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2016/10/09

『悪い仲間』 安岡章太郎著   梅崎春生

   『悪い仲間』

     安岡章太郎著

 

 安岡章太郎君とは、今まで二度会ったことがある。初対面のときは日比谷のどこかの店で、四五人のひとと一緒に飲んだり話したりした。どんなことを話し合ったか、今はよく覚えていない。それから十日ほど経って、新宿の某店に私がいると、偶然そこに本誌のK君が入って来た。連れが一人いる。その連れが私ににこにこ笑いかけながら、この間はどうも、などとあいさつをした。ジャンパーを着込んだ、若いような歳とってるような、あまり見覚えのないような人なので、私はうけ答えに困って、あいまいな挨拶でごまかした。後でE君の言で、その人が安岡君だと判り、私はすこしへどもどした。日比谷のときは安岡君とは並んで坐ったので、ついによく貌(かお)を眺める機会がなく、記憶するめどを摑みかねたのであろう。しかし二度目のときはしげしげと眺め、大体のめどは摑んでおいたから、もう失敗することはない。今度この『悪い仲間』を通読し、あの安岡君のふしぎな風貌がちらちらと浮び上ってきて、むしろ困惑したほどである。

 この書に収められた八篇は、大体雑誌ですでに読んだものばかりだが、こうして一書に収められると、どの篇の主人公も「僕」または「私」であることが目立つ。そしてその僕や私は、境遇的に一致しているところをみると、この人は本質的に私小説作家だということが判る。しかしふつうの私小説のように、初めに自我(のようなもの)があり、それが現実と摩擦してじたばたするという形ではなく、安岡君においては主体は最初から刃こぼれがしていて、だから現実に対しては闘いというより、遊びという形で出ているように思う。たしか梶井基次郎の小説の中に、指で片眼を押して風景が二重に歪んで見える、それをたのしむ描写があったと思うが、安岡君のやり方もちょっとそれに似ている。しかし梶井とちがうのは、安岡君は自分自身をもその歪んだ風景の中に押し出し、他の物体や影像と等価値のところに置き、そして作者は自分自身の影像をかなり自由に、そして効果的に操縦しているような趣きがある。梶井基次郎の「悲しい遊戯」が、ここでは悲壮さとか深刻さを失い、柔軟な日常的なものとして描出される。だから安岡君の小説中の人物は、主人公も諸人物も、それを取巻くすべての環境も、すべて関節をごくんと外されてぶらぶらになり、そのぶらぶらの不安定性において一次元をつくっている。その次元を的確な感覚によって造形し得たのは、ひとえに安岡章太郎君の功績であり、つまり彼の個性ということになるだろう。

 最後に平凡なことをつけ加えれば、この一書には発展(あるいは発展の予想や予感)は全然なく、あるのは反復のみである。しかし発展などとは、何と月並みな言葉であることか。

 

[やぶちゃん注:昭和二九(一九五四)年一月号『群像』初出。底本は沖積舎「梅崎春生全集 第七巻」に拠った。傍点「ヽ」は太字に代えた。冒頭から第四文の「本誌」の後にはポイント落ちで『(「群像」)』という割注が入るが、これは底本全集編者の仕儀と断じて、除去した。

「悪い仲間」この年に文藝春秋新社 から刊行した安岡章太郎(後注)の作品集。

「安岡章太郎」(大正九(一九二〇)年~平成二五(二〇一三)年)。高知県高知市生まれ。慶應義塾大学文学部英文学科卒。ウィキの「安岡章太郎」によれば、昭和一九(一九四四)年慶応在学中に『陸軍に学徒動員で召集され』、『東部第六部隊へ入営』、『満州に送られた。部隊では射撃の最優秀兵であったが「銃の手入れが悪い」と叱責される模範的でない兵隊であった。翌年肺結核により除隊処分となり』、『内地送還された。なお、部隊はその後に全滅』、『数少ない生き残りとな』った。『戦後、復学するも陸軍少将の父は敗戦により失職し、復員後も公職にはつけなかった。そのため、家族は収入のほとんどを失った。結核菌による脊椎カリエス(結核性脊椎炎)を患い、大きな肉体的・精神的苦痛』の中、『コルセットをつけながら、吉行淳之介や阿川弘之と盛り場などを遊び歩いたと』いう。昭和二六(一九五一)年に「ガラスの靴」が『芥川賞の候補作に選ばれ、文壇に注目され』二年後の一九五三年、選考委員の評価が真っ二つに割れながらも』「悪い仲間」及び「陰気な愉しみ」で芥川賞を受賞し、翌年には脊椎カリエスも自然治癒した、とある。梅崎春生より五つ年下。私は「私説聊斎志異」(一九七五年朝日新聞社刊)しか読んだことはなく、その印象も全く残っていない。悪しからず。

 

「たしか梶井基次郎の小説の中に、指で片眼を押して風景が二重に歪んで見える、それをたのしむ描写があったと思う」私は梶井基次郎を偏愛すること人後に落ちぬつもりであるが、この梅崎春生の言う作品を思い出せない。但し、一つ思い出すのは、「眼」ではなく「耳」のケースである。「器樂的幻覺」(昭和三(一九二八)年五月号『近代風景』初出)の中で以下のような記述が出る(底本は昭和四一(一九六六)年筑摩書房刊の旧「梶井基次郎全集第一卷」を用いた)。

   *

 讀者は幼時こんな惡戲をしたことはないか。それは人びとの喧噪のなかに圍まれてゐるとき、兩方の耳に指で栓をしてそれを開けたり閉ぢたりするのである。するとグワウツ――グワウツ――といふ喧噪の斷續とともに人びとの顏がみな無意味に見えてゆく。人びとは誰もそんなことを知らず、またそんななかに陷つてゐる自分に氣がつかない。――丁度それに似た孤獨感が遂に突然の烈しさで私を捕へた。それは演奏者の右手が高いピツチのピアニッシモに細かく觸れてゐるときだつた。人びとは一齊に息を殺してその微妙な音に絶え入つてゐた。ふとその完全な窒息に眼覺めたとき、愕然と私はしたのだ。

   *

もし、梅崎春生の言う通りのものが梶井の作品あるのをご存知の方がおられたら、御教授願いたい

『梶井基次郎の「悲しい遊戯」』この「悲しい遊戯」という言葉は名作「檸檬」の習作「瀨山の話」(リンク先は私の古いテクスト)の中に『そんなことから私は一つの遊戲を發見した。これもその頃の花火やびいどろの悲しい玩具乃至は樣々な悲しい遊戲と同樣に私の悲しい遊戲として一括されるものなのだが、これは此頃に於ても私の眠むれない夜の催眠遊戲である』と実際に主人公の言葉として出現する文字列でもある。]

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