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2016/11/16

諸國百物語卷之五 七 三本杉を足にてけたるむくいの事

 

    七 三本杉を足にてけたるむくいの事

 

 ある天だいの僧、しょこくしゆぎやうに、下人一人、めしつれ、出でられけるに、江戸より日光に行きてかへるさに、かの下人、三本杉を見て、

「おとにきゝしには、おとりたる杉かな。かやうの杉は上がたには、なにほどもあり」

とて、足にて、けちらかしかへりければ、その夜、ふるひつき、いろいろの事、口ばしりける。僧これを見て、いかさま、ましやうのわざならんと思ひ、天台のぎやうりきをもつて、かぢし給へば、そのとき、下人、口ばしりけるは、

「あまりに、かぢつよきゆへ、たまられず。もはや、かへるぞ」

と云ふ。

「はやはや、すがたをあらはし、かへれ」

との給へば、大きなる石ぼとけとなる。僧、

「いやいや、まことのすがたを、あらはせ」

と、かぢし給へば、又、たけ一丈ほどの坊主となり、まなこはひたいにひとつあり。僧、みて、

「これも、まことのすがた、ならず」

とて、なをなを、かぢをせられければ、たけ十丈ほどの蛇となり、ひたいに五尺ばかりなる、つの、ひとつあり。僧、これを見て、

「ぜひ、まことのすがたをあらはさずは、いでいで、めに物みせん」

とて、いらだかのじゆずにてたゝき給へば、

「もはや、かへり候ふ。女(によ)たいにて、身がけがれて有り、行水(ぎやうずい)させ給へ」

といふ。

「さらば、行水せよ」

とて、下人に、ゆをあびせければ、しばらくありて、

「はや、かへるぞ。今よりのちは來たるまじ。われを、あしにて、けたるゆへ也。あまりにかぢのつよければ、いとま申して、さらば」

とて、十六、七なる女のすがたとなり、せど口よりかへるとみへしが、たちまち下人は正氣になりけると也。

 

[やぶちゃん注:「三本杉」一九八九年岩波文庫刊の高田衛編・校注「江戸怪談集 下」の脚注では、『日光街道にある著名な大杉。神木とされた』とのみあって現在もあるのかないのか、ないなら、かつての植生地の住所は何処かも、全く書いてない。『神木とされた』と過去形になっているから、今は神木でなく、現存しないと読めるが、どこにあったかは考証するべきところである。「日光」の「現存」する「神木」の「三本杉」なら、日光市山内にある二荒山(ふたらさん)神社の御神木の中に見出せるが、本文では「江戸より日光に行きて」、その「かへるさ」、帰りの途次に「三本杉を見」たとあるのだから、これは二荒山神社(ここは日光そのもので帰る途中とは絶対に言わぬ)のそれではない。ところがこれ、調べてみると、神木のはずで、伝承も当然あるに決まってるのに、ちっとも特定出来ないのである。検索をしながら、これはどうも「日光街道の三本杉」というのは現存・旧称(非現存)ともに複数ある、あったように思われる。所謂、かつての日光街道の一里塚には「三本杉」があった場所が複数箇所あったのであろう。もし、この「三本杉」が「ここだ」と特定出来る方がおられれば、是非、御教授あられたい。

「足にてけたるむくい」「足にて蹴たる報ひ」。歴史的仮名遣は誤り。しかし何となくショボい。真に杉の神木の神霊ならば、もっと毅然として僧の調伏に応えるであろう。高僧相手に無駄に変化(へんげ)すること、穢れた女体(にょたい)であると告白すること、一度は大蛇に変じていること、最後も娘(女)姿となって帰って行くところからは、「われを、あしにて、けたるゆへ也」(我を、足にて、蹴たる故(ゆゑ)なり/歴史的仮名遣は誤り)と言っているが、実は、この杉に巣食うて老成した蛇の変化(へんげ)に過ぎないと私は読む

「天だい」「天台」。老婆心乍ら、天台(宗)の「台」は「臺」とは別字であって「天臺宗」とは書かない。書いたら、間違いである。

「おとにきゝしには、おとりたる杉かな。かやうの杉は上がたには、なにほどもあり」「天下に名を轟かせておるちゅう割にゃ、何や、ショボ臭い杉でんなぁ。こんなん杉、上方にゃ、なんぼでもおますで。」。

「けちらかしかへりければ」「蹴散らかし歸りければ」。ボコボコと草鞋の底で蹴りまくったのであろう。

「ふるひつき」「顫ひつき」。癲癇様(よう)の発作を起こしたのであろう。

「いかさま」「如何樣」。ここは副詞で「きっと」。

「ましやうのわざ」「魔性の業(わざ)」。「業」は仕業(しわざ)。

「ぎやうりき」「行力」。仏道の修行によって得られる法力。仏教用語。

「かぢ」「加持」。

「一丈」三メートル強。

「まなこはひたいにひとつあり」「眼は額(ひたひ)に一つ有り」。歴史的仮名遣は誤り。

「十丈」三十メートル強。

「五尺」一メートル五十一センチ強。

「いでいで」これは感動詞で、ここは「さあさあ!」という怒気を含んだ掛け声。

「めに物みせん」「目に物見せん」。「はっきり判らせてやる!」。特に相手が半可通であったり、いい加減である場合、或いはこちらを甘く見ている際の、脅迫的言辞で、「こっぴどい目に遇わせ、思い知らせてやろうぞッツ!」のニュアンスである。

「いらだかのじゆず」「苛高(いらだか)の數珠(じゆず)」算盤の玉の如く平たく角(かど)の高い玉を連ねた大きな数珠。修験者が用い、揉むと大きな高い音がする。単に「いらだか」「いらたか」とも呼ぶ。まさに能でワキ僧が亡霊を調伏する際に揉む、あれ、である。ここではそれで以って憑依した下人を叩いているのである。痛そう!

「もはや、かへり候ふ。女(によ)たいにて、身がけがれて有り、行水(ぎやうずい)させ給へ」何だか、妙に神妙でお節介な変化(へんげ)である。――妾(わらわ)は「女體」(にょたい)であるから、この下男の男はその私に憑依されて、その「身が」穢れているからして「行水」させなされよ――というのである。後遺症まで心配して呉れる蟒蛇(うわばみ)の変化(へんげ)というのんも、これ、なんや、ケッタイやなぁ。

「ゆをあびせければ」「湯を浴びせければ」。]

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