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2016/10/24

諸國百物語卷之四 四 ゆづるの觀音に兵法をならひし事

    四 ゆづるの觀音(くわんをん)に兵法(ひやうはう)をならひし事

Yuduru


 下總(しもふさ)のくに佐野と云ふところに兵法すぐれたる侍あり。同國に、この兵法者(ひやうはうしや)に、いかにもしてすぐれたきとおもふ人ありて、館林といふ所のをくに、ゆづるのくはんをんとて、めいよのりしやう、あらたなる觀音ましますときゝてまいり、通夜をして、この事、いのりければ、三日と云ふ夜(よ)、をくのかたより、十一、二なるかぶろ、そめつけの茶わんに人を一人、のせきたる。此ちやわんなる人のいひけるは、

「なんぢ、此ちごと、すまふを一ばんとり申さば、いのる所をかなへてとらせん」

と云ふ。

「それこそやすき事也」

とて、かのちごと、すまふをとるに、ちご、おもひのほかに力つよくて、まけしほにみへけるが、やうやうとしてひつくみ、とうど、なげつくるとおもへば、かへつてわが身、なげつけられぬ。をきあがりみれば、觀音のまへにてはなくて、いかにもけんそなる、いわがんせきの山也。こはいかにとおどろきて、いわのはな、木のえだなどにとりつきて、やうやうふもとへをり、みちゆき人を見つけ、

「佐野のかたへはいづかたぞ」

とゝへば、みち行人(ゆきひと)きゝて、

「御身はいかなる人にて、なに事をの給ふぞ」

とわらふ。かの人、いよいよふしぎにおもひ、

「こゝはいかなる所ぞ」

ととへば、

「佐渡の國也」

と云ふ。

「さて、御身はいづくより來たれる人ぞ」

と、みち行人、といければ、

「此山のうへよりきたり」

と云ふ。みち行きひと、おどろき、

「この山は、ほくさんかたけとて、人りんたへたる山にて候ふが、なにとて此山よりは、きたり給ふたるぞ。御身は人間(にんげん)にては有るまじ」

とて、みち行人(ゆきひと)もおそれて、にげさりぬ。かの人は、それより、あづまぢへかよふ舟にびんせんして佐野のさとへ歸り、あまりにふしぎにおもひ、又、ゆづるの觀音へさんけいしければ、くだんのちやわんのうちなる人また出でて、

「さてさて、なんぢはきしやうよきしやうぢき者かな。さらば所望をつたえん」

とて、兵法(ひやうはう)一とをりのひじゆつ、のこらずをしへ給ひける。それより、くだんの人、めいよの兵法しやとなり、人に刀をぬかせず。人の刀にてわが手を切らせても、きれざるごとくなるじゆつまでを、えられけると也。ちかきころまで、その子ども、江戸にありけるが、今はそのじゆつもならずと、うけ給はる也。

 

[やぶちゃん注:挿絵の右キャプションは『觀音(きはんをん)に兵法(ひやうはう)をららひし事』。

「ゆづるの觀音(くわんをん)」「館林といふ所のをくに」ある「ゆづるのくはんをん」「あらたなる觀音」これだけの豊富で具体的なデータが挙げられながら、全く分からない。「ゆづる」は「結弦」であろうとは思うものの、まず、群馬県館林市或いはその奥の足利市の観音の名刹を調べて見たが、この名に近いものは見当たらない。万事休す。識者の御教授を乞うものである。これだけ霊験を讃えるからには東上州三十三観音霊場の中の孰れかであるようには思うのだが。

「下總(しもふさ)のくに佐野」不詳。一つ、旧下総国香取郡千田庄佐野とい地名を探し当てた。ここは推定で現在の千葉県北東部にある匝瑳(そうさ)市八日市場附近に当たるか。

