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2016/09/16

諸國百物語卷之二 五 六端の源七ま男せし女をたすけたる事

     五 六端(ろくたん)の源七(げんしち)ま男(をとこ)せし女をたすけたる事

 

 都にかくれなき六たんの源七とて、ばくちうち、有りけり。あるとき、あづまに下り、よきあいてをもとめ、仕合(しあはせ)せんとてくだりけるが、みちに行きくれ、ある里にたち寄り、宿をかりければ、

「此里は人(ひと)宿(やど)かす事、法度(はつと)也。今二三里さきにてとまり給へ」

と云ふ。源七、ぜひなく行きてみれども、家もなし。とかくするほどに夜(よ)もふけ、くたびれければ、とある森のうちに灯明(とうめう)、いとかすかにとぼしたる宮あり、さいわい、と、おもひ、是れに一夜をあかさんと思ひ、みやのかたはらに、ふしゐたり。かゝる所に、夜半すぎの比(ころ)、森のひがしのかたより、かすかに火のひかり、みゆる。源七、ふしぎに思ひて、火のゆくかたを見ゐければ、ぜんぜんに此宮(みや)ちかく來たるを、よくよくみれば、年のころ、三十ばかりなる男、大わき指をさし、行灯(あんどう)を手にもちて拜殿にあがりける。源七、身の毛もよだち、おそろしくて身をちゞめゐければ、かの男、あなたこなたを見まわし、扨(さて)、はいでんの二かいへあがりける。いよいよおそろしくて、事のやうすをうかゞひゐければ、女のこゑにて、拜殿の二かいにてさけぶをとしけるが、しばらく有りて、二かいより、男、行灯(あんどう)をもちて、をり、もとの道へ、かへりぬ。源七、なをなをふしんに思ひ、二かいなるは、いかなるものぞ、見ばや、と、おもひ、神前の灯明(とうめう)にて、紙燭(しそく)をして、二かいへあがりて見れば、年廿(はたち)ばかりなる、うつくしき女をしばりて、身うちを疵(きず)つけ、をきたり。源七、おそろしく思ひけれども、

「いかなるものぞ」

と、とひければ、女、云ふやう、

「われはへんげの物にてもなし。はづかしながら、みづからは、まおとこをいたしたる女にて候ふが、そのとがゆへに、まことの男にいましめられ、夜な夜な、きたりて、かやうにさいなみ申す也。此のちは命をとるにて候ふべし。あわれ、御ぢひに、此なわを切り、たすけ下され候はゞ、生(しやう)々世(せ)々、御をんは、わすれ申すまじ」

とて、さめざめとなきければ、源七、いかゞとおもひけるが、あまりにふびんに覺へて、なわをぶつぶつと切りすてければ、女、よろこび、手をあわせ、

「扨(さて)々、有がたくこそ候へ。是れよりすぐにたちのき申さんと思ひ候へども、一足もひかれ申さず。とてもの事に、われをおひて、おろし給はれ。わがおやもとは是れより五十町ほどさきにて候ふあいだ、それまで、おくりとゞけて給はれ」

と云ふ。源七、ぜひなく、せなかにおひ、二かいよりおりて、五、六町ほど行きければ、かの女、

「はいでんに物をわすれてまいりたり。又、もとの所へつれて御かへり給はれ」

と云ふ。源七、きのどくに思ひながら、又もとの所へつれて歸り、はいでんにおろしければ、かの女、はいでんのゑんの下へ、はい入りける。源七、たばかられける、と、むねんに思ふ所に、かの女、ゑんの下より、しぶ紙づゝみをもち出でたり。源七、又、女をおふて行くほどに、ほどなく親もとにつき、親にかくとしらせければ、おや、よろこび、ひとへに命のをや也とて、源七をいろいろと、もてなしける。源七も、いとまごひして出でければ、女、たち出で、ねんごろに禮をいひ、さて、かのしぶ紙つゝみをとり出だし、

「是れは、それがしがまをとこの首にて候ふあいだ、いかなる寺にも御とりをき給はり候へ」

とて、しぶ紙づゝみに金子卅兩そへて源七にわたしける。源七、うけとり、立ちわかれて、半みちばかりゆきて、此しぶかみ包(つゝみ)を川中にすて、金子をとりて、あづまへはくだらずして、みやこをさして上りけると也。ぶへんゆへに、おもひよらぬ金をよこ取りしけるとて、みやこにのぼりて物がたりしける也。

 

