ、庭前の草花、四季を分け、紅白の花、絶ゆる時なく、わくらはにみる人は、仙境蓬莱か、と、たどる、かゝりしかども、納言(なごん)薨じ給ひて後、女に讓り給ひしを、世の亂れに、賊、家財雜具(ざふぐ)を取りはこび、女童(をんなわらべ)の聲たつるを、情なく切りちらし、あるじの女も、左の耳の根より、口わき迄、切られて空しく成る。さのみ深き疵(きず)とはみえねど、かよはき女心に、いたうおびえ入りけん、淺ましきわざ也。此の女の弟盛澤(もりさは)庄太郎とかやいふ者、十九才より赤松の政則につかへて、加賀の領地に居たるが、暇(いとま)申し、洛にのぼりて姉が跡を繼ぐ。牢浪の身といひ、工商の所作(しよさ)にうとければ、憖(なまじ)ひに一所の讓りは請たれども、世渡るたづき、中々に、とめぬ月日の數そへて、垣根のつばな、草しげく、軒の木の葉の重なれど、そをだに拂ふ從者(じうしや)もなし。あれたる宿に雨露繁く、盛澤ひとり住みわびぬ。夜每諸用の爲めに、ともし火を枕下に挑げ臥す、油(あぶら)燈心有りながら、いつとなく、此の火、きゆる。其時しも、必ず、物音騷しく、寢耳(ねみゝ)に入れば、くらく成る。不審(いぶかし)く思ひ、問ひ來るひとり二人にしかじかと語りければ、ひろくいひ罵りて、七條の古御所(ふるごしよ)にこそ、變化(へんげ)、住むなれ、かゝる所には夜に不ㇾ限(かぎらず)、白晝にも出づる物ぞ。葎(むぐら)生(お)ひて、あれたる宿のうれきばかりにも鬼のとよみしおそろしや、さこそあらめと思ひしなれ、と、さまざまにいひはやす程に、いとゞ尋ぬる友もなく、只有長安月夜々訪閑居(ただ ちやうあんのつき やゝ かんきよをよふ)とわびたりし身の上にしられて、物いぶせく成りもて行く、盛澤思ふ。かく有るに、かひなく、壯年を徒(いたづら)にくらし、老いの波をたゝえ、みぎはの松の腰をかゞめて奉公給仕せんに、誰(た)れ、情(なさけ)あつて無益の者を扶持(ふち)すべき、なれば、いづくへも出でん、と、おもふに、折りあしく、此の時しも、變化(へんげ)におそれ逃げ失たり、と、いはれんも口惜し、所詮、化生(けしやう)の實否(じつふ)を見さだめん、但今迄、此方より手を出さねば、我れにわざをなす事なし、今、又、てきたふなれば、しそんじて、あやまつ事もあり、思ひ定む人にしらせて、後の證據に、と一通の置文(おきぶみ)にして奧に狂歌す、

 

   年をへて住みこし里をにげていなば

       いとゞ古御所野とや成りなん

 

こよひは殊更、火を明らかにかゝげ、夢もむすばず、待ちたり。更け過ぐれど、何の子細もなし。いかゞ我が形勢(ぎやうせい)におそれてや、と、火を背(そむ)けて暗き方に寢(いね)たるさまに待ちかけたり、程なく天井より物音あわたゞしく、羽たゝきしておるゝと思へば、燈(ともしび)、きえぬ。心得たり、と飛びつき、落ちたる順道(じゆんだう)を、ひた、と、つかみて、物ひとつ、つかみ得たり。手ぢかく用意したる埋火(うづみび)、片手を持ちて、ともし付け、其の物を見れば、鴟(とび)の大きさしたる蝙蝠(へんぷく)なり。つくづくと思ふに、古きかうもりの、天井に住みて、我がいねたる後、鼬鼠なんど追ひまはして𩛰(あざ)るとて、羽風に燈(ともしび)、きゆるなるべし。然れば、化生(けしやう)といふ迄は、なし。されど、かく大きなる蝙蝠はめづらかならん、と、麻繩(あさなは)をもてつなぎ、人を集めて、みせけるにぞ、各々(おのおの)、驚きける。此の外、猶、おそろしきものゝ住みをらんもしらず、と、いよいよをのゝきてよりつかず、庄太郎は手柄を人に見せたれば、憚(はゞか)る事なく出でゝ、古主(こしゆ)赤松につかへぬ。古御所は其の儘にあれ崩れたれば、果ては農民のすみかとぞなりなん。終(をは)る所を不ㇾ知。

