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2016/10/12

谷の響 一の卷 六 龍尾

 六 龍尾

 

 天明の末の年間(ころ)、大間越の者四五個(しごにん)してそれが山中に樹を伐りて有けるが、大きなる槻樹(つきのき)の兩岐(ふたまた)に分れたる處に、蟒蛇(うはゞみ)の如きもの係れり。死したるものと覺しく嗅(くさ)き氣(にほひ)もするなれど、最(いと)希(めずら)しきものなればとて樹より搔き落して視るに、骸(むくろ)の半(なかば)より擘斷(ちぎれ)たるものにして、長三間許りに徑(わたり)二尺も有るべきか。尾の方稍(しだい)に窄狹(ほそ)りて、その端に二尺に一尺ばかりまでの刺骨(とげ)を列ねて背甲(せすじ)に蔓(わた)り、鱗(うろこ)嚴(いかめ)しく累布(かさな)りてその端不殘(みな)刺(とげ)を並列(なら)べ、宛然(さながら)繪にかける龍の如くいと恐しげなるものなれば、又世にきかざるものなればと、當時(そのとき)の知縣主(ちぎやう)高瀨某甲(なにがし)なる人に訴へしに、必然(さだめし)頭もあるべしとて、町同心を先立て遍く山中を索(たづぬ)れど、さるものもあらで停(やみ)ぬ。

 この龍(もの)死して久しくありしと見え、皮肉壞腐(くさり)て氣(にほひ)いと惡嗅(わるくさ)ければ、壙(あな)を掘りて埋めしとなり。こはこの高瀨氏の話せるとて千葉某の語りしとなり。

 

[やぶちゃん注:底本の森山泰太郎氏の補註に『西津軽郡岩崎村大間越(おおまごし)。日本海』側の『海岸の青森・秋田県境の部落。慶長八年』(一六〇三年)『以前は秋田藩領であったが、のち津軽藩領となる。藩境を守るために町奉行所がおかれていた』とある。現在は西津軽郡深浦町(ふかうらまち)大間越。ここ(グーグル・マップ・データ)。

「天明」一七八一年から一七八九年。天明六(一七八六)年に第十代将軍徳川家治が没しているから、第十一代徳川家斉の治世のとなる前後か。

「槻樹(つきのき)」バラ目ニレ科ケヤキ属ケヤキ Zelkova serrata

「長三間許り」千切れたその下半身の長さは凡そ五メートル四十五センチ強。

「徑(わたり)二尺」残った胴体部の最も太い箇所で直径六十センチ強。確かに蟒蛇級である。

「尾の方稍(しだい)に」「尾の方(かた)、次第に」。

「窄狹(ほそ)りて」二字へのルビ。

「その端に二尺に一尺ばかりまでの刺骨(とげ)を列ねて背甲(せすじ)に蔓(わた)り」その尾の末端に三十から六十センチに達する細い棘状の骨がびっしりと列を成して生えており、それが背の筋まで達していて。

「累布(かさな)りて」二字へのルビ。

「その端不殘(みな)刺(とげ)を並列(なら)べ」密に重なった鱗もその端の部分に皆、棘が並んでおり。

「龍」後で「龍(もの)」とルビを振るが、ここは素直に「りゆう(りゅう)」と読んでよかろう。

「知縣主(ぶぎやう)」「奉行」。先の森山氏の註にある、藩境警備のために置かれた奉行所の長官。

「某甲(なにがし)」二字へのルビ。

「町同心」「町奉行」とか「町同心」というのは一般には幕府での呼称乍ら、藩直属の足軽階級の正式名称を「同心」と呼んでいた藩も少なくなったとウィキの「同心」にはある。

「遍く」「あまねく」。山中を索(たづぬ))れど、さるものもあらで停(やみ)ぬ。

「壞腐(くさり)て」二字へのルビ。

「埋めし」「うづめし」。となり。

「こはこの高瀨氏の話せるとて千葉某の語りしとなり」伝聞の伝聞であるから、胡散臭い噂話の特徴の一つではある。しかし、損壊した半分で全体像が不明、腐敗が進んでいたので、埋めてしまったというのは、如何にも現代の未確認生物の事例を先取りする話柄ではないか。]

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