「めいよのりしやう」「名譽の利生」。その利生の名の誉れも高い。

「そめつけ」「染付の茶碗」。磁器の素地(きじ)に呉須(ごす:磁器の染め付けに用いる藍色の顔料の名。主成分は酸化コバルトで、他に鉄・マンガンなどを含む。天然には青緑色を帯びた黒色の粘土(呉須土)として産出する)で下絵付けを施し、その上に透明な釉(うわぐすり)をかけて焼いたもの。青又は紫色がかった青に発色する。中国の元代に始まった製法。「藍染め付け」とも呼ぶ。

「のせきたる」「乘せ來たる」。

「此ちごと」「此(こ)の稚兒(ちご)と」。

「すまふ」「相撲」。

「まけしほにみへけるが」「まけしほ」は不詳。「負けし方(ほう)」かと思ったが、歴史的仮名遣が合わぬ。合わぬが歴史的仮名遣の誤りは本作では日常茶飯ではあるし、分らぬままに続けるのは癪なので、強引にそれでゆく。「負け気味に感じたが」の意でとっておく。「潮・汐」ではないかとも考えたが、しっくりくる意味はそれらにはない。

「やうやうとしてひつくみ」ようやっと相手を投げ飛ばせるような感じで引っ組むことが出来。

「とうど」「どうと」。オノマトペイア(擬態語・擬音語)。

「いかにもけんそなる、いわがんせきの山也」「如何(いか)にも險岨(けんそ)なる、岩巖石の山なり」。

「いわのはな」「岩の鼻」。岩の出っ張った箇所。ホールド(hold)。

「みちゆき人」「みちゆきひ(び)と」と訓じて通行人の意の一単語でとる。既出。

「ほくさんかたけ」現在の新潟県佐渡市の大佐渡山地(佐渡の北側)のほぼ中央の位置にある山。標高千百七十一・九メートルで島内の最高峰。ウィキの「金北山」によれば、古くはただ『北山(ほくさん)と呼ばれていたが、江戸時代初期に佐渡金山が発見されてから現在の名で呼ばれるようになった』とある。佐渡では神霊の宿る山として畏敬された。ここで村人が「ほくさん」と呼称しているとこころからは、本話柄は或いは佐渡金山発見直後以前、安土桃山時代後半を時代設定として置いている可能性が窺える。

「人りんたへたる山」「人倫絶えたる山」。歴史的仮名遣は誤り。人の侵入を阻む、神霊の住まう山。

「あづまぢ」「吾妻路」。

「かよふ舟にびんせんして」「通ふ船に便船して」。

「くだんのちやわんのうちなる人」「件の茶碗の内なる人」。「また」とあるが、ここでは一寸法師のような矮小人が歩いて彼の眼の前に出てきたようである。

「なんぢはきしやうよきしやうぢき者かな」「汝は氣性良き正直者哉」。

「所望をつたえん」「貴殿の所望するところの武芸の秘術を伝授せん。」。

「兵法(ひやうはう)一とをりのひじゆつ」「兵法の一通(とほ)りの祕術」。歴史的仮名遣は誤り。

「めいよの兵法しやとなり」「名譽の兵法者と成り」。その名も誉れ高き兵法(ひょうほう)者となって。

「人に刀をぬかせず。人の刀にてわが手を切らせても、きれざるごとくなるじゆつまでを、えられけると也」まず何より基本の防衛法は「対する相手に刀を抜かせない術」である。相手が隙を狙って卑怯にも刀を抜いて向かって来た場合でも第二の防衛法がある。それは「対する相手の刀で自分の腕を斬らせたかと思わせて、しかも、全く自分の手は創(きず)を負うことないというような術」で、そこまでも、この人物は体得していたということである。

「ちかきころまで、その子ども、江戸にありけるが、今はそのじゆつもならずと、うけ給はる也。」ごく最近まで、その御仁の子どもが江戸にいたということであるが、その時既に、その術をその子は操ることは出来なくなっていたと、話としては承っている。]

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