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2016/09/09

ジョナサン・スイフト原作 原民喜譯 「ガリヴァー旅行記」(やぶちゃん自筆原稿復元版) 大人國(4) 箱の中の私(Ⅱ)

 王妃は私がすつかりお氣に召し〔入り〕→で、私がゐないと食事も召上らないほどになりました。私は王妃の食卓の上に、丁度その左肱のあたりに〔、〕テ■〔私の〕テ→イブルと椅子を置いてもらふのでした。グラムダルクリッチは〔、〕私のテーブルの近くの、床の上の腰掛の上に立つて、私の面倒をみてくれるので→す。

 私〔のため〕には、銀の皿が一揃、その他〔いろんな〕必需品がありましたが、これは〔これも、〔その〕大きさは〕王妃御自身のものにくらべると、ちようど玩具屋にある人形のお家の食器類のやうなものでした。私の食器は〔、〕ちやんと銀の箱に入れて、乳母さんがポケットにしまつてゐて、食事の時になつて、欲しいといふと、必ず自分で綺麗に拭いて、それから、私に渡してくれます。王妃と一緒に食事をするのは二人の王女だけで、姉の方は十六才、妹は十三才〔と〕一ヶ月でした。

[やぶちゃん注:「〔これも大きさは〕」の箇所は、現行版では『これも大きさは、』である。]

 王妃陛下が肉を切つて私の皿に入れて下さると、私は自分で更らにそれを小さく切つて食べます。このままごとのやうな〔私の〕食べ方かたが王妃にはよほど〔とても〕面白かつた気に入つた〕のでせう。といふのは〔、〕王妃(實際はこれは〕少食の方でしたが)は、なにしろ、イギリスの百姓が十二人も食べられるほどのものを、一口に召上るのです。實際この有樣には〔を見ては〕私も時時〔私は〕、やりきれない氣持がしました。

[やぶちゃん注:「このままごとのやうな〔私の〕食べ方かたが王妃にはよほど〔とても〕面白かつた気に入つた〕のでしせう」の後半の両削除はママ。現行版では、

   *

この、まゝごとのような、私の食べ方が、王妃にはとても面白かったのでしょう。

   *

となっている。

「實際この有樣には〔を見ては〕私も時時〔私は〕、やりきれない氣持がしました。」のパートも現行版では、

   *

実際この有様には、私もときどき、やりきれない気持がしました。

   *

となっている。「ときどき」の後半は底本では踊り字「〲」(この注は以下、略す)。前にも述べたが、原民喜はこの「〱」「〲」の筆頭に「ゝ」「ゞ」、「々」さえも踊り字が嫌いだったのである。事実、原稿では全くと言っていいほど使っていないのである。現行の踊り字いっぱいのそれは、それだけで原民喜の作品ではないと断言してもよいくらいである。]

 〔王妃は、〕雲雀の翼を〔、〕骨ごとポリポリ嚙み碎いてしまはれるのです〔ます〕が、その翼の大きさは〔、〕七面鳥の翼の九倍からあるのです。それからパンの一口分も〔、〕驚くほど大きなものです。

 王妃は黃金の盃で、大樽一箇分以上の飮物を、一息にお飮みになります。それから、柄の上にまつすぐはまつてゐるナイフの大きさは、大鎌の二倍もあります。スプーンもフオークも、すべて〔それぞれ〕おどろくほど〔みな実に〕大き〔な〕ものです。〔私は〕いつかグラムダルクリッチが〔、〕面白半分に私を宮廷の食卓につれて行つてくれたことがあります〔のをおぼえてゐ〕ますが、かういふ巨大な〔、〕ナイフやフオークが〔、〕十あまりも並んだ光景〔有樣〕は、こんな恐ろしい光景は〔全く、〕見たことがないと思ひました。

[やぶちゃん注:「それから、柄の上にまつすぐはまつてゐるナイフの大きさは、大鎌の二倍もあります。」は現行版では、『それから、王妃のナイフの大きさは、大鎌の二倍もあります。』となっている。

 なお、次の段落との間には原民喜の校正記号で「一行」と上部に指示がある。現行版は空けていない。私は空けて示す。]

 

 この國では毎週、水曜日がお休みの日なのです。〔、〕この日には、兩陛下はじめ、王子王女殿下も、國王陛下の御部屋で一緒に食事をされることになつてゐます。私は今では國王陛下にも〔、〕すつかりお氣に入りになつてゐたので、〔この〕會食の時〔に〕は、〔いつも〕私の椅子と食卓が、陛下の左手の鹽壷の前に置かれました。

