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2016/09/18

若い作家の弁   梅崎春生

 

 海軍の兵隊として苦労していた時、「年とっていても若い兵隊は若い兵隊」というような文句で、兵長あたりからいためつけられた経験が何度もある。年とっていて若いとは変な言い方だが、つまり年齢的には年をとっていても、海軍の兵隊としては日が浅い、という意味なのである。軍隊というところは、兵隊としての年期の古さ新しさが問題なので、実際の年齢などはあまり顧慮されないしきたりになっていた。もっとも応召兵などが参集しない頃は、大体軍隊年齢と実年齢が一致していて、さほど不都合なところはなかったのだろうが、あんな無茶な大いくさを始めたばかりに、三十代四十代の老兵が続々引っばられて、前述の如く年はとっていても若い兵隊が、二十歳前後の若者から叱咤されたり、棒で尻をたたかれたり、食卓当番や掃除当番に追い廻されたりしたのである。入隊当時はそれが奇異な感じで、また相当精神的に傷つけられたりもしたが、考えて見ると、このような制度は軍隊に限ったことでなく、どんな世界にもあるものなのだが、ただ軍隊ではそれがもっとも露骨で厳しい形になっていて、妥協の余地がなかったから、格別身にこたえてきたのだろう。夜毎デッキに整列して、十七八歳の兵長に、いろいろ文句をつけられ棒で尻をたたかれるのは、心身ともにあまり楽な仕事ではなかった。海軍の説教には一種のきまり文句があって、一句一句が大てい名詞止めになっている。

「楽をしようなどもってのほか!」とか「お前たちのやり方は横着!」(この場合は横着の横に強いアクセントがある)とか、その中に混って、「お前たちは年をとっていても若い兵隊は若い兵隊!」という具合にやられるのである。私たちは神妙且(か)つ悲惨な顔をして、毎夜それを聞いた。軍隊がなくなって、あの文句を聞かないだけでもさばさばする。

 しかし、軍隊がなくなっても、人間のつくる社会では、その傾向は必ず残存していて、職能別、地域別、などなどに確固として存在する。地域別の好適例は留置場で、やはり昔のまま、入房の古い者が牢名主みたいに入口近くに座をしめ、あと古い順に居並んでいる。古いということが、すべての優越を示す根拠となるのである。職能別の方もいろいろある。ただ軍隊ほど露骨に明確に出ていないだけである。わが文壇においても、それはあるらしい。ただし智慧のある人々のあつまる壇だから、そのやり方も単純明快でなく、陰にこもって小姑(こじゅうと)的であるか、または衣の下から食(は)み出る鎧(よろい)的な形で存在する。

 あまり適例でないかも知れないが、昨年某雑誌において、若い作家たちがあつまって、座談会をやったことがある。ところが悪いことに、主催者側が席上に強烈な酒精飲料を用意していて、会が始まる前からそれを飲ませたから、座談会は支離滅裂にして且つだらしない会となってしまった。止せばいいのにその速記を雑誌に乗せたものだから、悪評こもごも起って、私の耳にもしばしば届いたほどである。

 しかしそれらの非難のなかに、注目すべきひとつの傾向があったことを私は思いだす。つまり若い作家が、あんな座談会をやってはいけないと言うのである。あれは、其々先輩作家たちの酒のみ放談会の真似で、まだまだその真似をするのは横着だ、という非難の仕方であった。もうすこし文壇的に古くなればそんなことをしてもよろしいが、今からそんな風では先が思いやられる、という言い方である。単純率直に、あの座談会はなっとらんと言えばいいのに、いろいろそんなあやをつけたがる。あの座談会が悪かったのは、列席者たちが若かったからではない。座談そのものがだらしなかったからである。

 またある早稲田派の若い作家が、戦後派の連中は戦後いきなり小説をかいて出て来たがおれたちは十年の年期を入れている、というようなことを力んで書いていたが、これもすこし可笑(おか)しい。おれたちは古参であるということを力説しているような具合である。古参であるという事が職能的にすぐれているという軍隊的通念をここでも押し通そうとする意図に見える。文壇的に古いか新しいかが、この国の文壇では腕の基準になるものの如くである。そうだとすれば、軍隊とはあまり違わない、とも思うがそれでは少し困るだろう。

「長幼序あり」とか「兄弟子は無理偏にげんこつ」とか、各界いろいろ難儀なしきたりがあるようだが、これからぬけ出ることも大変なことだろう。この間などは、私は酒場で日本酒をのんでいて、ある人に懇々としかられた。君などは日本酒をまだまだ飲む身分ではない、カストリを飲め、という訳である。もちろん身分というのは文壇的な意味である。この世界は落着いて酒ものめないような世界なのである。もっとも叱った当人もカストリで酔っていたから、こんなことを言ったのだろうと思うが、それにしても私はまったくおそれをなしてしまう。

 軍隊にいたとき、「昨日や今日海軍に入りやがって」と叱られたことを、憂鬱な気分で思い出すが、文学の世界にいささかでも、そんなことがあると思うと、物悲しくなる。しかし現今は民主化の時代ではあるし、うっかりすると封建的だの反動的だのと言われるおそれがあるから、そんなことをあまり言ったり書いたりしない方が良いのではないだろうか。文壇兵長ならびに文壇下士官諸子に、この紙面を借りて切に忠告する次第である。

 

[やぶちゃん注:昭和二四(一九四九)年七月号『文学界』初出。底本は沖積舎「梅崎春生全集 第七巻」に拠った。傍点「ヽ」は太字に代えた。

「昨年某雑誌において、若い作家たちがあつまって、座談会をやったことがある」年譜を見ていると、多分、これかな、と思われる梅崎春生も参加した(でなければ滔々とこんな風には書けない)座談会があるが、他の作家の名誉にも関わるので、示すのは今のところはやめておく。

「ある早稲田派の若い作家が、戦後派の連中は戦後いきなり小説をかいて出て来たがおれたちは十年の年期を入れている、というようなことを力んで書いていた」この記事を書いた作家を同定したい。識者の御教授を乞う。

「兄弟子は無理偏にげんこつ」「兄弟子」という単漢字を仮に作るとしたら、その字は「無理」(へん)に「拳骨」(つくり)という漢字になる」という角界での古い諺。兄弟子が上の者が下の者に理不尽なことを言ったり強要したりし、従わなければ殴り、従っても殴るといった無法意味不明状態を架空の漢字で示したもの。私の知っている某有名体育系大学の相撲部出身の知人の古い実体験談では、実際、暴行レベルではなく、何の前触れもなく、突如、ナイフを腿に突き立てる、といった精神状態を疑うような障害行為さえ行われていたという。]

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