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2016/10/23

甲子夜話卷之二 30 以前の大的の事

2―30 以前の大的の事

今大的とて、御旗本御家人などの射る物は、憲廟より前は、人形(ヒトカタ)と云て、五尺ばかりに紙を長く繼て、掛軸の如くし、竹竿にかけて射たりしを、憲廟の御時、治世に人がた射んこと不祥にして且不仁也と有て、これを改められ、竹を曲て輪とし、今の大的の大さに爲て、其中を通りたる箭を中(アタ)りとしけり。然を又德廟の御時、其物に中りて響なきは快からず迚、今の紙に張る的を制して射さしめらる。是よりいづ方も今の的になりしと也。先年同姓忠右衞門【信義】語れり。

■やぶちゃんの呟き

「大的」「おほまと」。現行のそれは和弓の歩射(かちゆみ)に用いる射場(いば)の大きな的を指し、直径は五尺二寸(約一・五八メートル)である。この条はその起源説に相当する。因みに、対する「小的(こまと)」は直径一尺二寸(約三十六センチ)以下のものを指す。

「憲廟」徳川綱吉。

「人形(ヒトカタ)」後で綱吉が不快に思う如く、太平の世に遇って戦場での対人射撃を忘れぬための呼称であろう。

「云て」「いひて」。

「五尺ばかり」一・五メートルほど。江戸時代の男性身長の平均は一五五~一五八センチとされる。なお、ここに出る徳川綱吉は一二四センチの小人症(低身長症)であったという記事がこちらに出る。

「繼て」「つぎて」。

「不祥」「ふしやう(ふしょう)」縁起が悪いこと。不吉。

「且」「かつ」。

「不仁也」「ふじんなり」。無慈悲極まりない行いである。

「有て」「ありて」。

「曲て」「まげて」。

「爲て」「して」。

「其中」其の竹の話の中空内。

「箭」「や」。「矢」に同じい。

「然を」「しかるを」。

「德廟」吉宗。

「其物に中りて」「それ、ものにあたりて」と訓じておく。

「響」「ひびき」。

「迚」「とて」。

「制して」これは「製して」ではない。「規定として定めて」の謂いである。念のため。

「同姓忠右衞門【信義】」自分と同姓の松浦(まつら)信義ということであろうが、不詳。

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