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2016/11/24

谷の響 四の卷 四 大毒蟲

 

 四 大毒蟲

 

 往ぬる戊午の年の七月、花田某と言へる人邸裏(せと)を廻りけるに、何やらん小さき蟲ひとつ飛び來りて口の上に着きたるが、乍(さな)がら針にてさゝるゝごとくなれば、そのまゝ手にて拂ひ除けしに、忽疼痛(いたみ)たへがたく見る見る頰へ腫れまはり、又拂ひ除けし手にてあたまをなづるに、薄荷(はつか)の汁を着けたるごとくざらめく氣味あり。又指の先もかくのごとくなれば、奈何(いか)なる事をとあやしみ、井に水をつりて二三度あみたるうち、熱おこりめまひしてそのまゝ絶朴(たふれ)て前後をしらず。家内こを見ておとろきさわぎ、御番醫佐々木某に療治をたのみければ、佐々木氏至りて見るに氣絶して更に正體なく、面は元より肩背のあたり紫色になりていくべき樣子あらざれば、さまざまに手をつくしてやうやうにいへたりき。こは佐々木氏の物語なり。いかなる毒蟲にやあらん、かの本草にのせたる班猫にもおさおさ勝れるものぞかし。

 

[やぶちゃん注:底本では「班猫」の「班」の右に『(斑)』と編者の訂正注が附されてある。

 しかし、この虫は何だろう?

 

最初に唇の上を「針」で刺されたような感じがした

その直後に頬まで腫れあがった

払いのけた手に附着した虫の毒液か、分泌されたか潰すことにによって飛び散った体液が、「薄荷」(ハッカ)のような強い揮発性を感じさせた

その直後に急激な発熱が起こり、昏倒、気絶した

その後、顔面から肩や背中まで腫脹が広がり、皮膚が紫色に変色したこと

 

という経過を見てまず言えるのは、

 

①③からは、ある種の刺咬性昆虫でしかも強毒性の毒液を持っているものである可能性が高い

 

ことと、或いは、より正確に推理するならば、

 

それほど強毒性の昆虫毒ではなかったかも知れないが、②④⑤から、たまたま、この刺された人物がその成分(毒液か体液)に対して強いアレルギー体質の持ち主であって、重度のアナフラキシー・ショックを起こした

 

と断ずることは出来ると思う。

 さて、ではその昆虫であるが、針で刺す強毒性のもので直ちに激しい痛みと腫脹などの症状が出、小型種で、この時期(盛夏。次注参照)となると、昆虫綱膜翅(ハチ)目細腰(ハチ)亜目スズメバチ上科スズメバチ科スズメバチ亜科 Vespinae でも小型種である、ホオナガスズメバチ属 Dolichovespula の内で最も攻撃性が強い

キオビホオナガスズメバチ(黄帯頬長雀蜂)Dolichovespula media

(本種は働き蜂で十四~十六ミリメートルしかない)が候補とはなるであろう。

 ただ、当該種の毒成分が揮発感を感じさせるものかどうかは私は知らない。私はスズメバチに刺されたことはないが、昔、自宅の庭に出来たスズメバチ(恐らくはスズメバチ亜科スズメバチ属コガタスズメバチ Vespa analis)の巣を除去した際(夕刻に水を巣に撒き、布に灯油を含ませたものを棒の先につけて焼却した)、眼を狙われ、その毒液が遮光用コーティングの施された眼鏡のレンズに多量にかかったことがある。直ぐに水洗いしたが、毒液によってコーティングは完全に溶解していた。あれが、眼に入っていたら、と思うと、尻の穴までむずむずするほど、今でもキョワい。しかし、その毒液自体に触れてみなかったことは、今、ここに注しながら、残念にも思っているのである。

 なお、他の種(例えば、体液が毒性(知られた主成分はカンタリジン(cantharidin)。エーテル・テルペノイドに分類される有機化合物の一種で、カルボン酸無水物を含む構造を持つ毒物。昇華性がある結晶で、水には殆んど溶けず、皮膚に附着すると痛みを感じ、水疱性皮膚炎を発症させる)を持つ鞘翅(コウチュウ)目多食(カブトムシ)亜目ゴミムシダマシ上科ツチハンミョウ科 Meloidae のツチハンミョウ類や、多食(カブトムシ)亜目ハネカクシ下目ハネカクシ上科ハネカクシ科アリガタハネカクシ亜科 Paederus 属アオバアリガタハネカクシPaederus fuscipes 等)も考えてみたが、どうも上記のを総てクリアー出来るものを想起し得なかった。他により相応しい生物種があれば、是非、御教授戴きたい。

「往ぬる戊午の年の七月」万延元(一八六〇)年成立であるから安政五(一八五八)年戊午(つちのえうま)。底本の森山氏註が『安政四年』とするのは誤り。安政五年七月は一日が八月九日で、盛夏である。

「邸裏(せと)」裏庭。

「忽」「たちまち」。

「疼痛(いたみ)」二字へのルビ。

「御番醫」弘前藩雇いの医師。

「本草」ここは広義の本草書でよかろう。

「班猫」編者注にあるように「斑猫」が正しいが、ここで平尾が言っているのは、中国の「本草綱目」などの本草書で挙げる強毒性のそれを含む昆虫類で、実はこれは真正の「ハンミョウ」類(鞘翅目食肉(オサムシ)亜目オサムシ科ハンミョウ亜科Cicindelini Cicindelina 亜族ハンミョウ属ハンミョウ Cicindela japonica)ではない、

鞘翅(コウチュウ)目Cucujiformia 下目ゴミムシダマシ上科ツチハンミョウ科 Meloidae に属するツチハンミョウ(土斑猫)類

であることを認識することが肝心である。但し、これを話し出すと非常に長くなるので、私の和漢三才圖會卷第五十二 蟲部 斑猫のテクスト注を参照されたい。]

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