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2016/10/06

佐渡怪談藻鹽草 序 目錄 / 佐渡怪談藻鹽草全電子化注 了

 佐渡怪談

 

 

 怪談藻汐草(もしおぐさ)序

 

 

 怪力亂神を語らずとは、其(その)場其人に對して、例に機變の教(おしへ)あれば、虛實は常の扱(あつかい)ならんか。爰(こゝ)に此(この)書あるは、古人夜話老仙の、筆まめなる反古(ほご)にして、兒童をすかす一助にもと、此國にて古老の言傳へしとまのあたり見聞し證跡慥(たしか)なる怪談を、公務の寸(すん)隙に書(かき)、何くれの事繁きに取忘れて、はや十とせ餘りを過(すぎ)ぬれば、其人もむかし語(かたり)となり給ひぬ。今はかたみの藻汐草(もしおぐさ)、書(かき)集たる蜑ならねば、爰は惠美須(えみす)の浦住居、つれづれなるまゝ硯に向ひ、そこはかとなく書つゞれば、是もまたあやしくこそ物狂しからん。彼吉田の何某が文ならねば、勸善懲惡の沙汰にもあらず。たゞ庚申(こうしん)の夜に、人事言んよりは、眠(ねむり)を防ぐ茶呑噺(ちやのみばなし)ともならば、古人の本意にも叶(かなひ)ぬらんと、『怪談藻鹽草(もしおぐさ)』と題して安永七年の冬の日、圓阿彌(えんあみ)精舍(しようじや)、假の役館書寫※

              梅光主人

  戊霜月             太庚

 

[やぶちゃん注:最後の部分の字配の一部はブラウザでの不具合を意識して上げてある。

」は「己」(上)+「十」の字体。これは「卆」「卒」と同字であって、「終」と同義。

「藻汐草(もしおぐさ)」「藻鹽草(もしおぐさ)」「もしお」はママ。藻塩をとるために使う海藻。藻塩とは海藻から精製した塩のことで海水を十分に含んだ生(なま)の海藻(不等毛植物門 Heterokontophyta 褐藻綱 Phaeophyceae ヒバマタ目 Fucales ホンダワラ科 Sargassaceae ホンダワラ属 Sargassum ホンダワラ Sargassum fulvellum やホンダワラ属アカモク Sargassum horneri など。孰れも佐渡の海中に植生し、食用にも供する。私は大好物である)を簀(す)の上に積み、更に幾度も潮水を注ぎかけて塩分を更に多く含ませた上で天日で乾燥させ、それを焼いて、次に水に溶かし、その上澄みを煮つめて製する。海中の藻を掻き集めて潮水を注ぐことから、和歌では多く、「書く」「書き集(つ)む」に掛けて用い、そこから、随筆や筆記などをも指す語として機能した。

「怪力亂神を語らず」「論語」の「述而篇」の「子不語怪力亂神」(子、怪力亂神(かいりきらんしん)を語らず)に基づく語。「怪」は尋常でない事例を、「力」は粗野な力の強さを専ら問題とする話を、「乱」は道理に背いて社会を乱すような言動を、「神」は神妙不可思議、超自然的な人知では解明出来ず、理性を以ってしても説明不能の現象や事物を指す。孔子は仁に満ちた真の君子というものは怪奇談を口にはしない、口にすべきではない、と諭すのである。しかし、この言葉は実は逆に古代から中国人が怪奇現象をすこぶる好む強い嗜好を持っていたことの裏返しの表現であることに気づかねばならぬ。

「例に機變の教(おしへ)」「例」は「ためし」昔からの一般的事例或いはその扱い方の意。一般に(一概にあり得ない話として捨て去るのではなく)臨機応変に処理すべしという教訓。

「虛實は常の扱(あつかい)ならんか」その現象や話が、虚偽であるか真実であるかという判断は、冷静にして公平な扱いの中で行われるべきものであって、孰れかに偏るべきではあるまい、というのである。すこぶる首肯出来る謂いである。

