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« 和漢三才圖會卷第五十三 蟲部 腹蜟(にしどち) | トップページ | 谷の響 一の卷 一 沼中の管弦 »

2016/10/07

和漢三才圖會卷第五十三 蟲部 蟬

Semi


せみ    蜩   齋女

      【和名世美】

【音禪】

チヱン

 

本綱蟬者總名而有數種皆自蠐螬腹蜟變而爲蟬亦蜣

蜋所轉丸久而化成蟬皆三十日而死俱方首廣額兩翼

六足以脇而鳴或小兒畜之雖數日亦不飮食但吸風飮

露故溺而不糞

一説云蟬有五德頭有緌文也飮露淸也應候有常信也

黍稷不享廉也處不巣穴儉也實舎卑穢趨髙潔者也

       夏山の峯の梢の高けれは空にそ蟬の聲はきこゆる人丸

△按凡蟬方首露目噤口而似無口者故不能飮食唯可

 吸露當足下腹有裂番而振羽鳴也試抑其處則不鳴

 緌下垂着腹今稱蟬者淺褐色羽薄如紗肖蜻蛉之羽

 五月始鳴聲如言世美世美甚喧而有序破急似讀經

 人家亦有喬木則來鳴輙飛去

 

 

せみ    蜩〔(てう)〕   齋女〔(せいぢよ)〕

      【和名、「世美」。】

【音、禪。】

チヱン

 

「本綱」、蟬は總名にして、數種有り。皆、蠐螬(すくもむし)・腹蜟(にしどち)より變じて蟬と爲る。亦、蜣蜋(せんちむし)、轉ずる所の丸〔(ぐわん)〕、久〔しく〕して化して蟬と成る。皆、三十日にして死す。俱に方〔(はう〕)なる首、廣き額、兩翼、六足、脇を以つて鳴く。或いは、小兒、之れを畜〔(か)ひ〕て、數日と雖も、亦、飮食せず。但し、風を吸ひ、露を飮む。故に溺(ゆばり)はしても糞せず。

一説に云ふ、『蟬に五德有り。頭に緌〔(おいかけ)〕有るは、「文」なり。露を飮むは「淸」なり。候に應じて常に有るは「信」なり。黍稷〔(しよしよく)を〕享〔(う)〕けざるは「廉」なり。處(をるところ)、巣穴せざるは「儉」なり。實〔(じつ)〕に卑穢〔(ひわい〕)に舎(やど)るを髙潔に趨〔(はし)〕る者なり。』〔と〕。

       夏山の峯の梢の高ければ空にぞ蟬の聲はきこゆる 人丸

△按ずるに、凡そ蟬は、方なる首、露(あらは)なる目、口を噤(つま)へて無口なる者に似たり。故に能く飮食せず。唯、露を吸ふべき〔のみ〕。足の下(しもつかた)〔の〕腹に當つて、「裂番(つがい)」有りて、羽を振つて鳴くなり。試みに其の處を抑(をさ)ふれば、則ち、鳴かず。緌〔(おいかけ)〕、下り垂れて腹に着く。腹に、今、「蟬」と稱する者、淺褐色〔(せんかつしよく)〕、羽、薄く、紗〔(しや)〕のごとく、蜻蛉〔(とんぼ)〕の羽に肖(に)たり。五月、始めて鳴きて、聲、「世美、世美。」と言ふがごとく、甚だ喧(かまびす)しく、「序・破・急」有りて、讀經〔(どきやう)〕に似たり。人家にも亦、喬木〔(けうぼく)〕有れば、則ち、來り鳴きて輙〔(すなは)〕ち、飛び去る。

 

[やぶちゃん注:半翅(カメムシ)目頸吻亜目セミ上科 Cicadoidea に属するセミ類の総論。

「蜩〔(てう)〕」現代仮名遣では「ちょう」。この単漢字は中国ではあくまで「蟬」の総称であり、本邦のように「蜩(ひぐらし)」(セミ上科セミ科セミ亜科ホソヒグラシ族ヒグラシ属ヒグラシ Tanna japonensis を限定比定する意味は持たないので注意。

「齋女〔(せいぢよ)〕」これは物忌みして身を潔斎した女の意である。こうした意味は中国語に元々あるあるもので、本邦の専売特許ではない。まことに美しい別名ではないか!

「蠐螬(すくもむし)」先行する「蠐螬 乳蟲」を参照のこと。そこで私はこれを、

鞘翅(コウチュウ)目多食(カブトムシ)亜目コガネムシ下目コガネムシ上科コガネムシ科スジコガネ亜科スジコガネ族スジコガネ亜族コガネムシ属 Mimela に属するコガネムシ類の幼虫

に同定した。前の「腹蜟」では「きりうじ(伐蛆・切蛆・錐蛆)」と読んでいるが、木質を食害する同じ生物群(必ずしも上記の種群のみを限定するものでは実は、ない)の和訓である。

「腹蜟(にしどち)」前の「腹蜟」を参照。そこで私はこれを、

半翅(カメムシ)目頸吻亜目セミ上科 Cicadoidea のセミ類の比較的終齢期の方に近い幼虫

と規定した。「本草綱目」は結局、大雑把で、蟬でない種の幼虫も一緒くたにして述べていて、厳密ではない。これはこの記述に限らぬことで、これを問題にし出したら、古い博物書は皆、現代科学では誤りだらけで読むに値しない、とする如何にも痩せ細った血の気のない極論に達してしまう。

