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2016/09/29

只今横臥中   梅崎春生

 

 神経症でこの春(昭和三十四年)入院して治療を受け、七月退院して現在にいたるが、何かまだはっきりしない。以前の不安感はなくなったが、意欲というか闘志というか、それが湧き出て来ないのである。医師の言によれば、治療法の関係でそういう状態が半年から一年続くものだそうで、だからこれは私の責任でない。退院時医師は私に、当分四つの条件を守るよう指示した。その条件というのは、一、したいことをすること、二、したくないことはしないこと、三、酒は秋まで飲まぬこと、四、食後四十分は横臥(おうが)すること、である。一と二はたいへんいい条件で、はっきりしている。自由にふるまえばいいのである。三はいつから秋かというのがあいまいだが、私は俳句が大好きなので、山本健吉編『新俳句歳時記』でしらべてみると「立秋(八月八日ごろ)から立冬(十一月七日ごろ)の前日までを秋とする」とある。医者が秋と言ったのは何月を指すのか知らないが、問い合わせるのも面倒なので、とりあえず山本説にしたがって八月八日から飲み始めた。

 四の食後横臥というのは、他で食事がしにくいという不便があるけれど(レストランなどで横臥しては恰好が悪い)まず悪くない。むしろ好きである。私は昔から横になるのは大好きだ。寝たり起きたり出来るということは、たいへん幸福なことで、数ある動物の中には、横臥しないのがいる。たとえば馬なんかは立ったまま眠るし、こうもりなんかは樹にぶら下って眠る。これに反し、立てないという動物もいる。蛇やみみずやごかいがそれで、覚めている時でも横臥している。彼等は立とうにも立ちようがないのである。

 何だか話が横に外(そ)れたが、前述の如く私はだらしなく横臥するのが好きで、なぜそうなったかというと、私は幼少時割にきびしい家庭教育を受けた。食後横になったりしようものなら、火箸で打たれた。食後の横臥は衛生的なのだが、当時はそのことは普及していず、そんなことをすれば牛になると信じられていた。その反動で、親もとを離れると、私は起居のしめくくりがすっかりゆるんで、時をかまわず横になることを愛好するようになった。

 その傾向に拍車をかけたのが軍隊生活で、私は海軍の暗号兵だったが、一日の中眠る時間は五時聞か六時間で、あとの時間は立つか腰かけるかしていねばならぬ。それに海軍というところは、眠るのはハンモックの中である。経験ある人なら知っていようが、あれは厳密な意味では横臥でない。ハンモックの中では、身体が匙(さじ)のように曲って、窮屈なものである。やはり横臥というのは、畳の上で手足を伸ばして横たわることだと思う。だから当時私たちは、「一日でいいから畳の上で、ぐつすり眠りたいなあ」とこぼし合ったものだ。

 だから私は復員後、過去に復讐するかの如く、暇さえあれば横たわり、眠ってばかりいた。

 その習慣が今なお残っていて、私は今でも一日十時間は眠る。夏はそれに昼寝の時間が加わるから、年間平均は十時間を上廻るのである。

 そんなに眠っては、起きている時間がすくないから、一生を短く生きることではないか。いやいや、そんなことはない。起きてぼんやりしているよりも、眠って多彩で豊饒(ほうじょう)な夢を見ている方が、はるかに有意義である。はるかに人生を愉しく生きていることになると、私は思っている。それに十時間も眠れば、休養が充分にとれて、長生きが出来ようというものである。

 で、横臥に話が戻るが、私は病後の関係もあり、覚めている時間の大半をこれにあてている。食後四十分とは医師の指令だが、私は四十分では満足出来ずに、二時間か三時間にも及ぶこともある。食後だけでなく、食前食後にわたることもあり、更に進んで食事も横臥のままとることもある。寝ながらざるそばなんかを食うのは、なかなか趣きのあるものだ。

 そんなに横臥して、何をしているのか。ぼんやりと物思いにふけったり、読書にいそしんだり、テレビを眺めていたりする。今も私は寝床に腹這いになり、日本野球選手権のテレビを横眼に見ながら、これを書いている。

 日常生活のどういうところから小説のヒントを得るか、というこれは注文原稿なのであるが、以上のような私の日常であるので、ヒントを得るにはほんとに苦労する。しかしまあこんな日常でも、どしどしというわけには行かないが、ぽつりぽつりとヒントがやって来て、どうにか門戸を張っているというのが実情で、そのヒントも自らぽっかりと浮ぶこともあり、他人の話からそれを得ることもある。それらのヒントを私はすかさず枕頭(ちんとう)のノートブックに記入して置く。

 どういうわけか、私は自分で見たり経験したことよりも、他人のちょいとした話の方が、小説に仕立てやすい傾きがある。自分の経験したことだと、それだけが全体で想像力を加える余地がない。あとは変形あるのみである。ところが他人の話だと、自由に想像力がふるえるからではないかと思う。

 それで、そのノートに控えたヒントはどうするか。すぐ使ってはまずいのである。せっぱつまってすぐ使ったこともあるが、おおむね出来ばえが良くなかった。ヒントというものはやはり味噌や醬油と同じで、速成ではうまく行かない。ある程度寝かして、充分に醱酵させないと、上味にはならない。

 どの程度寝かして置けばいいかと言うと、私の経験では、半年から一年ぐらいがいいところである。二年を越すと、もういけない。ヒントが腐ってしまうのである。ヒントというものは生(なま)ものであるから、あまり放置すると腐敗菌が取りつくのだ。私の戸棚には、そういう腐ったヒントが、ノートで数冊死蔵されている。

 横臥のうつらうつらの物思いに、仕入れたヒントをあれこれと考え、つつき散らし、変形を加えたりひっくり返したり、そんなことをするのはなかなか愉しいことで、他の商売に従事している人にはうかがい知れぬ快感がある。伊達(だて)や酔狂で私も横臥しているのではないのだ。

 

[やぶちゃん注:昭和三四(一九五九)年十二月号『文学界』初出。底本は沖積舎「梅崎春生全集 第七巻」に拠った。傍点「ヽ」は太字に代えた。

「日本野球選手権」この年の日本選手権シリーズの優勝はパシフィック・リーグの南海ホークス(初優勝)で、相手はセントラル・リーグの読売ジャイアンツであった。]

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