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2016/10/15

谷の響 一の卷 十三 自串

 十三 自串

 

 天保三壬辰年四月のことなりしが、船水村の農夫(ひやくしよう)松助といへるもの希代のものとて持來れるが、そは方言にて山杮といへる柴の幹中(くき)に、一筒(ひとつ)の雲雀(ひばり)肚(はら)より背(せなか)へかけて刺貫(さしぬかれ)たるものなるが、その柴上に枝葉あり下に根株ありて其中心に係りたれど、左右疵裂なくいまだ活(いき)て尾羽を搖かしてありしなり。松助いと奇(あや)しき物として主家藩中(はんちゆう)某甲(なにがし)へ贈りしとあれば、視し人も多かるべし。

 又、己が園中(やしき)に一株(もと)の梨子樹あり。霜の後悉く葉脱(おち)て疎然(まばら)なるに、一片の葉梢に串貫(さしぬか)れ風に隨て囘轉(めぐれ)るが、こも雲雀を串刺(つらぬき)し柴のごとく、其小條の端は三四叉(また)に分り本は幹に着けり。こは文政初年の事なり。

 又、練屋白龍【姓工藤】の選べる俗説選といへる史(もの)に、鵙の草莖(くさくき)蟇(がま)の串刺といふを論(あげつら)ひて、先年御城の堀の中に一莖の薄(すゝき)が風も吹かぬに動くものあり。引拔いて之を見れば、莖の中心(まんなか)に一隻(ひき)の鮒魚(ふな)の貫れて、葉は水中にひろごり根は土中にありと言へり。この三事は一般(おなじ)ことにして、奈何なる理(ことわり)とも更に測りしるべきにあらず。

 

[やぶちゃん注:「自串」音読みなら「ジクヱン(ジケン)」或いは「ジクワン(ジカン)」。ルビを振らないところからは「じぐし」と読んでいる可能性が高いか。

「天保三壬辰年四月」干支は正しく「みづのえたつ」。天保三年四月は小の月で二十九日までで、しかも四月一日は一八三二年五月一日である。

「船水村」底本の森山泰太郎氏の補註に、『弘前市船水(ふなみず)』とある。ここ(グーグル・マップ・データ)。弘前八幡宮の南二キロほどにある。

「山杮」ルビはない。しかし、思うにこの二つ目の字は私は

 

(かき/シ)ではなく、

 

(こけら/ホ・ハイ)ではないかと考える。即ち、この熟語は「山柿(やまがき)」ではなくて「山杮(やまこけら)」と訓じているのではないかと考えるのである。何故かというと、わざわざ西尾が「方言にて」と前振りしていること、これが焚くための「柴」に用いる「幹」の細い枝状の木本類であることに基づく。所謂、ツツジ目カキノキ科カキノキ属カキノキ Diospyros kaki の原種に「ヤマガキ」(学名は「カキノキ」と同じ)なるものはあるのだが、それだったら、わざわざ「方言」とは私は言わないと思うからである。しかも「こけら」とは本来は「杮(こけら)落し」で知られる通り、「材木を細工する際に出る削り屑」を指し、それ自体は火点けの素材としてはもってこいのものである。言わば、自然のある種の生木の小枝であるが、それを乾燥させると柴になり、焚き木や火点け木に相応しいとしたなら、その樹種を「やまこけら」と呼ぶに違いないと私は考えたのである。ただ、編者の森山氏が何の注もつけておられないこと、「やまこけら」で検索してもそのような樹種(方言)を見出せないことが難点ではある。青森の方で、お分かりになる方がおられたら、是非、御教授願いたい。よろしくお願い申し上げる。

「幹中(くき)」二字へのルビ。

「一筒(ひとつ)」二字へのルビ。鳥個体(特にその胴部をイメージすると)は「筒」という表現がしっくりくる気はする。

「雲雀(ひばり)」 スズメ目スズメ亜目ヒバリ科ヒバリ属ヒバリ Alauda arvensis Linna 。成体ハ全長十七センチメートルになる。

「己が」「わが」と訓じておく。筆者平尾魯僊の。

「園中(やしき)」屋敷の庭。

「梨子樹」「なし」或いは「なしのき」と読んでいよう。前例に徴すると、「のき」は読まないケースもある。

「文政初年」一八一八年。

「練屋白龍【姓工藤】」森山氏の補註に、『幕末津軽の文人。弘前の油商練屋(ねりや)の四代目。工藤氏、通称藤兵衛、名乗りは常政、字を白竜、東雲舎と称した。和漢の学に通じ』、また、『俳諧をよくした。文化』頃に没した、とある。

