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2016/09/17

佐渡怪談藻鹽草 菅沼何某金北山權現の御影を拜せし事

     菅沼何某金北山權現の御影を拜せし事

 

 寶永の初(はじめ)頃、戸地(とぢ)村に菅沼太左衞門(すがぬまたざえもん)といふ侍、浦目付職、勤(つとめ)侍りしが、水無月の末、折しも當國の惣鎭守、金北山大權現の緣日とて、貴賤老少のわかちなく、男は何れも參詣する事なり。されども菅沼は、元よりかたき日蓮宗にて、其志もなかりしに、村の者共誘ひて、幸(さひはい)外よりは道の程も近く侍れば、

「いざゝせ給へ。道しるべいたさん」

と進めければ、

「信仰の心はなけれど、國に生れて、見物致さぬも本意なし」

とて、精進潔齋の事もなく、弟茂七郎(もしちろう)をいざなひて、廿二日の夜、月出るころ、戸地村を出てたどり登りしに、漸(やうやく)、ほのぼの明の頃、北山の嶺(みね)に着(つき)ぬ。先達(だて)る幾百人の參集、山上に寸地も人ならぬ所なし。扨(さて)朝日の出を拜み奉らんとて、皆東の方に向ひ居けるに、菅沼は始て登りし山の氣色みおろせば、國仲の良田靑々として、はてもなし。南方には、河茂(かわも)、外山(とやま)、經塚(きようづか)、いくゑか嶺打續き、馬手(うまて)に河崎の神子岩、二見の二股岩、弓手(ゆんで)に水津の龍王崎、越(えつ)の湖も、眼前に見え、ふりさけ見れば、越後越中の高根高根、出羽陸奧の海づら迄、朝霧のはれ間に見えて、此年頃、まだ見ぬ眺望に心嬉しき折柄、扨東の方より、つと日輪の出させ給ひし、其光耀の面に橫たわりし雲に移れば、大きなる虹現じぬ。人々

「すは神影の立せ給ふなる」

と一同に唱名して、拜み居たり。

「こわいかに、いづくに御影たゝせ給ふ」

ととへば、側に有ける人の

「あれ見給へ、輪光の内に、御影の見えさせ給ふ」

といふにぞ、振仰(ふりあおぎ)しに、地藏菩薩の、いと難(かた)きさまにて立せ給ふ、立像二十丈もやあらん。棚引(たなびく)雲を踏(ふみ)て、見えさせ給ふ。太左衞門、茂七も

「あつ」

と拜伏せしに、側なるものは、

「はや隱させ給ふ」

抔(など)いへば、ふり仰ぎたるに、はや面容、御腰より上は、雲隱れして、いまだ衣の裾は、朝嵐に飜(ひるがへる)て見えし。いと尊ふとく覺えて、下山しけるとなん。夫(それ)より金北山信仰の事は、他へもすゝめられけるとかや。茂七郎物語られしとぞ。

 

[やぶちゃん注:「金北山權現」前話に既出既注。

「寶永の初(はじめ)頃」宝永元年は一七〇四年。宝永は八年(一七一〇年)まで。本作の成立は安永七(一七七八)年であるから七十五年程も前の出来事となる。

「戸地(とぢ)村」現在の佐渡市戸地。大佐渡の金北山の西直下。

「浦目付」沿岸警備の役人。

「河茂(かわも)」東直下の現在の佐渡市両津夷の加茂湖周辺のことではあるまいか?

「外山(とやま)」小佐渡の小佐渡山地の中央少し南西寄りの、現在、南側に外山ダムを有する佐渡市外山。

「經塚(きようづか)」前の佐渡市外山の北直近に経塚山(佐渡市竹田。標高六百三十六メートル)がある。

「馬手(うまて)」読みはママ。普通は「めて」。

「河崎の神子岩」「河崎」は前話に既出既注。現行では小木に同名の岩があるが、河崎では現認出来ない。

「二見の二股岩」大佐渡の南端二見半島の、真野湾の西岸域である佐渡市二見にある猫の耳のように屹立するツイン・ピークスの島。個人ブログ「地理の部屋と佐渡島」の「二見半島沖の双股岩」の写真がよい。

「水津の龍王崎」前話に既出既注。

「越(えつ)の湖」当初、加茂湖のことかとも思ったが、主人公の視線の動きから察するに遙か南西の越後・越中の沖合の「湖」=「海」を指していると最終的には読んだ。

「唱名」「しやうみやう(しょうみょう)」「金北山権現」という神名(或いはそれを示す別な符牒)を唱えることであろう。

「あれ見給へ、輪光の内に、御影の見えさせ給ふ」完全に典型的なブロッケン現象(Brocken spectre)である。ウィキの「ブロッケン現象」によれば、『太陽などの光が背後からさしこみ、影の側にある雲粒や霧粒によって光が散乱され、見る人の影の周りに、虹と似た光の輪となって現れる大気光学現象。光輪(グローリー、英語: glory)、ブロッケンの妖怪(または怪物、お化け)などともいう』。『ブロッケン現象は、霧の中に伸びた影と、周りにできる虹色の輪(ブロッケンの虹)の二現象をまとめて指している。両者とも霧の中のいたるところで起こっており、霧が見る人の間近にあるとき、奥行きと巨大さを感じる場合がある。虹に比べて、見かけの大きさは』十分の一程度と『小さく、光の輪は何重にもなる場合がある。また、見る人の影が十分小さければ、中心点にも輝点が見られる。内側は青色で、外側は赤色。水滴が起こすミー散乱の後方散乱が、光の色(波長)によって異なる角度依存性を持つ事によっておこる。ミー散乱を起こす粒子は雨粒に比べて非常に小さい(虹は雨粒による屈折と内部反射によるものである)。「Brocken」の由来はドイツのブロッケン山。ハルツ山地の最高峰』(標高千百四十二メートル)である。『日本では御来迎(ごらいごう)、山の後(御)光、仏の後(御)光、あるいは単に御光とも呼ばれる。これは、古くは阿弥陀如来が『観無量寿経』などで説かれる空中住立の姿を現したと考えられていたためである。槍ヶ岳開山を果たした僧播隆の前に出現した話が有名』。『ブロッケン現象は山岳の気象現象として有名で、尾根の日陰側かつ風上側の急勾配の谷で山肌に沿って雲(霧)がゆっくり這い上がり、稜線で日光にあたって消える場合によく観察される』とある。高校の山岳部の顧問だった頃はごく普通によく見た。一番、美しくはっきりと見えたのは二度目の八ヶ岳の時だった。なお、このシークエンスでは、主人公以外は敬虔に祈っていたと仮定すると、立像が見えたのなら、拝むでもなく最もロケーションのいい位置にすっくと立っていたに違いない「菅沼太左衞門」自身の投影されたそれであった可能性がすこぶる高いと思われる。日蓮は朝日を見て開眼したが、その熱心な日蓮宗徒であった太左衛門が自身の影に荘厳を感じて金北山権現へ信心を示すようになったというのは、なかなか今の読者から見ると面白い事実(現象)と読めるではないか。

「難(かた)きさま」滅多にない尊(たっと)い様子。或いは「堅き」と通じさせるなら、荘厳なる様子の謂いも含むかも知れぬが、対象を「地藏菩薩」としている点では、厳(いかめ)しく厳(きび)しい様子では不自然で、あくまで大きいけれど、優しく世界を抱くように、の謂いであり、前者に限る方がよかろう。

「二十丈」凡そ六十メートル六十センチ。]

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