 

■やぶちゃん注

 今回も挿絵は「西村本小説全集 上巻」(昭和六〇(一九八五)年勉誠社刊)のそれを用いた。
 
・「在一心(こゝろにあり)」読みはママ。「一心」で「こころ」と訓じている。

・「七條洞院」現在の京都市下京区西洞院附近か。

・「久我」公家の妾らしいから、「こが」。

・「めされし」お呼びにになられた。妾(めかけ)になされた。

・「其かたさまの人ならで、わらづとの金玉を不ㇾ知」ちょっと意味がとりにくいが、そうした公家の名家の方のお妾(めかけ)とは誰も思わず、藁苞(わらづと:周囲の賤民の住居ひいては彼らを差別的に卑小したもの)の中に金や宝玉(公家のお妾を喩えた)が住まっているなどということは、一向に知られていなかった、ということであろう。

・「わくらはにみる人」偶然、たまたま彼女の暮らし振りを目にすることがあった者。

・「たどる」詮索しつつも(そのような賤しい者どもの住まう中にそんな世界があろうなどということはあり得ぬと断ずるが故に、幻しか、変化のものの仕業ではないかと)、思い迷う。( )部分は後に繋がる意識として私が敷衍訳した。

・「納言(なごん)」その妾(めかけ)の主人たる公家を官職で示したもの。

・「賊」先行する中に単漢字「賊」で「ぬすびと」と訓じている箇所がある。一応、それで読んでおくが、「ぞく」でもよい。寧ろ、冷酷無慚な彼らは「ゾク」の音の方がよいかも知れぬ。

・「あるじの女も、左の耳の根より、口わき迄、切られて空しく成る」プレの現実の恐怖の現出である。何よりも恐ろしき物の怪は人に若かず、というホラー正統の流れを汲むものである。

・「盛澤庄太郎」不詳。

・「赤松の政則」赤松政則(享徳四(一四五五)年~明応五(一四九六)年)は加賀半国(加賀国北部半国分)・播磨・美作・備前の守護大名で戦国大名。赤松家第九代当主。嘉吉の乱で滅亡した赤松家を再興、一代で赤松家全盛期を築き上げた中興の英主とされる。管領の細川家に接近、中央政界での影響力を高め、応仁の乱では東軍(細川方)に属し、乱後の明応五(一四九六)年には異例の従三位まで登り詰めた。

・「牢浪の身」浪(牢)人のこと。主家の没落などによって主従関係を断ち、代々の家禄その他の恩典を失った武士を指す。

・「つばな」千茅の花(穂)或いは千茅そのものを指す。単子葉植物綱イネ目イネ科チガヤ属チガヤ Imperata cylindrica のこと。

・「とよみ」「響(とよ)む」で、多くの者(ここは「物の怪」)が大声を上げて騒いでmの意。

・「只有長安月夜々訪閑居」「本朝文粹(ほんちょうもんずい)」「卷第一」の「賦 雜詩」に載る橘在列(たちばなのありつら 生没年未詳:平安中期の官吏・漢詩人。才識抜群とされた)の「秋夜感懷敬獻左親衛藤員外將軍」の末尾の二句。正しくは、「唯有長安月 夜夜訪閑居」で、私は「唯(た)だ有り 長安の月 夜夜(やや) 閑居を訪(おとな)ふ」と訓じたい。