 陛下は〔、〕私と話をするのがお好きで、ヨーロッパの風俗、宗教、法律、政治、學問などについていろいろお質問になります。私もできるだけ、よく御返答〔答へ〕申上げるのでした。陛下は頭のいい方ですから、私の申上げることが、すぐお解りです。そして、なかなか賢いことを〔お〕つしやいます。

 けれども〔、〕一度こんなことがありました。私がイギリスのことや〔、〕貿易のことや〔、〕戰爭や〔、〕政党のことを〔、〕あまり、いい氣になつて喋りましたところ、陛下は〔、〕右手に私をつまみあげて、左の手で靜かに私を撫でながら〔、〕大笑ひされました。そして〔れから、〕陛下の後に大きな白い杖を持つて控へてゐる首相をかへりみて〔、〕〔かう〕言はれました。

 「人間なんて〔、〕いくら偉〔威〕ばつたつて〔とこ〕ろで、つまらないものではないか、この小つぽけな蟲けらにも〔でさ〕へ眞似ができるのだからな。どうだ、こんな奴等〔に〕でも、位〔とか〕稱號があるといふし、家とか市とか呼ぶ、〔ち〕つぽけな巣や穴なども作るらしい。それに、お洒落をしてみたり、戰爭し〔てみ〕たり、議論〔喧嘩〕したり、欺いたり、裏切つたりするといふ〔のだ〕からな」

 と、大たい〔體〕こんなふうな調子で云はれましたので、自分の祖國がこんなに輕蔑されるのを聞いては、私は腹が立つて、顏が眞赤になつてしまひました。しかし、〔その後〕よく〔よく〕考へ直してみると、私は〔陛下に〕恥をかかされたのかどうか、あやしくなりました。といふのは、〔私は〕こうして幾月か、この國民の〔姿や話しぶりに〕馴れ、話にも聞きなれ〔見るものがみな〕この國では人間〔の大きさ〕に比例して大きいといふことが私に〔わか〕つて來たので、初め私が〔今ではもう初めのやうに〕その大きさに驚いたり恐れひゐた〔たりしなく〔な〕〕りました。ですから〔、〕今では〔、〕もし〔この私がイギリスの貴族たち→が〕晴着を着て、さも上品らしく、氣どつた恰好で、步いたり、おじぎをしたり、おしやべりしてゐるのを見たら、私はかへつて笑つた〔、〕〔噴きだ〕すかもしれません。丁度〔、〕今この國の陛下や貴族が〔、〕私を笑つたやうに、私もまた〔、〕彼等を大いに笑つてやりたい氣になるでせう。

 また實際、王妃がよく私を掌に乘せて鏡の前に立つた時など〔つれて行き、〕私たち兩方の全身を一緒に映して見せる時など、われながら微笑ささられました。全くこの〔滑稽な〕比較には、私はいつだ〔なんだ〕か自分の實際の大きさよりも小さ大き〕〔身躰〕が、ずつといよいよもつともつと→ずつと〕小さく身躰が縮まつてくるやうな気がしました。

[やぶちゃん注:原稿にはここに一行空けの校正記号が入る。現行版には行空けはない。指示通りに空ける。]

 

 私が一番癪にさわり、困つ〔惱まされ〕たのは、王妃のところの侏儒でした。彼は國中で一〔等〕背が低いので、(實際三十呎に足りないやうでした)自分より更らに小さな物を見ると、急に高慢になつて、たとへば、私が王妃の次の間〔で〕貴族たちと話をしてゐると、彼はひどくふん〔ぞ〕り返つて、私のテーブルの側を通つて行くのであります。〔す。〕そして〔彼は〕私の小さいことを〔いつも〕一言二言ふのです。〔はねば〕気がすまないのです。〔した。〕〔私は〕彼にむかつて、私は〔「〕おい兄弟と呼んで呼んで〕相撲を取みようか〔」〕と言つたり〔てや〕つたり、口でなんとかやりこめてやつて〔、そんなことで〕仇討をするだけでしたよりほかはありません。→してやるのでした。〕

[やぶちゃん注:ここは原稿に不全性が現われている。現行版は以下の通り整序されている。なお、頭の一文は現行版では独立して改行されている。原稿にはそのような指示はない。