[やぶちゃん注:正直、私は最後に間男の首を川の中に放り込む、この「六端の源七」が憎めない。彼は大体からして、六キロ七百メートルを越える見ず知らずの道のりを(途中で戻った分もちゃんと入れた)、得体の知れぬ女を背負って彼女の実家へ連れて行ってやっているのである。三十両は女が自発的にくれたのであって(無論、この内の十五両ぐらいは寺への供養代であろうが)、彼が望んだものではない。「もてなし」は受けたが、そこで源七は報酬を要求せずに「暇乞い」をしたことになっているのだ。そもそもが、腐りかけた斬られた男の首を寺に持って行けば、如何に事実を語っても、博徒の風体(ふうてい)の彼の言うことであるまえに、内容自体が信じられそうもないわけで、逆に、怪しい奴、と訴え出られて、捕縛や詮議は免れぬ。私が彼でも首は捨てる。しかも掘って埋めてやったりしていては人に見られるかも知れぬから、川に投げ込むのが最もよい。彼とは、だから、いい友達になれそうだ(私は博奕は「花札」(後注参照)を含めて全く知らないからやれないけれど)。

「六端(ろくたん)」「六反」とも書き、これ自体の原義は「日本国語大辞典」によれば、『釣流船(つりながしぶね)の俗称。江戸時代、薩摩地方独特の漁船で』『四階造り』で『六端帆を掲げることからいう』とある(この場合の「端」は和船の帆の大きさを示す単位で製帆用の布の幅を指すものの謂いのようである)。ところが、同辞典のこの前の見出しを見ると、『六短』があり、これは花札で短冊を六枚集めた役をいう』『賭博』『仲間の隠語』とあり、これに掛けたものと思われる。なお、一九八九年岩波文庫刊の高田衛編・校注「江戸怪談集 下」の脚注には所謂、網を投げ用いたり、定置網などではない漁としての流して釣る船の意味から、『相手をひっかける意味の博奕』(ばくち)『の符牒語か』とあるが、私は寧ろ、私が感じた花札の『六短』に引っ掛けたとする方がピンとくるが、如何?

「ま男(をとこ)」「間男」。姦通。

「仕合(しあはせ)」博奕の差し(一対一)での本気勝負。

「法度(はつと)也」禁じられている。江戸時代、東海道に限らず、幕府が認めた宿駅以外での一般人の宿泊は厳しく禁じられていた。

「二三里」七・九~十二キロメートル弱。

「さいわいとおもひ」「幸ひと思ひ」。歴史的仮名遣の誤り。

「ぜんぜんに」「漸々に」。次第次第に。だんだんに。

「大わき指」「大脇差」。脇差の中でも長めのもので、一尺八寸以上二尺未満(五十四・五から六十・六センチメートル)のものをいう。

「行灯(あんどう)」「あんどん」に同じい。

「はいでんの二かい」拝殿が二階建てという神社は珍しい。この神社は嘗ては相応の由緒のあった、大きなものであったのであろうか。

「なをなを」「猶々(なほなほ)」歴史的仮名遣の誤り。

「紙燭(しそく)」夜間の儀式や室内照明に用いたごく短小の松明(たいまつ)様のもの。正式なものは、松材を凡そ長さ四十五センチメートル、太さ九ミリメートルほどに丸く削って先端を焦がして油を塗り、手元を紙(こうやがみ)で巻いたものを指すが、ここはもっと簡便な紙或いは襤褸(ぼろ)布を細く巻いて縒(よ)った上に油を染み込ませたものを指す。

「御ぢひ」「御慈悲(おじひ)」。歴史的仮名遣の誤り。

「生(しやう)々世(せ)々」この生きているこの世は無論、あの世までも。何時までも。

「御をん」「御恩(ごおん)」。歴史的仮名遣の誤り。

「ふびん」「不憫」。

「とてもの事に」事の序(つい)でのことと言うては何で御座いますれど。

「五十町」五キロ四百五十五メートルほど。

「五、六町ほど」五百四十六~六百五十四メートルほど。

「きのどく」「氣の毒」。但し、これ近世口語の形容動詞の第一義の用法で、自分にとっては迷惑の謂い。自分の「気」(心)にとって「毒」となるよからぬものが原義である。

「たばかられける」騙されたのであったか。縁の下に隠れたかと思われたために、恐らく源七は、やはり狢や狐などの獣の変化(へんげ)のもの、と思うたのであろう。

「むねん」「無念」。

「しぶ紙づゝみ」「澁紙包み」。和紙を貼り合わせた上に柿渋を塗って防水を施すとともに強くした紙で包んだ物。

「おふ」「負ふ」。背負う。

「ひとへに命のをや」「偏(ひと)へに命の親(おや)」。歴史的仮名遣の誤り。「偏(ひと)へに」全く以って。

「それがしがまをとこの首」「某(それがし)が間男の首」。

「とりをき」「取り置き」。納骨し。

「半みち」「半道」。一里の半分。半里。二キロ弱。

「ぶへん」「武邊」。この場合、かれは武士でもないから、蛮勇とか、糞度胸といった意味。]

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