「古人夜話老仙の」ここは「古人、夜話老仙の」ととりたい。即ち、とあるこの怪談集を記録した「古人」(後で「其人もむかし語(かたり)となり給ひぬ」というから「故人」である)の意として、「夜話老仙」は「老いて仙人染みた夜話好きの「古人」という形容と読みたいのである。この人物は本文の内容から佐渡奉行の地役人であると推定出来る。それをかく編した人物である「梅光主人」「太庚」(「たいこう」?)なる人物も、最後に住居を「假の役館」と述べている以上、やはり同じような地役人であったと考えてよかろう。

「反古(ほご)」書き損なったりした、不要のメモ。自書への謙遜の辞。

「すかす」「賺す」言葉で機嫌をとったり、宥(なだ)めたり、興味を引かせたり(ひいては驚かしたり)する。

「まのあたり」「目の當たり」。

「見聞し」「みききし」

「證跡」事実であったという証拠。

「書(かき)集たる蜑ならねば」先の藻塩に書けた。私自身は「蜑」(海人・海士)でない、だから搔き集めた藻塩、いやさ、怪談ではないのであるが。「ならねども」との言いであるが、そう表現すると如何にもお洒落ではない。

「惠美須(えみす)の浦住居」「蜑」ではないものの、漁師の神である「えみす」(夷(えびす))の名を冠した、漁師が沢山住もうておる浦にある住まい。この「夷」は恐らく高い確率で現在の新潟県佐渡市両津夷(りょうつえびす)の一帯を指していると私は読むのである。

「人事言んよりは」尋常のこまごまとしたつまらぬ世間一般(人間社会)の出来事を語るよりも。

「古人」原著者。

「安永七年」グレゴリオ暦一七七八年。第十代将軍徳川家治の治世。

「圓阿彌(えんあみ)精舍(しようじや)」不詳。近くの現在の佐渡市湊町の八幡若宮社の境内には時宗の円阿弥寺があったが、明治維新で廃寺となったとブログ「佐渡広場」の本間氏の投稿鬼太鼓18:湊まつりと子供鬼太鼓にあるが、夷町とは少し離れるものの、この寺の境内に以下の官舎があったものか?

「假の役館」仮住まいの官舎。

「書寫※」(「※」=「己」(上)+「十」)「書き寫(うつ)し※(おは)んぬ」。]

 

 

怪談藻汐草目錄

[やぶちゃん注:以下、本文で振ってあるので読みは一切を省略した。但し、標題表記は本文のそれとかなり異なっているので注意されたい。]

 

眞木五郎鰐に乘事

菅沼何某金北山の神影拜事

梶太郎右衞門怪異の物と組事

安田何某廣言して突倒さるゝ事

蛇蛸に變せし事

荻野何某怪異の火を追事

宿根木村臼負婆々の事

上山田村安右衞門鰐を手捕にせし事

鶴子の三郎兵衞狸の行列を見し事

山仕秋田權右衞門愛宕杜參籠事

大章魚馬に乘し事

小川村の牛犀と戰ふ事

靈山寺山大蜈蚣の事

高下村次郎右衞門狸を捕し事

窪田松慶ニツ岩へ療治に行し事

寺田彌三郎怪異に逢事

仁木與三兵衞大浦野にて狢をおびやかす事

神鳴の銚子の事

高田何某狸の火を見る事

名畫奇瑞ある事

高田某怪敷聲を聞事

小川權助河童と組事

眞木庄兵衞が事

枕返しの事

髭坊主再生の事

仁木何某賭ものに行事

百地何某狸の諷を聞事

河原田止宿の衆人怪異に逢事

井口何某小判所怪異の事

仁木何某妻懷胎怪異の事

淺村何某矢の根石造を見る事

仁木妻幽鬼を叱る事

小林淸兵衞狢に謀られし事

井坪村頰つり姥の事

專念寺にて幽靈の出る事

堂の釜崩の事

法螺貝の出しを見る事

千疊敦怪異の事

井口何某家幼子夜泣の事

 

 

目錄※[やぶちゃん字注:前「序」の「※」と同じ。]

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