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2016/11/27

谷の響 四の卷 十三 祈禱の禍牢屋に繫がる

 

 十三 祈禱の禍牢屋に繫がる

 

 又、この嘉之といふものその後大赦にあひて家にかへりしが、かゝるわるかしこきものなれば、日蓮宗の尊き由緣を語りて人を欺く。時々病家に雇はれて祈禱などして施物をうけ、活(よ)わたりの補助(たすけ)になせるとなり。さるにいぬる安政二乙卯年のよし、ある人の内に病人ありけるが、こを請ひて祈禱を賴みければ、一坐經文を誦して後いふ、この病人に狐がつきてあるなればそれそれの供物をとゝのへ供ふべしとあるに、主の曰く、この病人には狐のよるべき由つやつや有らず、さりとはいぶかしきことなりと言へば、さらば其證(しるし)を見すべしとてふたゝび祈りたるに、あやしきかなこの病人その振舞さながら狐に等しきことの多かれば、家内の者もあきれてみやるばかりなるに、程なく祈禱もをへてほこりかにいふに、主いよいよあやしみてこは必ず汝がつけたる狐なるべし。元來この病者狐につかるべきほどのわるあばれはせぬものなるに、斯有(かゝる)怪しき動止(ふるまひ)するは其まゝにすておかれずといふに、嘉之もいかでさる邪法をなさんとて互に言ひつのり、果は高聲に罵りあひたるに、家内こぞつてなだめたりしとなり。さるにこの事何より聞え上げしや、又他に犯せる罪ありしや、程なく嘉之牢屋につながれ、明くる辰の年の三月御ゆるしを蒙りしとなり。

 

[やぶちゃん注:小悪党鍛冶屋町嘉之、再登場!

「禍」「わざはひ」と訓じておく。

「その後大赦にあひて家にかへりしが」前話「十二 賣僧髮を截らしむで辛くも拘引から逃れているのであるが、その後に観念して戻り(その場合、恥ずかしいから髪が結えるまで延びるのを数ヶ月は待ったに違いない)、神妙にお繩となって牢入りしたか(としても逃亡したから罪は重くなっている)、或いは、観智が追放されたように、期間を区切った追放刑辺りとなったものが、大赦によってしばらくして解除されたか。ただ前話の、

観智主犯の〈狂言神託詐欺事件〉が「天保元庚寅の年」でグレゴリオ暦一八三〇年

で、本話の、

〈狐憑き騒擾事件〉が「安政二年乙卯」(きのとう)でグレゴリオ暦一八五五年

で二十五年ものスパンがある。結構、永く牢屋にいたか、逃げ回っていたか、していた可能性もあろう。そして最後に「程なく嘉之牢屋につながれ、明くる辰の年の三月御ゆるしを蒙りしとなり」とあるから、彼が牢から解き放たれたのは、

翌安政三年でグレゴリオ暦一八五六年

ということになる。解き放ちが早かったのは、嘉之の行為を詐欺として立件することはこの場合、難しかったからであろう(この言い争いの時点で祈祷料や謝礼の授受を受けていなかったら尚更である)。所謂、正式な僧でもないのに、祈禱を行っては患者を治療しているという部分でのみ問題となって入牢となったのものと思われ、であれば短期に出獄してもおかしくはない。

「施物」「ほどこしもの」。彼には彼の矜持があったであろうが、こうなると、正直、情けない乞食坊主か、僧形の芸能者と変わらぬようだが、彼は弘前に居んで、流浪はしていないようで、前回の〈狂言神託詐欺事件〉があっても、懲りずにこんなことで生計を立てているところを見ると、彼の所属していた日蓮宗講中では、それなりの信頼度があったものかも知れない。

「こを請ひて」この嘉之に頼んで。

「一坐經文を誦して後いふ」「一坐」して、徐ろに「法華経」の「經文を誦して」、その「後」、やおら言うことには。

「つやつや有らず」全く以って一向にそのような様子はない。

「さりとはいぶかしきことなり」この家の主人は病人の狐憑きを完全否定している。これは後で主人が「元來この病者狐に」憑依されたような「わるあばれは」(狐のような獣染みた悪暴れは)今日の今日まで「せぬもの」、したことがなかったのだ、だから絶対に狐など憑いていない、と述べていることを根拠とするのである。後で再注するが、この主人は実は狐憑きについては個人的詳しい知見を持っていたことが窺われるのである。だから、全否定出来たのだ。

「祈禱もをへてほこりかにいふに」嘉之は「祈禱も終(お)へて」(歴史的仮名遣は誤り)如何にも「誇りか」(偉そうに・自慢げに・『どうだ! やっぱり狐憑きだたろう!』とったしてやったりといった感じで)「言ふに」。ここは、精神科医と患者の悪しきラポート(rapport:臨床心理学用語。セラピストとクライエントとの間の心的状態)状態の典型である。即ち、本人を前に「狐憑き」と診断することによって、患者本人がその診断者の言を受け入れてしまい、その「狐憑きを演じてしまう状態」で説明が出来る(少しだけ脱線しておくと、精神科医は一般には長く同一の病院には務めず、二、三年で勤務先を変えるケースが多い。それは、一部の患者の中に、その精神科医に対し、過度の信頼感情を持つラポート状態を形成してしまい、せっかく進んだ治療がそこで停滞してしまう患者が生じてくるからである。治癒してしまうと患者はその先生と逢えなくなってしまうので、患者はそこで、医師を信頼する、離れたくないが故に、自ら治療進行を鬱滞させてしまうことがあるしばしばあるのである)。

「斯有(かゝる)怪しき動止(ふるまひ)するは其まゝにすておかれず」と売り言葉に買い言葉で応じたところ、「嘉之も」『いかでさる邪法をなさん』「とて互に言ひつの」っているとある。ここには略された台詞があるように思われる。即ち、この病人の主人は、

・嘉之が「狐憑き」と診断するまでは病人には「狐憑き」の兆候は微塵も見えなかった。

ところが、

・嘉之が「狐憑き」と病人の前で断じ、憑いた「狐」に「正体を現わせ!」とい言上げするような祈禱を行った結果、狐のような動作を病人がした。

ということは、

・祈禱者である嘉之自身が狐を憑けた。

という結論を導いているのである。これは先に述べた通り、精神医学的にも私は正しい推論と言えると考えている。そして、このような冷静な判断を下せるこの主人は以前に「狐憑き」の病人を実見したことがあり、「狐憑き」についても相応の知見や、その療治の手立て・手づるを持っていると考えるのが自然なのである。

 さらにここで主人は、「斯有(かゝる)怪しき動止(ふるまひ)するは」と言っている。これは、

――ここに至って病人に「狐」を「憑かせる」という怪しい振る舞いに及んだ上は、貴様は祈祷師でも巫医でも何でもない! さればこそ、お前をお払い箱にして、まずはお前の「憑けた狐」を我が知れる修験者に落させねば、ともかくもこのままでは「すておかれ」ぬわ!

というようなことを言いつつ、嘉之を指弾しているのである(と私は考える)。だからこそ、その意外な展開に「嘉之も」『いかでさる邪法をなさん』、

――どうしてそのような妖しい邪法をこの病人施してよいものかッツ!

と怒って応じているのである。ここはそのような補助を台詞に補ってみて、初めて私は腑に落ちるのである。大方の御叱正を俟つものではある。

「果は」「はては」。]

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