「俗説選」森山氏の補註に、『工藤白竜著』になる「津軽俗説選」という書物で、全『五巻、寛政九』(一七九七)年、成立。『津軽領内の神仏・鳥獣・植物等に関する故事・説話をはじめ、民間の習俗・伝説など』二百『項目に及ぶ』とある。

「鵙の草莖(くさくき)蟇(がま)の串刺」森山氏の補註に、『津軽俗説選の虫之部に、「蝦蟇串貫」』(「がまくしぬき」と訓ずるか)『と題し、「野路の柴などに、蝦蟇の自ら貫かれたるあり。里俗之を蝦蟇の串貫といへり。枝繁く、根は土に入りし柴の中半』(なかば)『に、蝦蟇裂』(さけ)『もせずして貫かるゝ事奇々妙々なり。鵙と云ふ鳥にも此事あり」とみえる』とあるが、どうも変だ。私はこの条を読んだ際に、いの一番にモズ(模式種はスズメ亜目モズ科モズ属モズ Lanius bucephalus。他に本邦にはアカモズ Lanius cristatus superciliosus・シマアカモズ Lanius cristatus lucionensis・チゴモズ Lanius cristatus tigrinus・オオモズ Lanius excubitor がいる)の「速贄(はやにえ)」に違いないと思ったのであるが、この工藤白竜著の「津軽俗説選」の叙述は、ガマガエル(正式和名は両生綱無尾目ナミガエル亜目ヒキガエル科ヒキガエル属ニホンヒキガエル Bufo japonicus。但し、ここは青森であるので、その固有亜種であるアズマヒキガエルBufo japonicus formosus とするのが正しい)が奇体な「速贄」にされて串刺しなっていることがしばしばあるが、同じ現象が鵙でもあり、鵙が「速贄」にされているケースがある、としか読めないからである私はこれらは殆んどが「鵙の速贄」によって説明がつくように感じている。但し、このモズの奇体な行動は、実は鳥学者も解明していない。一応、ウィキの「モズ」より「速贄」の項を引いておく。『モズは捕らえた獲物を木の枝等に突き刺したり、木の枝股に挟む行為を行う。秋に初めての獲物を生け贄として奉げたという言い伝えから「モズのはやにえ(早贄)」といわれた』。『稀に串刺しにされたばかりで生きて動いているものも見つかる。はやにえは本種のみならず、モズ類がおこなう行動である』。『秋に最も頻繁に行われるが、何のために行われるかは、よく分かっていない。ワシやタカとは違いモズの足の力は弱く、獲物を掴んで食べる事ができない。そのため小枝や棘をフォークのように獲物を固定する手段として使用しているためではないかといわれている』。『また、空腹、満腹に関係なく』、『モズは獲物を見つけると本能的に捕える習性があり、獲物を捕らえればとりあえずは突き刺し、空腹ならばそのまま食べ、満腹ならば残すという説もある』。『はやにえにしたものを後でやってきて食べることがあるため、冬の食料確保が目的とも考えられるが、そのまま放置することが多く、はやにえが後になって食べられることは割合少ない。また、はやにえが他の鳥に食べられてしまうこともある。近年の説では、モズの体が小さいために、一度獲物を固定した上で引きちぎって食べているのだが、その最中に敵が近づいてきた等』の不測の事態が生じ、『獲物をそのままにしてしまったのが』「はやにえ」『である、というものもあるが、餌付けされたモズが』、『わざわざ餌をはやにえにしに行くことが確認されているため、本能に基づいた行動であるという見解が一般的である』。『はやにえの位置は冬季の積雪量を占うことができるという風説もある。冬の食糧確保という点から、本能的に積雪量を感知しはやにえを雪に隠れない位置に造る、よって位置が低ければその冬は積雪量が少ない、とされるが、はやにえ自体の理由は不明である』。私も富山の家の近くの山の稜線で、しばしば速贄にされた蜥蜴や蛙を見かけたものだった。

「論(あげつら)ひて」論じて。

「鮒魚(ふな)」条鰭綱骨鰾上目コイ目コイ科コイ亜科フナ属 Carassius に属するフナ類。

「貫れて」「つらぬかれて」。]

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