   *

 私が一番癪にさわり、悩まされたのは、王妃のところの侏儒でした。

 彼は国中で一等背が低いので、(実際、三十フィートに足りないようでした)自分よりさらに小さなものを見ると、急に高慢になって、たとえば、私が王妃の次の間で貴族たちと話をしていると、彼はひどくふんぞり返って、私のテーブルのそばを通って行くのです。そして彼は、私の小さいことを、いつも一言二言いわねば気がすまないのでした。私は彼に向って、「おい、兄弟、相撲をとってみようか。」と言ってやったり、口でなんとかやりこめて、そんなことで仇討をしてやるのでした。

   *

「三十呎」約九メートル十四センチ。]

 ある日、食事の時、この意地悪小僧は〔、〕何か私の言つたことに腹を立て、〔かつと腹を立てると、〕王妃の椅子の上に跳び上ると→り〕、私〔の〕腰のあたりを捉んで、まるで見境もなく、いきなりクリームの入つた銀の鉢の中に投りこむと、そのまま一散に逃げ出しました。私はまつ逆さに落されましたが、あの時、もし泳げなかつたら大変でした。丁度、グラムダルクリッチは〔、〕その時、部屋の向ふの方に行つてゐましたし、王妃は驚きのあまり、私を助けることに氣がつれませんしたから〔を忘れていられました。〕私がしばらく鉢の中〔で〕泳いで〔ぎまはつて〕ゐると〔、〕乳母さんが駈けつけて救ひ出してくれましたが、その時はもうクリームを隨分呑んでゐました。

[やぶちゃん注:「捉んで」現行版は平仮名で『つかんで』。摑んで。

「投りこむ」現行版は平仮名で『ほうりこむ』。放(抛)りこむ。]

 私は早速ベッドに寢かされました。〔まあ〕損害といつた〔ら、〕着物一着がすつかり駄目にされたこと〔位〕でした。侏儒はひどく鞭で打たれ、罰として鉢のなかのクリームを全部〔全部〕飮まされることになりました。そしてその後〔、〕侏儒は王妃から愛想をつかされ、間もなく他の貴婦人にやつてしまはれました。だからそれつきり〔、〕二度と彼の顏を見なくてすんだの→で〕、私は何よりうれしくありました。→私〔→も〕ほつとしました。〕

[やぶちゃん注:第二文「まあ損害といつたら、着物一着がすつかり駄目にされたこと位でした。」は、現行版では『まあ損害といったら、着物一着がすっかり駄目になったことぐらいでした。』で、後半部は現行版は、『そしてその後、侏儒は王妃から愛想をつかされ、間もなく他の貴婦人にやってしまわれましただからそれっきり、二度と彼の顔を見なくてすんだので、私ほっとしました。』(下線部注意)である。]

[やぶちゃん注:原稿にはここに一行空けの校正記号が入る。現行版には行空けはない。指示通りに空ける。]

 

 私は臆病者だといつて、王妃からよくからかはれました。

 〔そして王妃は、〕お前の國の者はみんなそんなに臆病なの、と〔よく〕お聞きになりました〔す〕。それ〔に〕は〔ちよつと〕〔また〕譯があるのです。この國では〔、〕夏になると〔、〕蠅が一ぱい出まするのですが〔ます。〕〔とこ〕ろが、その蠅といふのが〔、〕雲雀ほどの大きさですし、この厭つたらしい蟲が〔、〕食事中も〔、〕ぶんぶん耳〔も〕とで唸りつゞけるので〔、〕私はちつとも落着けません。時によると〔、〕食物の上にとまつて、〔きた〕な〔い〕汁や〔、〕を殘してゆくのです〔きます〕。ところが〔、〕この國の人〔たち〕の眼〔に〕は私の眼とちがつて〔、〕〔それが〕一向〔に〕見えないのですが〔、〕私の目〔に〕は小さいものが よく〕〔実によく〕見えまするのですます→るのです。〕〔ときどき〕蠅は〔〕〔、〕私の鼻や額にとまつて〔厭なにほひ〕痛く刺したり、いやな臭を出すのです。〔します。〕

[やぶちゃん注:この前後の観察箇所は実に顕微鏡的に科学的で面白い。]

