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2016/10/05

不当の犠牲者達 ――『あれから七年』 『壁あつき部屋』――   梅崎春生

   不当の犠牲者達

 ――『あれから七年』 『壁あつき部屋』――

 

 この二書は、今次大戦のBC級戦犯者の手記や記録を集めたものである。『あれから七年』は「学徒戦犯の獄中からの手紙」、『壁あつき部屋』は「巣鴨BC級戦犯の人生記」と、それぞれ副題が附してある。その叫びや訴えの内容は、ほぼ両書において共通であるが、共に人間的な迫力をもって我々の胸を搏(う)つ。

 戦争が内包するところの悪や不義、それに対する口先だけのプロテストではなく、この人々は、身をもってそれらを語り抗議する。迫力を生ずる所以(ゆえん)である。

 BC級戦犯者は、A級戦犯者とは違い、戦争犯罪者というよりは戦場犯罪者である。戦争を企図し推進した罪ではない。欲せずして軍隊機構に引きずりこまれ、機構の動くままに行動を強いられ、その結果戦犯の名をかぶせられたケースが相当に多いことは、この両書の手記によっても想像できる。

 更に、裁判の不備や、旧軍隊権力者の陰謀や押しつけによって、無実の罪を着せられたり、不当の刑を宣せられたりした例も、少なからずあるらしい。BC級戦犯者の、全部とは言わぬが、その相当数の人々は、確かに、戦争や戦場の悪や不合理の結果を一身に引受けて、不当の刑に処せられた犠牲者だと言ってもいいだろう。

 両書に収められた個々のケースに、自分の身を置いて考えた時、俺は戦犯者にならなかっただろうと言い切る自信は私にはない。ああいう専制的な悪機構にあっては、個々の力はほとんど無力なのである。

 だから編者の言葉に、これは「えらい人の『獄中記』でもなく、悲愴(ひそう)な死生観を唱えるものでもありません。一歩あやまれば、この人たちの立場に、あなたが立たねばならなかったのです」とある。戦争や軍隊機構の悪や不合理を具体的に知るためにも、それから平和への道を考えるためにも、この二書は広く読まれた方がいい。

 

[やぶちゃん注:昭和二八(一九五三)年三月二十日号『東京新聞』初出。底本は沖積舎「梅崎春生全集 第七巻」に拠った。

「あれから七年」は飯塚浩二編で昭和二八(一九五三)年光文社刊。副題は梅崎春生の示した通り、「学徒戦犯の獄中からの手紙」。編者飯塚浩二(明治(一九〇六)年~昭和四五(一九七〇)年)は二十世紀の日本を代表する人文地理学者であるが、文化学や総合科学の領域で幅広く活躍した。私は未読。

「壁あつき部屋」理論社理論編集部編で昭和二八(一九五三)年理論社刊。副題は春生の示した通り、「巣鴨BC級戦犯の人生記」。私は未読。なお、本書を元にしたドラマ映画「壁あつき部屋」が三年後の昭和三一(一九五六)年に小村正樹監督、脚色阿部公房で製作されている。「Movie Walker」の同作をリンクしておく(私は未見)。

「BC級戦犯者」第二次世界大戦後の国際軍事裁判の憲章第六条B項「通例の戦争犯罪」及びC項「人道に対する罪」によって定める戦争犯罪者の総称。上官の指揮命令に従った殺人や虐待などの行為がBC級戦犯に当たる。「B級戦犯」とはA級戦犯(後注参照)と異なり、通例の戦争犯罪を犯したとして裁判に付された戦争犯罪人のこと。極東国際軍事裁判所条例の第五条は、通例の戦争犯罪をB級と称し、戦争法規違反の行為、則ち、毒ガス等禁止された兵器の使用、降伏者に対する殺傷、捕虜虐待、非戦闘員の殺傷、暴行略奪、無防備都市の攻撃及び教育・宗教・病院等の施設の破壊、スパイ、サボタージュ、正当な交戦権をもたない者の戦闘行為などを含めた。「C級戦犯」は人道に反して殺人や虐殺を行なったものとして裁判に付された戦争犯罪人。BC級戦犯のそれは極東国際軍事裁判(東京裁判)では行わず、各国が設けた軍事裁判で個別的に裁決された(諸辞書を参照した)。詳細はウィキの「BC級戦犯者」を参照されたい。

「プロテスト」protest。抗議。異議。

「A級戦犯者」第二次世界大戦後の国際軍事裁判で「侵略戦争の遂行によって平和に対する罪を犯した者」、極東国際軍事裁判所に於いて憲章第六条A項が規定する「平和に対する罪」に違反した戦争犯罪者を指す。「平和に対する罪」とは、侵略戦争において戦争の計画や準備、そして実行などに主導的な立場で取り組む行為を指す。昭和二一(一九四六)年に開廷された東京裁判では、A級戦犯の容疑で逮捕された百人以上のうち、政治家や軍関係者など計二十八名が起訴された。二年半にわたる審理の結果、太平洋戦争開戦時に首相と陸軍相・内務相を兼任していた東条英機など七名の死刑、十六名の終身刑といった判決が下った。七名の死刑囚は昭和二三(一九四八)年十二月に絞首刑によって処刑された。国の戦争などで死亡した戦没者を祀っている靖国神社は昭和五三(一九七八)年に刑死したA級戦犯を合祀した。そのため、首相の靖国神社への参拝がA級戦犯の名誉回復に繋がるとの見方を生み、戦後七十年以上を経過した現在でさえ、禍根を残している(以上はネットの「時事用語のABC」に拠った)。詳細はウィキの「A級戦犯者」を参照されたい。]

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