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2016/10/08

チャップリン、コクトオ、ディズニイ   梅崎春生

 

 活動大写真と呼ばれた昔から、名も映画とかわり、字幕が消えて音が加わり、色彩がつき、近頃では三次元映画だの立体映画だの、たいへんな騒ぎである。しかし映画が、活動大写真時代の見世物式あるいは実写的傾向から、数多の映画関係者の努力によって、芸術の名を克ち取ったことは疑うべくもなく、あるいは今世紀の代表的芸術形式として映画の名を挙げることも、さほど不自然ではなかろう。総合芸術としての映画の強みは、様式や器械の進歩にともない、今後ますます発揮せられて行くだろう。

 そういう映画芸術の過去や現在を眺めて、存分に腕をふるって芸術の進歩につくした人は数多いるが、それぞれの特徴に際立った三人として、チャップリン、ディズニイ、それにジャン・コクトオの名を挙げたいと思う。この三人の特徴はそれぞれ異なっているが、映画というものの本質を見極め、そこにおいて完全に自己を表現し得たという点では、三人は同一である。

 ことにその点においては、チャップリンの存在は際立っている。映画芸一術家としての生命の長さにおいても、この人は異例である。私は小学校入学以前にチャップリンの映画を見たことがある位だから驚く。その時代に活躍していた喜劇俳優たちで、今も活躍中のは一人もいない。これはチャップリンの芸術家としての性根の強さを物語るものであり、自己を語ることの根強さからも来る。映画というものの機能や効果を、チャップリンははっきりと見届け、存分にそれを駆使している。技法的にはむしろ保守的で、あとに触れるジャン・コクトオとは対照的であるが、新奇な手法を弄さないでも、チャップリンは自己を完璧に語る自信があるからであろう。

「キッド」や「黄金狂時代」から近作「ライムライト」にいたるまで、自己や社会を語る点において、だんだん深化はされて来るが、手法においてはそう変化はない。大衆の判り易さということが第一にされているようだ。事実、彼の作品は、上はうるさい知識層から、下はミーハー族にいたるまで、容易に理解され、しかも感動させる。世界中の何億というファンが、彼を支持する。これは芸術としては、稀有のことだ。今までのどんな芸術が、そんな広さを持ち得ただろうか。

 それと同じことが、ウォルト・ディズニイにも言えるだろう。ディズニイの描くものはもっぱら漫画であるが、これは対象が子供の世界に止まらず、大人の観衆をもその世界に引きずりこみ感動させる。漫画映画初期の、あのぎくしゃくした線画の動きから、たとえばこの頃の「ピノキオ」「シンデレラ姫」などの線や色彩や音響を思うと、その発達ぶりは瞠目(どうもく)に価する。その発達の大部分は、このディズニイの力によるものだ。

 しかも劇映画と違って、ディズニイが動物や植物や人間に与えた形象や性格は、全くの創造なのである。俳優というものがいないのであるから、彼はそれを創造しなければならない。彼はその創造を巧妙になし遂げたし、今後もなし遂げて行くだろう。芸術の世界において、古今独歩という感じのする少数の一人が、このディズニイである。自分の夢を語るにおいて、漫画映画に眼を着けたということが、彼の第一の勝利であり、そして卓抜した才能の駆使が、彼の勝利を完全なものにした。

 夢を語り、あるいは思想や感覚を新しい形で映画に持ちこんだ芸術家として、ジャン・コクトオが挙げられる。型にはまった在来の形式をぶちこわし、そのぶちこわしたところにおいて、コクトオは自己を語ろうとしている。最も期待のおける前衛芸術家と言えるだろう。まだ制作本数は少ないが、将来の展望の中でこの人が大きな位置を占めるだろうことは、その少数の制作の中から、充分に予見出来るのである。

 

[やぶちゃん注:昭和二八(一九五三)年十月号『朝日グラフ』初出。底本は沖積舎「梅崎春生全集 第七巻」に拠った。

「チャップリン」チャールズ・チャップリン(Charles Spencer "Charlie" Chaplin 一八八九年~一九七七年:イギリス・ロンドン出身)。前の『チャップリンの「殺人狂時代」』という映画評からも、辛口のそれを交えながらも、梅崎春生が本質的には彼と彼の作品を高く評価し愛していることが窺える。に拠った。彼の詳細な事蹟はウィキの「チャールズ・チャップリン」で確認されたい。前に申し上げた通り、私はチャップリンの作品中、迷いながらも、「殺人狂時代」(Monsieur Verdoux:製作・監督・脚本・主演チャールズ・チャップリン)を第一に挙げる。