 蠅の足の裏側には、ねばねばしたものがあり〔くつついてゐる〕ので、〔それで〕天井を倒しまに步くことができる〔の〕だ〔、〕と博物學者たちは云つてゐますが、私の眼には、〔あ〕のねばねばした物まで、實にはつきり見えるのです。〔私は〕この憎つたらしい動物から〔、〕私の身を守るのに〔、〕大變閉口〔たいへん苦勞〕しました。顏などにとまられると、思はず飛上つたものです。ところが、侏儒の奴はいつもこの蠅を五六匹、丁度小學生がよくやるやうに、手に摑んで來ては、いきなり私の鼻の先に放すのです。〔これは〕私を驚かして、それで王妃の御機嫌をとらうとして〔とるつもりな〕のでした。私は飛んで來る奴をナイフで斬りつけるばかりでしたが、この私の腕まへは〔、〕みんなから〔あざやかだ〕ほめられました。

[やぶちゃん注:現行版を示す(下線やぶちゃん)。

   *

 蠅の足の裏側には、ねばねばしたものがくっついているので、それで天井を逆さまに歩くことができるのだ、と、博物学者たちはっていますが、私のには、あのねばねばしたものまで、実にはっきり見えるのです。私はこの憎ったらしい動物から、身を守るのに、大へん閉口しました。顔などにとまられると、思わず跳び上ったものです。ところが、侏儒の奴はいつもこの蠅を五六匹、ちょうど、小学生がよくやるように、手につかんで来ては、いきなり私の鼻の先に放すのです。これは私を驚かして、王妃の御機嫌をとるつもりなのでした。私は飛んで来る奴をナイフで斬りつけるばかりでしたこの私の腕前は、みんなからほめられました。

   *]

 今でもよく憶えてゐますが、ある朝、グラムダルクリッチは〔、〕私を箱に入れたまま〔、〕窓口に載せておいたのです。これは天氣のいい日なら〔、〕私を外氣にあてるため〔に、いつもさうして〕ゐました。が、しかし私はよくイギリスで鳥籠を吊すやうに、私の箱を釘にぶらさげるやうなことは、決してさせませんでした。そこで〕私→は〕箱の窓を一枚あけて、食卓に〔つ〕いて〔、〕朝〔食〕のお菓子を食べてゐ〔ま〕した。その〔匂〕に誘はれて、二十匹ばかりの地蜂が〔、〕部屋のなかに飛び込んで來ると、まるで■■■■のやうな〔てんでに大き〕な唸りをたてました。

[やぶちゃん注:判読不能箇所は「かみなり」かと思ったが、ちょっと違う。識者の判読を乞うものである。

「地蜂」こう呼称するのは膜翅(ハチ)目細腰(ハチ)亜目スズメバチ上科スズメバチ科スズメバチ亜科クロスズメバチ属 Vespula を指すが、原文は“wasps”で、これは広く、スズメバチ亜科 Vespinae のスズメバチ類、或いは、細腰亜目アナバチ科ジガバチ亜科ジガバチ族 Ammophilini のジガバチ類を指す。スズメバチは基本、肉食性で甘い菓子に寄ってくるのは必ずしも相応しくはないものの、後者は社会性で群れを作らないから、二十匹がまとまって飛来するのはやはり相応しくない気がする。訳語に戻って、クロスズメバチ類で妥協しておくのがよいか。]

 なかには私の菓子をつかんで粉粉にしてさらつて行く奴もゐるし、私の頭や顏の近くにやつて來て、ゴー〔ゴ〕ーと〔唸つて〕脅す奴もゐます。しかし、私も劍を拔いて彼等を空中に切りまくりました。四匹は切〔はう〕ちとめましたが、あとはみんな逃げ去つたので私は〔すぐ〕窓を閉めました。この蜂は鷓鴣ぐらゐの大きさでした。針を拔きとつてみると、一吋半もあつて、縫針のやうに鋭いものでした。私はそれを大事にしまつておいて、その後〔、〕いろいろの珍品と一緒にイギリスに持つて戾りました。

[やぶちゃん注:「鷓鴣」「しやこ(しゃこ)」と読み、鳥綱キジ目キジ科シャコ属 Francolinusのシャコ類を指す。原文は“partridges”。英和辞典ではキジ科イワシャコ属イワシャコ Alectoris chukar、或いは、キジ科ヤマウズラ属ヤマウズラ Perdix dauuricae を指すとある。前者は体長三十二~三十五センチ、後者は全長二十六~二十九・四センチ。イギリスの鳥猟から考えると、前者のイワシャコAlectoris chukarが対象種と考えられる。]

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