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2016/11/17

諸國百物語卷之五 八 狸廿五のぼさつの來迎をせし事

 

    八 狸廿五のぼさつの來迎(らいかう)をせし事


Esesaigou

 ひがしあふみ、さこうたう村と云ふ所あり。山のをくに、惣堂(そうどう)有り。このさう堂のぼうず、里へいづれば、狸、そのあとへきたりて、ぼうずのくい物を、とりくらふ。あるとき、ぼうず、よ川にて、餅のなりしたる石を、ひとつ、ひろへかへりて、爐(ろ)にてやき、日のくるゝをまちければ、あんのごとく、狸、きたりて、いつものしよくもつのあり所をさがす。坊主、申しけるは、

「今よりのち、ぬすみをせずは、みやげをとらするぞ」

とて、かの燒石(やけいし)を、火ばしにてなげゝれば、狸、とつてくはん、として、したゝか、やけどし、にげかへりぬ。

 そのゝち、佛だんの本尊、をりをり、光明かゞやきおがまれ給へば、坊主、ありがたくおもひて、いよいよ、しんじんふかくせられけるが、ある夜(よ)、如來、まくらがみにたち給ひ、

「なんぢ、はやく、此しやばをたちさりて、火定(ひのぢやう)に入るべし。われ、その時、らいがうして、西方へ、すくいとらん」

と、の給ふ、と思へば、目さめぬ。ぼうず、有がたく思ひて、ざいしよ中(ちう)へふれをまはし、

「いついつの日、それがし、火定(ひのぢやう)にいりて、わうじやういたし候ふ。まいり給へ」

といへば、ざいしよの人々、

「さてさて、しゆしやうなる事かな」

とて、かんるいをながし、さて、その日にもなりければ、ざいざい、所々より、おがみにまいり、くんじゆする事おびたゞしく、みなみな、佛の御らいかうをおがまんと、まちゐたり。さて、惣堂のぼうずは、堂のまへに一間四はうに石がきをつみ、そのなかに炭(すみ)たき、木をつみ、白衣(はくゑ)にあたらしき衣をちやくし、もうすをかぶりて出で給ひ、薪(たきゞ)のうへにあがり、くはんねんしてゐ給へば、あんのごとく、その日の午(むま)の刻ばかりに、にしの方より三ぞんその外廿五のぼさつたち、しやう、ひちりき、くはんげんにて、ひかりをはなつて、らいかうありければ、人々、有がたしとておがみける。

「さらば、火をかけよ」

とて、一度に薪(たきゞ)に火をかくれば、ぼうずはやけしにけると也。そのまに、くだんの佛たちは、みなみな、すがたをあらはし、一どに、どつと、わらひけるを、人々、おどろき見れば、ふる狸ども、二、三千びきほど、山へにげ入りけると也。かのやけ石のたぬき、あだをなしけると也。

 

[やぶちゃん注:挿絵の右上のキャプションは「狸はけて人をころす事」。「そのゝち、佛だんの本尊……」の箇所を場面の大きな転換箇所であるので、恣意的に改行した。

 しかし、この話、本「諸國百物語」の中で、どうも、あまり気味がよくない特異点である。

……僧のくせに狸を騙して火傷させて猟奇的に喜ぶわ……

……しかし、また、焼石を食おうとした狸が目の前で熱っち死にしたわけでもないのに焼殺を集団謀略するわ……

……火中入定したつもりの僧の焼け焦げた生々しい臭いはプンプンしてくるわ……

……普通は人を死に至らしめることなどまずなく(私は殆んど聴いたことがない)どちらかと言えば愛嬌があってオッチョコチョイであるはずの化け狸が大群で人々を騙しておどろおどろしい大哄笑とともに山中へと去るわ……

 どうも、いけない!