「コクトオ」フランスの詩人で映画監督、いやさ、総合的芸術家とも言うべきジャン・コクトー(Jean Cocteau 一八八九年~一九六三年)。この一九五三年までなら、原作や脚本をも含めると、「詩人の血」(Le Sang d'un poète 一九三二年)・「悲恋」(L'éternel retour 一九四三年:原作/脚本)・「美女と野獣」(La Belle et la bête 一九四六年)・「ルイ・ブラス」(Ruy Blas 一九四八年/脚本)・「アモーレ」(L'amore 一九四八年/原作)・「双頭の鷲」(L'Aigle à Deux Têtes 一九四八年)・「恐るべき親達」(Les Parents terribles 一九四八年)・「オルフェ」(Orphée 一九五〇年)・「恐るべき子供たち」(Les Enfants Terribles 一九五〇年:原作/脚本)があり、監督作を数えても五本はある(但し、本評発表当時で六十四歳だから確かに寡作ではある。以上はウィキの「ジャン・コクトー」に拠った。彼の詳細な事蹟もそちらで確認されたい)。私は中でも「詩人の血」「悲恋」「オルフェ」を薦すが、一つ選べと言われれば、エンディングの忘れ難い「悲恋」(監督ジャン・ドラノワ(Jean Delannoy 一九〇八年~二〇〇八年))である。

「ディズニイ」言わずと知れたアメリカのアニメーター・プロデューサー・映画監督にして多角的実業家であったウォルト・ディズニー(Walt Disney 一九〇一年~一九六六年)。私はアニメーションに殆んど興味がないが、一つ挙げろと言われるなら、小さな頃、母が連れて行ってくれた「百一匹わんちゃん大行進」(One Hundred and One Dalmatians 製作ウォルト・ディズニー・プロダクション。一九六一年公開。日本初公開は一九六一年一月)である。日本での初公開時のタイトルはであなお、彼が「赤狩り」時代の密告者にして反共主義者であったこと、確信犯の人種・性差別主義者であったことはあまり知られているとは思われないので一言付け加えておく。詳しくはウィキの「ウォルト・ディズニー」の「反共姿勢」「人種・性差別姿勢」を参照されたい。

「三次元映画」「立体映画」現在の3D映画。ウィキの「立体映画」によれば、『左眼用と右眼用の映像を同時に撮影したものなどを、スクリーンに映写機で投影し、専用の眼鏡を観客がかけることなどにより、左眼には左眼用の映像のみを、右眼には右眼用の映像のみを観客に見せることで立体視を実現する。立体映画の方式には様々なものが存在する』。『専用眼鏡 Stereoscopy などを用いた立体写真は』十九『世紀前半にはすでにあった。このため』、十九『世紀末に発明された映画においても、映画史のごく初期から立体映画が撮影・上映されてきた』。一九五二年から一九五四年が「黄金時代」と呼ばれ、実験的』に幾つかの作品が『製作された』が、『本格的な劇映画として3Dになったものとしては』一九五四年のアルフレッド・ヒッチコック監督(Alfred Joseph Hitchcock 一八九九年~一九八〇年)のイギリス映画は「ダイヤルMを廻せ!」(Dial M for Murder)とされる。私は3D映像に全く興味がなく、数多の映画は見て来たが、その手のモノ(私はキワモノとしてしか認識していない)は一本も見たことがなく、今後も見ようとは思わない。そもそも奇体な眼鏡や装置の装着を強制させられて見るというのは、知らないうちに何か意識を操作されるサブリミナルのような危険性を強く感じるからでもある。

「キッド」(The Kid)チャップリン監督・脚本・主演の一九二一年公開のサイレント映画のの名作。本邦でも同年公開。

「黄金狂時代」(The Gold Rush)一九二五年に公開されたチャップリン監督・脚本・主演の喜劇サイレント映画。彼の喜劇映画中、最高傑作ともされる。本邦公開も同年。

「ライムライト」(Limelight)チャップリン監督になる一九五二年公開のトーキーの悲恋映画の名品。日本ではこの一九五三年に公開された。チャップリンが長編映画で初めて素顔を出した作品であると同時に、この公開直後に「赤狩り」で追放されスイスに入国、アメリカでの最後の作品ともなった。本邦公開は翌年。

「ピノキオ」(Pinocchio)イタリアの作家カルロ・コッローディ(Carlo Collodi 一八二六年~一八九〇年)作の童話「ピノッキオの冒険」を原作とする、一九四〇年に公開されたディズニーによるアニメーション映画。日本初公開は昭和二八(一九五二)年。

「シンデレラ姫」「シンデレラ」(Cinderella)は十七世紀後半のフランスの詩人にして童話集の作家としても知られる(但し、この童話集は彼の息子の作とする説もある)シャルル・ペロー(Charles Perrault 一六二八年~一七〇三年)の童話「シンデレラ」を原作とする、一九五〇年公開のウォルト・ディズニー・プロダクション製作によるアニメーション映画。日本初公開は昭和二八(一九五二)年。]

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