「蜣蜋(せんちむし)」これは後に独立項として出るが、所謂、「糞転がし」鞘翅(コウチュウ)目多食(カブトムシ)亜目コガネムシ下目コガネムシ上科 Scarabaeoidea に属する糞虫(ふんちゅう)、食糞性のコガネムシ類を指す。

「轉ずる所の丸〔(ぐわん)〕」転がして丸くして作ったところの動物の糞混じりの土の丸薬状(球状)になったもの。

「皆、三十日にして死す」最近まで、まことしやかに、セミ類の成虫の寿命は一~二週間程度とされ、成虫になってからは短命な生物の一つとされきたが、ウィキの「セミによれば、『これは成虫の飼育が困難ですぐ死んでしまうことからきた俗説で、野外では1ヶ月ほどとも言われている』とあるから(他のデータでは三週間から一ヶ月、捕食されなければ二ヶ月程度まで生きるともされる、とあった)、この記載は驚くべき正確さを持っていると言える。無論、『さらに、幼虫として地下生活する期間は』三年から長いものでは十七年(北アメリカの中部・東部に分布ジュウシチネンゼミ Magicicada sp.。北部に分布するものは十七年に一度、南部に分布するものは十三年に一度大発生を起こす)にも『達し、短命どころか昆虫類でも上位に入る寿命の長さをもつ』ことは言うまでもない。

「方なる首」角ばった首。

「脇を以つて鳴く」脇腹を使って鳴く。セミ類は翅で腹部を擦って鳴らす摩擦音の他、腹部の内側に空気が入った共鳴室を持っており、そこで「鼓膜」という筋肉を振動させることで共鳴室の空気が共鳴し、音が鳴り響くようになっている。

「溺(ゆばり)」小便。

「緌〔(おいかけ)〕」東洋文庫版現代語訳では『かんむりのひも』とルビする。「おいかけ」は「老懸」とも書き、武官の正装の冠につけて、顔の左右を覆う飾り。馬の尾の毛で扇形に作ったものを掛緒(かけお)でつける。「冠(こうぶり)の緒」「ほおすけ」などとも呼ぶ。まあ、ほれ、馬の遮眼帯見たようなもんさ。

『「文」なり』朝廷の武官の正装だから、有職故実に通じていることで「文」なんだろうが、だったら序でに武官のそれなのだからね、「文」と「武」と両方を掛けりゃいいいんじゃね?

「候に應じて常に有るは」季節に応じて必ず決まった時に姿を見せ、鳴くのは。

「黍稷〔(しよしよく)」原義はモチキビとウルチキビ(孰れも単子葉植物綱イネ目イネ科キビ属キビ Panicum miliaceum)であるが、転じて「五穀」を指す。

「廉」極めて慎ましやかなこと。清廉。

「儉」極めて堅実なる倹約を旨とすること。

「卑穢」「卑猥」と同義で「鄙猥」「鄙穢」とも書く。ここは環境が劣悪で汚いの謂いであるが、寧ろ「野卑」、如何にも鄙(ひな)びた自然の多い場所の意でとってよかろう。

「趨〔(はし)〕る」そちらへ向かってしっかりと進んでゆく。

「夏山の峯の梢の高ければ空にぞ蟬の聲はきこゆる 人丸」本歌は「和漢朗詠集」の「卷上」の「夏」の「蟬」の部にあるが、「人丸」(柿本人麻呂)とあるのは誤りで、作者未詳である。また一部、表記が異なる

 

 夏山の峯の梢(こづゑ)し高ければ空にぞ蟬の聲もきこゆる

 

が正しい。「し」は強調の副助詞。

「噤(つま)へて」噤(つぐ)んで。

『足の下(しもつかた)〔の〕腹に當つて、「裂番(つがい)」有りて、羽を振つて鳴くなり。試みに其の處を抑(をさ)ふれば、則ち、鳴かず』「裂番(つがい)」「番目(つがいめ)」の略で組み合った所・関節の意。鼓膜の外壁に当たる腹弁を指しているのであろう。「和漢三才図会」の成立は正徳二(一七一二)年頃で、今から三百四年も前であることを考えると、良安の自然科学的な実証観察と実験はすこぶる鋭いと私は思う。

「紗」薄絹。

「肖(に)たり」「似たり」と同義。

『五月、始めて鳴きて、聲、「世美、世美。」と言ふがごとく、甚だ喧(かまびす)しく』本邦で一年の最初に鳴くのは、セミ亜科ホソヒグラシ族ハルゼミ属ハルゼミ Terpnosia vacua である(四月末から六月にかけて発生する。本文の「五月」は旧暦であるから一致する)。『「序・破・急」有りて、讀經〔(どきやう)〕に似たり』というのもハルゼミの鳴き声に私は相応しいと思う。「序破急」は元来は雅楽用語で、雅楽の楽曲を構成する三つの楽章を指す。初部を「序」(緩慢としていて拍子に敢えて合わさない)・中間部を「破」(緩やかであるが、拍子に合わせる)・終部を「急」(急速で拍子に合わせる)という。それが芸能全般に広がった広義のそれは一般に速度の三区分を指し、「序」は「ゆっくり」、「破」は中間のスピード、「急」は「速く」である。ここは両義的な比喩と見ておかしくない。

「喬木〔(けうぼく)〕」現代仮名遣では「きょうぼく」。丈の高い木。樹木の便宜的な分類に於いては通常、高さが約二メートル以上になる木で、幹が太くて直立し、枝を張って他の植物を覆うものを指す。]

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