 私なら、唇と舌を火傷して転がるように逃げて行く狸をちょっと描写し、火中入定しかけて、アッチッチッツ! とケツを燃やしながら室(むろ)から這い出るあさましい坊主を撮り、そこに阿弥陀如来や菩薩連中が髯を生やし出し、尻尾を出す特撮のアップを入れ、彼らが仏菩薩に裾を尻はしょりしてキャッキャと笑いながら山中へ去るというロング・ショットで、明るく終わりたい気がするのである。

 僧の狸への過激な「お灸」が、火中入定ならぬ火炎地獄となる展開、特に最後の瞬時に焼死するシーンは、挿絵を見ても、まるで、ベトナム戦争中、僧ティック・クアン・ドック氏が一九六三年六月十一日に当時の南ベトナムのゴ・ディン・ジエム政権が行っていた仏教徒に対する高圧的な政策に抗議するため、サイゴン(現在のホーチミン市)のアメリカ大使館前で自らガソリンをかぶって焼身自殺したあの映像を思い出させ(燃え上がる炎の中で結跏趺坐を崩さず、一切、苦悶の表情を見せず、声を出さず、絶命するまでその姿を崩さなかった。こちらの記事を参照)、また、二〇〇七年二月六日早朝、私の友人井上英作氏が、私に一通のメール(そのメールを記した当日の私のブログ)を残して、静岡空港建設反対を表明するために静岡県庁前に於いて、独り、ガソリンを被って抗議の焼身自殺をされたことを思い出し、どうにも、まことに、いやな後味が私には残るからである。

 

「二十五菩薩」平安中期より盛んになった浄土信仰の中で、臨終の際、極楽浄土から阿弥陀如来が従えて来迎(らいごう)する菩薩の一団を指す。一般には観世音菩薩・薬王菩薩・勢至菩薩・薬上菩薩・普賢菩薩・陀羅尼(だらに)菩薩・法自在王菩薩・白象王(びやくぞうおう)菩薩・虚空蔵(こくぞう)菩薩・徳蔵菩薩・宝蔵菩薩・金蔵(こんぞう)菩薩・光明王菩薩・山海恵(さんかいえ)菩薩・金剛蔵菩薩・華厳菩薩・日照王菩薩・衆宝王菩薩・月光王(がっこうおう)菩薩・三昧(ざんまい)菩薩・獅子吼(ししく)菩薩・大威徳菩薩・定自在王(じょうじざいおう)菩薩・大自在王菩薩・無辺身(むへんしん)菩薩を指す。画像と簡単な解説ならば、Tobifudoson Shoboin 氏のサイト「仏様の世界」の「二十五菩薩」が判り易い。

「ひがしあふみ」「東近江」。

「さこうたう村」一九八九年岩波文庫刊の高田衛編・校注「江戸怪談集 下」の脚注によれば、旧『滋賀県甲賀郡酒人(さこうど)村。現在の水口町』(みなくちちょう)『の内』とある。ここ(グーグル・マップ・データ)。

「山のをくに、惣堂(そうどう)有り」現在の地図上では、山の奥ではないが、この酒人(現在の地区域はかなり小さい)には天台宗の持寳寺(じほうじ)という寺が存在する(上記マップ・データ参照)。この寺は延暦年間(七八二年~八〇六年)に伝教大師最澄の創建とし、本堂は元亀二(一五七一)年の兵火で焼失、後に原門和尚により延宝四(一六七六)年に再興されたとある(こちらのデータに拠った)。一応、記しておく。「惣堂」前掲「江戸怪談集 下」の脚注に、『村人が共同して建てた堂』とある。

「よ川」「橫川」。比叡山延暦寺内の古えからの広域地区名。本堂に当たる「横川中堂」を中心とする区域。

「餅のなりしたる石」餅にそっくりな形をした石。

「ひろへかへりて」ママ。前掲「江戸怪談集 下」の本文では『拾ひ、帰りて』と訂している。この時は何時もより、余程、早めに帰って準備万端整えて狸を待ったのである。でなければ、直後のシーンで狸がやってくるのを「あんのごとく」(「案の如く」。思った通り、何時ものように)と言えぬからである。

「爐(ろ)にてやき」囲炉裏の火種のど真ん中に入れ置いてずっと熱し続けたのであろう。

「みやげ」「土産」。

「光明かゞやきおがまれ給へば」「おがまれ」は「拜まれ」でこの「拝まれる」は「自然に見える」という自発の意に謙譲が加わった表現である。従って「光明がまぶしいまでに輝くのが、これ、まっこと、自然に拝まれて御座ったによって」といった訳となろう。

