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2016/10/08

諸國百物語卷之三 七 まよひの物二月堂の牛王にをそれし事

     七 まよひの物二月堂の牛王(ごわう)にをそれし事

 

 ある墓所(むしよ)にて死人のつか、夜のうちには三度づゝもへあがり、つかのうちより女のこゑにて、

「人こひしや人こひしや」

といふ。なかなかすさまじくして、みとゞくる人なし。さるわか者ども三人よりあひ、是れを見とゞけんとて、ある夜、やはんのころ、つれだちゆきけるが、中にもがうなる男、このつかにこしをかけいたりしが、あんのごとく、つかのうちより、いかにもしうたんなるこゑにて、

「人こいしや人こいしや」

と、いふかと思へば、氷のごとくなる手にて、うしろより、くだんの男のこしを、むずと、しめたり。この男、もとより、がうの者なれば、すこしもさわがず、二人のつれをよびよせ、わがこしをさぐらせければ、二人のものは大におどろき、あとをも見せず、にげかへりぬ。さて、くだんの男、

「なに物なれば、わがこしをしむるぞ、やうすをかたれ」

といひければ、つかのうちよりいふやう、

「さてさて、今までごへんほどのぶへんしやもなし。われは三條むろ町のかぢ屋の女ばうなるが、となりの女に毒がいせられて、むなしくなりたり。あまつさへ三七日もたゝざるに、となりの女、わが夫とふうふになり、おもひのまゝなるふるまい、おもへばおもへば、むねんさに、夜な夜な、門ぐちまではゆけども、二月堂の牛王を門におしたれば、おそれ、はいる事あたわず。かようにしうしんのやみにまよひ候ふ也。ねがわくは、かのかぢが門なる牛王をめくり取りて給はらば、此よのほむらも、はれ申すべき」

と申しければ、此おとこもふびんとおもひ、かのかぢ屋が家にゆきみれば、あんのごとく牛王あり。やがて引きまくり、かたはらへたちよりて事のやうすをうかゞひければ、にわかにくろ雲一むらまひさがり、そのうちに、ちやうちんほどなるひかり物みへて、かぢ屋がやかたのうへより、とび入るやうにみへしが、

「わつ」

と云ふこゑ、ふた聲すると、そのまゝかのもうじや、かぢふうふがくびをもちきたり、くだんのをとこにむかつて、

「さてさて、とし月のしうしん、御かげゆへに、はらし、かたじけなく候ふ」

とて、袋をひとつ、とり出だし、

「是れは心ざしの御禮也。心はづかしく候ふ」

とて、けすがごとくに、うせにけり。かの男も、ふしんにおもひ、袋をひらき見ければ、黄金十枚ありけると也。これにて、そとばをたてかへ、くやうして、ねんごろにとむらいければ、そのゝちは此つか、なにのふしぎもなかりしとなり。

 

[やぶちゃん注:「二月堂」奈良県奈良市雑司町(ぞうしちょう)の東大寺にある東大寺二月堂。東大寺金堂(大仏殿)の東方、坂道を上り詰めた丘陵部にあって、十一面観音を本尊とする仏堂で、旧暦一月に行われる奈良早春の風物詩「お水取り」(正式には修二会(しゅにえ)と呼ぶ)の儀式で知られる。現存するそれは寛文九(一六六九)年の再建。本書の成立は延宝五(一六七七)年であるから、本話の時制が共時的であったとすれば、その直後となる。以上はウィキの「東大寺二月堂を参考にした。なお、寛文七年に二月堂は焼失したのであるが、本尊を始め、この牛王の印は全く損なわれなかったと伝える。

