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2016/09/18

諸國百物語卷之二 七 ゑちごの國猫またの事

     七 ゑちごの國猫またの事

 

 ゑちごの國に、何がしのうとくなる人ありけり。あるとき、門のほとりに、いとじんじやうなる女一人たゝずみて、みやづかへののぞみあるよし、いひ、入りければ、北のかた、聞こしめし、

「さいわい、むすめが腰もとに、をきてつかわせん」

とて、めしかゝゑ給ふに、此女、繪かき、花むすび、手跡、ぬひ物まで、女の藝はなにゝても、しのこす事なし。夫婦ともに、よきものをおきたり、とて、よろこび、なさけをかけて、めしつかい給ふ。あるとき、北のかた、この女のヘやに火をとぼしてあるを、ふと、のぞきて見給へば、をのれがくびをとりて、前なる鏡臺(きやうだい)にをき、かねをつけ、けしやうをして、そのくびを又、をのれがむくろにつけて、さらぬていにてゐたりける。北のかた、おそろしくて、夜あけて、かの女をよびよせ、何となく隙(ひま)をいだしければ、かのをんな、けしきかわりて、

「いつまでも御ほうこうをいたし候はんと思ひしに、にはかにかやうに御いとまを下さるゝは何(なに)ぞ御らんじ候ふや」

と云ふ。

「いや、さやうにてもなし。とかくに、いとまをいだする也。むすめがゑんにつくころには、又々よびむかへてかゝゑん」

との給へば、

「あら、きよくもなき仰(をゝせ)かな」

と、云ふよりはやくとびかゝり、北のかたののどぶえに、ひし、と、くひつく所を、何(なに)がし、きゝつけ、刀をぬきて切りつけゝれば、かの女、きられてよわる所を引きたをし、よこ切りに、どふ、と、きりてみれば、さしものうつくしき女のすがた、たちまちへんじて、としへたるねこの、口は耳のわきまでさけ、角をいたゞきたる、猫またにて有りしと也。その家に年久しくかひける猫、いつのほどよりか、行きかたなく見へざりしが、猫またとなりけるとぞ。北のかたも其のち五、六十日ほどもわづらひ給へると也。

 

[やぶちゃん注:話も「曾呂利物語」巻一の「一 竜田姫(たつたひめ)の事」と同話。但し、そちらでは場所は特定されず、ここの最後に出る北の方の患いもない。但し、その老成した猫の名(或いは後に化け猫の御霊化した呼称かも知れぬ)は「竜田姫」(本来は秋の女神の名)と言ったと出す。

「猫また」ウィキの「猫又」によれば、『大別して山の中にいる獣といわれるものと、人家で飼われているネコが年老いて化けるといわれるものの』二種があり、この場合の「人家のネコが化ける猫又」の方のみを引用しておくと、鎌倉時代の成立になる「古今著聞集(建長六(一二五四)年稿)に出る『観教法印の話では、嵯峨の山荘で飼われていた唐猫が秘蔵の守り刀をくわえて逃げ出し、人が追ったがそのまま姿をくらましたと伝え、この飼い猫を魔物が化けていたものと残したが』、知られた「徒然草」の第八十九段の冒頭では、「『奥山に、猫またといふものありて、人を食ふなる』と人の言ひけるに、『山ならねども、これらにも、猫の經上(へあが)りて、猫またに成りて、人とる事はあなるものを』と言ふ者ありける」と出る(当該段はよく高校古文に出る臆病な連歌師の失敗談の笑話で、御存じの通り、実際の猫又は出ない)。『江戸時代以降には、人家で飼われているネコが年老いて猫又に化けるという考えが一般化し、前述のように山にいる猫又は、そうした老いたネコが家から山に移り住んだものとも解釈されるようになった。そのために、ネコを長い年月にわたって飼うものではないという俗信も、日本各地に生まれるようになった』。『江戸中期の有職家・伊勢貞丈による『安斎随筆』には「数歳のネコは尾が二股になり、猫またという妖怪となる」という記述が見られる。また江戸中期の学者である新井白石も「老いたネコは『猫股』となって人を惑わす」と述べており、老いたネコが猫又となることは常識的に考えられ、江戸当時の瓦版などでもこうしたネコの怪異が報じられていた』。『一般に、猫又の「又」は尾が二又に分かれていることが語源といわれるが、民俗学的な観点からこれを疑問視し、ネコが年を重ねて化けることから、重複の意味である「また」と見る説や、前述のようにかつて山中の獣と考えられていたことから、サルのように山中の木々の間を自在に行き来するとの意味で、サルを意味する「爰(また)」を語源とする説もある』。『老いたネコの背の皮が剥けて後ろに垂れ下がり、尾が増えたり分かれているように見えることが由来との説もある』。『ネコはその眼光や不思議な習性により、古来から魔性のものと考えられ、葬儀の場で死者をよみがえらせたり、ネコを殺すと』七代まで『たたられるなどと恐れられており、そうした俗信が背景となって猫又の伝説が生まれたものと考えられている』。『また、ネコと死者にまつわる俗信は、肉食性のネコが腐臭を嗅ぎわける能力に長け、死体に近づく習性があったためと考えられており、こうした俗信がもとで、死者の亡骸を奪う妖怪・火車』(かしゃ:悪行を積み重ねた末に死んだ者の亡骸を奪うとされる妖怪であるが、形状は空中を飛翔する正体不明の獣様のものであるが、ウィキの「火車」によれば、「北越雪譜」の「北高和尚」に天正時代のこと、『越後国魚沼郡での葬儀で、突風とともに火の玉が飛来して棺にかぶさった。火の中には二又の尾を持つ巨大猫がおり、棺を奪おうとした。この妖怪は雲洞庵の和尚・北高の呪文と如意の一撃で撃退され、北高の袈裟は「火車落(かしゃおとし)の袈裟」として後に伝えられた』とある)『と猫又が同一視されることもある』。『また、日本のネコの妖怪として知られているものに化け猫があるが、猫又もネコが化けた妖怪に違いないため、猫又と化け猫はしばしば混同される』とある。

「うとく」「有德」。裕福。

「じんじやう」「尋常」。

「みやづかへ」ここは広く奉公のこと。

「をきてつかわせん」「置(お)きて遣はせん」。歴史的仮名遣の二箇所の誤り。「招(を)く」(呼び寄せる)ならいいが、これでは意味が微妙に不自然である。

「花むすび」「花結び」色糸や緒(を(お):細紐)を菊・桜・梅など様々な花にかたどった結び方にする手業(てわざ)又はその結んだもの。衣服や調度の飾りとする。

「かね」「鉄漿(かね)」。お歯黒。

「けしやう」「化粧」。

「むくろ」この場合は身体の胴体部を指す。

「御らんじ」「御覽じ」。漢語に接合して濁音化したサ行変格活用の複合動詞(何故か知らんが、この場合はザ変とは言わない。私は実は未だに納得出来ないでいる国語学の慣例である)。

「ゑんにつくころには」「緣に就く頃には」。将来、娘の縁談が纏まる頃になったら。

「よびむかへてかゝゑん」「呼び迎へて抱へん」。歴史的仮名遣の誤り。

「きよくもなき」面白くない、或いは、愛想がない・すげないの意。元愛猫なればこそ、後者がよい。]

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