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2016/11/21

谷の響 三の卷 廿一 妖魅

 

 廿一 妖魅

 

 板柳村正休寺の二男なる人、靑年(としわかき)ころ弘前眞教寺に在りて勤學の折柄、夜中閨の外にて何か物音の聞えける故、障子の空隙(すき)より覗き見るに、いと疲勞(やせつかれ)たる女の髮を被りたるが立てり。こは冥漢人(もうじや)ならんと衾(ふすま)を被りて伏たるに、障子の破より息を吹かくる事數囘(しばしば)なりしが、その息頭に中りて寒き事恰も雪を戴けるが如し。さて稍々(やゝ)かくのごとくにして止みたれば、凄凉(ものすご)きこといはん方なく眠りもやらで有けるが、しばし時うつりて厨所(だいどころ)にて火の焚ける光の見えければ、用心老僕(おやじ)が早くも起たる事よとおもひ、卒(いさ)や火にあたりて憩(やすま)んと卽便(すなはち)起出て、帶提(さげ)ながら厨下に至りしに、今見たる女髮蓬頭(おとろおとろ)としてこなたを囘視(みかへ)る顏色の凌競(おそろ)しき事成るに耐得で、欵(はつ)と叫ぶとそのまゝ火も消え自分も絶倒(たをれ)て、前後もしらずなりたりき。然(さ)るに稍々(やゝ)黎明(あけちか)くなりて用心老人(おやぢ)起出て、この僧の絶入りたるを見て驚き噪(さは)ぎ、合家(かない)慌懊(あはて)て呼活(よびいけ)せしが、この事を語りて冷汗を流し、こゝち懊惱(わづらは)しとて病つけるが、旬日(とをか)あまりもありて漸々(よふよふ)癒えけるとなり。こは何たる妖魅(ばけもの)にかあらん。その後誰も見たるものなしと言へり。こは淨德寺の住侶の語りしなり。

 

[やぶちゃん注:これが「谷の響 三の卷」の擱筆である。本件も最後にこの女怪、この青年僧以外に、「その後誰も見たるものなし」とあり、幻視を伴う精神疾患か、或いは、彼がデッチアゲた詐病さえも疑われる(この寺での修行が心底、厭だったのかも知れぬ)。或いはこの青年僧、秘かに女犯(にょぼん)しており、その女と関係を断ったために、女の生霊か死霊が出来したか(民俗的解釈)、或いは、その罪障感に起因する心因反応で幻覚を見たか(精神医学的解釈)のかも知れぬ。

「板柳村」既出既注。底本の森山氏の註によれば、『北津軽郡板柳(いたやなぎ)町』とする。弘前市の北に現存する。ここ(グーグル・マップ・データ)。

「正休寺」既出既注。底本の森山氏の註によれば、『北津軽郡板柳町にある。板谷山正休寺』。前の「九 蝦蟇の智」に出て注した、弘前の浄土真宗の真教寺の『末寺として、万治二年開基という』とする(万治二年は西暦一六五九年)。青森県北津軽郡板柳町板柳土井で、ここ(グーグル・マップ・データ)。

「眞教寺」既出既注。底本の森山氏の補註に、『弘前市新寺町にある法輪山真教寺。浄土真宗東本願寺派に属する。天文十九年』(ユリウス暦一五四九年)『の開基といい、慶長年間』(一五九六年~一六一五年)『弘前に移る、寺禄三十石』とある。Yuki氏のブログ「くぐる鳥居は鬼ばかり」の「真宗大谷派 法涼山 円明寺(圓明寺)& 平等山 浄徳寺  法輪山 真教寺(弘前市新寺町)」で画像が見られる(因みに、この方の記事はなかなか面白い)。ここ(グーグル・マップ・データ)。

「閨」「ねや」。

「髮を被りたるが」貞子みたようなもんか?

「冥漢人(もうじや)」三字へのルビ。

「破」「やぶれ」。

「息を吹かくる」陰気を吹きかけることで、生気を吸われるという、怪異の中でも常套的で致命的な仕儀である。

「用心老僕(おやじ)」「おやじ」は「老僕」二字へのルビでママ。「おやぢ」が正しい(後で出る時は正しくルビされている)この四字で一語で、古参の寺男の通称だったのであろう。

「卽便(すなはち)」二字へのルビ。

「帶提(さげ)ながら」帯がほどけている。寝起きというよりも、かくだらしのない恰好で起き出して行くこと自体が、既にして魔に魅入られている証左なのである。

「蓬頭(おとろおとろ)として」「おどろおどろとして」は当て字。「蓬」髪(蓬 (よもぎ)の葉の如くぼうぼうに伸びた髪)で、「おどろどろしく」(如何にもひどく恐ろしいさま)出現して来たのである。

「凌競(おそろ)しき」二字へのルビ。

「耐得で」「たへえで」。

「欵(はつ)」感動詞。叫声のオノマトペイア。以前に「欵(ぎやつ)と」と出たがそこで私が注した通り、これは恐らく「欸」の原文の誤記か、翻刻の誤りである。これでは「約款」の「款」の異体字で、意味が通らない(「親しみ」の意味があるが、それでもおかしい)。「欸」ならば、「ああつ!」で「怒る」「恨む」、或いはその声の擬音語となるからである。

「絶倒(たをれ)て」二字へのルビ。

「絶入りたる」「たえいりたる」。気絶している。

「呼活(よびいけ)」「大声で名を呼んで生き返らせる」意の動詞「呼び生く」の名詞形。死に瀕した者や臨終の直後に行う民俗的呪術行為である。

「漸々(よふよふ)」読みはママ。「やうやう」が正しい。

「淨德寺」森山氏の註によれば、『弘前市新寺町。浄土真宗平等山浄徳寺。寛文十年開基という』とする。ここ(グーグル・マップ・データ)。

「住侶」「ぢゆうりよ(じゅうりょ)」。その寺に住む僧侶。住僧。]

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