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2016/11/20

谷の響 三の卷 十六 陰鳥

 

 十六 陰鳥

 

 目屋の澤砂子瀨と河原平との兩村に、毎年四五月に至り小雨ふりて淋しかりし夜にあへば、淸く澄める聲にてカンといひ又つゞいてキンといふ。その聲いと凄列(ものすご)く、寒氣(さむけ)たつばかりなり。又この兩村に夜のふけぬる頃、オヒトゴヒトと呼ぶものあり。こもいと凄かるはいふべくもあらず。この二つは鳥のよしなれど、いかなる貌(かたち)の鳥なるか土(ところ)のものも終古(むかし)より一人も見たるはなしといへり。又この兩村の外には有らずとなり。三ツ橋氏砂子瀨に投宿(とまり)し時、親しく聞しとて語れるなり。

 

[やぶちゃん注:「目屋の澤砂子瀨と河原平との兩村」底本の森山泰太郎氏の補註に『中津軽部西目屋村砂子瀬(すなこせ)。岩木川の上流最も奥地にある山村。隣接して川原平(かわらたい)部落がある。昭和三十四年ダムのため旧部落は水没し、いま残留した村民が付近に新しい部落を形成している』とある。ここが現行の「砂子瀬」(マピオン地図データ。遙か南西方向に西目屋村「砂子瀬」の小さな飛び地が孤立して現存し、グーグル等の地図データで検索すると、そちらがかかってしまうようなので注意されたい)で、現在、ダムによって形成された大きな人造湖「津軽白神湖」の北岸と西岸にあり、その南岸西方を見ていただくと、そこに「川原平」の地名を確認出来る。現在も湖を含んで隣接した部落であり、ダム湖が出来る前には沢を挟んで全体が隣接していたことがよく判る。

「淸く澄める聲にてカンといひ又つゞいてキンといふ。その聲いと凄列(ものすご)く、寒氣(さむけ)たつばかりなり」この鳥の呼称が示されていない。比定不能。地元の識者の御教授を乞う。「ヒイン」「キイン」(長音)ならば「鵺・鵺鳥」(ぬえ)の名で気味悪がられ、妖怪化して認識されていたスズメ目ツグミ科トラツグミ属トラツグミ Zoothera dauma が強く疑われる。「小雨ふりて」というところもトラツグミの習性としてしっくりくるからである。ウィキの「トラツグミによれば、『主に夜間に鳴くが、雨天や曇っている時には日中でも鳴いていることがある』とあり、雨天で鳴く鳥は、必ずしも多くないからでもある。

「オヒトゴヒト」不詳。検索にさえ全くかからない。荒俣宏氏の「世界大博物図鑑」にも不載。類似音の鳥名も知らない。比定不能。地元の識者の御教授を乞う。何となく、フクロウ類(フクロウ目フクロウ科 Strigidae)の鳴き声を擬音化すると、こうなる可能性は高いとは思われるが、フクロウ類は山間では馴染みの鳥であり、かく怪鳥(けちょう)として認識記載するとはちょっと思えない。

「三ツ橋氏」前話の提供者であり、恐らくは二 十一 夢魂本妻を殺すの提供者(話柄の主人公も藩士「三ツ橋」であるが、彼ではなく、その話を提供した同姓の「三ツ橋」)も同一人物と思われ、平尾の強力な情報屋であったと思われる。「夢魂本妻を殺す」を語れるということは彼は藩士であった可能性が高いと私は踏む。]

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