「ありがたくおもひて」「有り難く思ひて」。まっこと、仏の慈悲の光りが眼前に見えるものとして、心から「御仏の広大無辺の御慈悲のありがたきことじゃ!」と感銘し。

「しんじんふかくせられけるが」「信心深くせられけるが」。

「まくらがみ」「枕上」。

「此しやばをたちさりて」「この娑婆を立ち去りて」。

「火定(ひのぢやう)」火中入定(かちゅうにゅうじょう)・火中禅定(ぜんじょう)のこと。自ら火中に身を投じて肉身を焼き捨てて、彌陀の世界へと「心頭滅却すれば、火もまた涼し」と直ちに入ることを言う。

「らいがう」「來迎」。

「すくい」「救ひ」或いは「掬ひ」。歴史的仮名遣は誤り。

「ざいしよ中(ちう)」「在所中(ぢう)」村中(むらじゅう)。

「ふれをまはし」「觸れを𢌞し」。

「わうじやういたし候ふ」「往生致しさふらふ」。

「まいり給へ」「參りたまへ」。その火中入定のさまをどうか詣でてご覧あられよ。禅定は、その過程を見守ったり、遺体に触れるだけでも功徳があると考えられていた。

「しゆしやうなる」「殊勝なる」心打たれるさま。神々(こうごう)しいさま。

「かんるいをながし」「感淚を流し」。

「ざいざい、所々より」「在々、ところどころより」。方々の村々から。

「おがみにまいり」「拜みに參り」。

「くんじゆ」「群集(くんじゆ)」。

「一間四はう」「一間(いつけん)四方」。一メートル八十二センチメートル弱。

「石がきをつみ」「石垣を積み」。

「炭(すみ)たき」「炭」を「焚き」。

「白衣(はくゑ)にあたらしき衣をちやくし」下着としての白衣(びゃくえ)の単衣(ひとえ)の上二に未だ着していない新しい僧衣をつけ。

「もうすをかぶりて」「帽子(もうす)を被りて」。「帽子(もうす)」僧の被る帽子・頭巾。「モウ」は呉音。「ス」は唐音。宗派により各種あるが、天台宗では正装の著具の一つとして普段から用いる。私は本文を読んでいる最中は、ここは最澄の肖像で知られる天台・真言両宗で高僧が用いた、縹色(はなだいろ:薄い藍色。浅葱 (あさぎ) と藍の中間の色で「花色」とも言う)の絹で仕立てた縹帽子(はなだもうす)であろうか考えた。それは帽子と言うよりは、顔面以外を包み頸の周囲を包んで垂らしたタイプの頭巾+ネッカチーフのようなものである。或いは、入定僧の木乃伊(ミイラ)によく被せられてある観音帽子(というのかな?)みたようなものを想起したのだが、しかし、挿絵を見ると、違う。しかし、こういう形のものはあんまり見たことないなぁ。なんかチベットのお坊さんのみたような感じがして、この絵の帽子、正直、違和感、あるんやけど。ぶっちゃけ寺のお坊さん、説明して呉れはらへんか?

「くはんねん」「觀念」。仏教に於ける瞑想法の一つで、精神集中を行い、仏・浄土の景観・仏法の真理などを心に思い描き、思念することを指す。「あきらめる」ことではない。但し、火中入定という苛酷な行を行う以上は「覚悟する」というニュアンスは同時に含まれると考えてよい。

「午(むま)の刻」正午。

「三ぞん」三尊。通常は阿弥陀如来とそれに脇侍として従う観音菩薩・勢至菩薩である。「その外廿五のぼさつたち」と続くが、観音・勢至は後者の二十五菩薩にダブる。まあ、問題あるまい。ダブらずに二十五菩薩が実は続いていて、それこそが真の来迎ではなく、狸の仕業、似非の来迎であったというオチで読むのは、深読みし過ぎか。

「しやう、ひちりき、くはんげん」「笙・篳篥・管絃」。

「らいかう」「來迎」。

「ぼうずはやけしにける」「坊主は燒け死にける」。

「そのまに」と、焼け死んで、目出度く火中入定したか、来迎の最終局面たる浄土へと一行が僧を導く奇瑞が見られるか、と人々が固唾を呑んで見守っている、その瞬間。

「あだ」「仇」。]

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