「牛王」神仏習合神である牛頭天王(ごずてんのう:釈迦の生誕地祇園精舎の守護神とされる。また、薬師如来の垂迹、素戔嗚の本地ともされ、そのためか、蘇民将来説話の素戔嗚と同一視される武塔(むとう)天神とも同一視された)の護符。最も知られるものは熊野三山で配られている熊野牛王符で、この牛王符は門口に祀って邪気の侵入を防いだり、盗難除けとしたりする(私も三社三種総てを書斎に置いている)。一九八九年岩波文庫刊の高田衛編・校注「江戸怪談集 下」の脚注にはこの二月堂で配られたものは、『当時、著名な護符で、弘法大師空海の作った霊符を、刷って宝印を押したもの。魔除けとして、京摂あたりでは、東大寺関係の勧進人が配布した』とある。「二月堂の牛王」として辞書にも載り、そこには「病災除け」とするとある。絵本作家仁科幸子氏のブログ「Dorops of Life」の「二月堂の牛王様のお札」で現行配布されているそれの画像(東大寺の解説文も)を見られる。

「ある墓所(むしよ)」場所は不明であるが、「二月堂の牛王」符が出てくるからには、このロケーションは京の市中或いはその周辺と考えてよい。前記「江戸怪談集 下」の脚注でも同じく述べてある。

「もへあがり」「燃え上がり」。歴史的仮名遣は誤り。

「人こひしや」「人戀しや」。前記「江戸怪談集 下」の脚注に『淋しさ悲しさを訴える』言葉とある。話の展開から言えば、この女の亡者はこれによって人を脅かすというのではなく、実は自分の頼みを聴き入れて呉れる、豪胆の人物を言葉通りに乞うていたのであった。

「みとゞくる人」「見屆くる人」。

「がうなる男」「剛なる男」。

「しうたんなる」「愁嘆なる」。

「しめたり」「締めたり」。抱きしめた。

「大に」「おほきに」と訓じておく。

「やうすをかたれ」「樣子を語れ」。「訳を申せ。」。

「ごへん」「御邊」。御前様。

「ぶへんしや」「武邊者」。蛮勇の者とか、糞度胸のある人物といった意味。必ずしも武士である必要はない。

「三條むろ町」「三條室町」。現在の京都市中京区役行者町(えんのぎょうじゃちょう)附近。

「かぢ屋」「鍛冶屋」。

「毒がい」「毒害」。毒殺。

「あまつさへ」「剩へ」。そればかりか。

「三七日」三七日忌。亡くなって二十一日目の供養日。

「たゝざるに」「經(た)たざるに」。たたないうちの。

「わが夫とふうふになり」「妾(わ)が夫(おつと)と夫婦になり」。

「おもへばおもへば」「思へば思へば」。彼女の「むねんさ」(無念さ)をよく強調するリフレインである。

「門ぐち」元の自分の家、鍛冶屋の門口。

「おしたれば」(護符を)押し貼ってあるので。

「かようにしうしんのやみにまよひ候ふ也」「斯樣(かやう)に執心の闇に迷ひ候(さふら)ふなり」。歴史的仮名遣は誤り。前記「江戸怪談集 下」の本文「執心の闇」の脚注に『相手憎さの心の闇。「闇」は成仏できないことの比喩』とある。

「かのかぢが門」「彼(か)の鍛冶(屋)が門」。

「此よのほむら」「此(こ)の世の焰(ほむら)」。妬心と殺害された恨みのないまぜになったものであるから、それは強烈である。

「ふびん」「不憫」。

「あんのごとく」「案の如く」。言った通り。

「かたはらへたちよりて事のやうすをうかゞひければ」「傍(かたは)らへ立ち寄りて事の樣子を窺ひければ」。

「にわかにくろ雲一むらまひさがり」「俄かに黑雲(くろくも)一群(むら)舞ひ下がり」。

「ちやうちん」「提灯」。

「ひかり物みへて」「光り物見えて」。歴史的仮名遣は誤り。

「かぢ屋がやかたのうへより」「鍛冶屋が館(やかた)の上より」。

「かのもうじや」「彼(か)の亡者」。

「かぢふうふがくびをもちきたり」「鍛冶夫婦が首を持ち來たり」。

「くだんのをとこに」「件の男」。

「とし月のしうしん」「歳月の執心」。永年の恨み。

「御かげゆへに」貴殿のお蔭にて。

「心ざしの御禮」謝意の気持ちを表わすお礼の贈り物。

「心はづかしく候ふ」「お恥ずかしいばかりの粗品にて御座いまするが。」。

「ふしん」「不審」。

「そとばをたてかへ」「卒塔婆を建て替へ」。]

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