・「いぶせく」気分が晴れず、鬱陶しい。本形容詞には、得体が知れず気味が悪い、の意があるが、とらない。ここはあくまで庄太郎個人の内面的な問題である。

・「但今迄」「ただいままで」と訓じておく。

・「此方」「こなた」。

・「てきたふ」「敵たふ」で、「敵對」の動詞化したもの。「敵対する・手向(てむか)う・対峙する」の意。

・「あやまつ事もあり」「後の證據に」「一通の置文」に「奧に狂歌」まで記すのは、遺書である、辞世である。万一、物の怪と戦って命を落とした時のため、である。

・「いとゞ古御所野とや成りなん」ますますいよいよ古びた御所は曠野(あらの)となってしまうであろう、の意であるが、「いとどふる」で「いとど」(直翅(バッタ)目剣弁(キリギリス)亜目カマドウマ上科カマドウマ科カマドウマ亜科カマドウマ属カマドウマ Diestrammena apicalis 。彼らは翅を持たないので鳴かぬが、江戸時代までは蟋蟀(剣弁(キリギリス)亜目コオロギ上科 Grylloidea のコオロギ類)の一種と見做されて「エビコオロギ」などとも呼ばれ、蟋蟀類の鳴き声を彼らのものと誤認していた)「ふる」(触角を震(ふる))わせてしきりに鳴くような野っ原と化してしまうのだろう、も掛けられているように私は読む。でなくては狂歌にならぬ。

・「順道(じゆんだう)」正規の道筋の意。灯は既に消えているのであるが、残像効果からその怪しい物体が描いた軌跡を記憶に従って暗闇の辿ることを指していると読む。そうすると非常に前後との繋がりがよいのである。

・「埋火(うづみび)」炉や火鉢などの灰に埋めた確実に着火して火を保っている炭火。

・「鴟(とび)の大きさしたる」鳥綱タカ目タカ科トビ属トビMilvus migrans はタカ科Accipitridae の中では比較的大型であり、全長は六十~六十五センチメートルほどで、カラスより一回り大きく、翼開長は一メートル五十から一メートル六十センチほどにもなる(ウィキの「トビに拠る)。一方、哺乳綱ローラシア獣上目翼手(コウモリ)目Chiroptera の内で本邦の本土での最大種はオヒキコウモリ科オヒキコウモリ属オヒキコウモリ(尾引蝙蝠) Tadarida insignis で前腕長五・七~六・五センチメートル、頭胴長で八・四~九・四センチメートル、尾長四・八~五・六センチメートルで尾が長く、和名はそれを引きずることがあることに由来する。体重は三十~四十グラムである。日本では北海道から九州までの広い範囲で確認されているが、記録頭数は少なく、現在は絶滅危惧種。日本では記録の少なさから、当初は迷い込んできただけで繁殖はしていないのではないかという疑いもあったが、一九九六年に宮崎県北部の批榔(びろう)島で集団が確認された後、高知県・京都府・広島県などでも繁殖個体が確認されている(ここはウィキの「オヒキコウモリなどに拠った)。超巨大個体であったとしても、トビほどもあるというのは法螺であり、いれば、それ自体が怪異と言えよう。

・「鼬鼠」これが主語。大きなイタチや大ネズミが大きな蝙蝠を襲って食い物にしようとするのである。本邦のコウモリの主たる摂餌対象は夜行性昆虫である。但し、挿絵を見ると、この蝙蝠なら逆に彼らを食いそうでは、ある。

・「𩛰(あざ)る」鳥獣が餌を求めて獲る。そのまんまのこの漢字、いいじゃないの!

・「終(をは)る所を不ㇾ知」「不ㇾ知」は「しらず」。「その場所(古御所)が遂にはどうなったかは、これ、知らない」の意。怪奇スポットの場所を曖昧するのは、やはり、怪奇談の常道だが、ここはより限定位置として予め、七条洞院をスポッティングしている点で、かえって現実感が添えられてあるのである。

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