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2016/10/02

佐渡怪談藻鹽草 井口祖兵衞小判所にて怪異を見る事

     井口祖兵衞(そへえ)小判所にて怪異を見る事

 

 寶曆以前の小判所は、往古よりのまゝにて、年久敷(ひさしき)場所なれば、折にふれて種々の怪異などある中に、其むかし、井口祖兵衞、右場所の役人たりし時、吹(ふく)も無之(これなく)、晝番をして只壱人、草雙紙など見て、雨の日の閑をわすれ居たりしが、何處ともなく、弐三人噺(はなし)あへる聲しければ、締の口に、我斯(かく)てあれば、外より誰か入(いる)かとも覺へず、

「あやし」

とて、聞(きゝ)居たるに、暫くして、二階の上より、夥敷(おびただゝしき)物の落(おち)かゝる音して、登り口の三尺戸に落かゝりければ、

「すわ」

とて戸を明(あけ)て見るに、古き澁色の衣着たる老僧、階子を這ひ登りける。仰天して、暫く只見居ければ、僧は、二階へ登りける時、跡に續(つゞき)て登り見れば、一物もなし。窓も戸ざしてあれば、洩出(もれいづ)るべき處なし。

「是ぞ聞及(きゝおよび)ぬ、狸の怪ならん」

と其世の人に語りあへりとぞ。

 

[やぶちゃん注:「井口祖兵衞(そへえ)」不詳。「佐渡人名録」のこちらで、ずっと後の天保年間の佐渡奉行所広間役に「井口」茂十郎なる人物は見出せる。

「小判所」佐渡国内で小判を鋳造する金座、「小判所」は元和七(一六二一)年に佐渡奉行所内に設置されていた。これは、それまでの、金塊を佐渡から江戸へ輸送すること、或いは、佐渡で用いる小判を江戸から佐渡へ纏めて輸送することが、防犯上、極めて高いリスクを持っていたことに由来する。この小判所設置によって、鉱石採掘から小判製造に至る工程を一貫して相川で行える体制が確立されたのであった(佐渡小判所が廃止されるのは文政二(一八一九)年。こちら(PDF)のデータに拠った)。

「寶曆以前」宝暦(ほうりゃく)は一七五一年から一七六四年までであるから。一七六四年以前。

「吹(ふく)も無之(これなく)」「小判を吹く」の「吹く」で「鞴(ふいご)などで風を送って金属を精錬する」の意で、ここはそうした職人を呼ぶ名詞的表現であろう。小判を吹く鋳造職人も休憩して、皆で払っており、小判所には警備役であった井口以外に誰も居なかったのである。小判鋳造の金座である。内部は点検して、皆、出たことはチェック済みなのである。そこがこの怪異の肝心な部分である。

「草雙紙」絵双紙。江戸中期以降に流行した大衆的な絵入り小説本の総称。各頁に挿絵があり、多くは平仮名で書かれた。普通、大半紙半截(はんせつ)二つ折りで一巻一冊五丁(十頁)で数冊を一部とする。表紙の色によって「赤本」・「黒本」・「青本」・「黄表紙」と区別し、長編で合冊したものを合巻(ごうかん)と称した。狭義には合巻だけをいうこともある(小学館「大辞泉」に拠る)。

「閑」「かん」。暇。

「締の口に、我斯(かく)てあれば、外より誰か入(いる)かとも覺へず」「締の口」「しめのくち」と訓じておく。金座は管理が厳重であるから入口は一つで完全に分厚い扉で閉鎖する(だから「締」なのであろう)形になっており、その扉を閉めた状態でその扉の内側に身を寄せる形で井口は坐って警備しているのである。従って、外から誰かが侵入すれば、それは絶対に判る。誰も入った様子は微塵もないのである。密室設定による、誰もいないはずなのに……の怪異なのである。そこを非常に丁寧に書いている点で、やはり、本「佐渡怪談藻鹽草」の作者は上手い。

「三尺戸」閉鎖されて外へは通じていない誰もいない二階へ向かう階段の下にある閉鎖された約九十一センチメートル弱四方(であろう)の実に狭い小さな扉。

「階子」「はしご」と訓ずる。階段の意もあるが、これは文字通りの梯子状のものと採りたい。そうでないと僧が「這ひ登」るというシーンがさまにならぬ。

「一物もなし」影も形もない。

「洩出(もれいづ)るべき處なし」二階から抜け出ることの出来る隙(すき)も全くない。

「狸の怪」密室の怪異から見て、団三郎辺りでないと出来ぬ芸当である。]

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