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2016/11/14

諸國百物語卷之五 五 馬場内藏主大蛇をたいらげし事

    五 馬場内藏主(ばばくらふず)大蛇(だいじや)をたいらげし事

Babakurouzu

 九州に馬場内藏主と云ふ、らうにん有りけるが、細川三齋(ほそかはさんさい)へほうこうののぞみ有りけれども、いまだしゆびも、とゝのわざりけり。あるとき、四、五人づれにて川がりに行きけるに、ある山ぎはに十町四ほうもあるぬまの池あり。こゝにて、たうあみをうちあそびゐられけるに、にわかに池のうち、どうどうどなりて、水けぶりたち、なにかはしらず、一もんじに、きたる。みな人、をどろき、にげさりぬ。内藏主はちつともさわがず、ぜひにやうすを見とゞけんとおもひ、かたはらによりうかゞひみれば、そのたけ弐丈ばかりの大じや也。内藏主、とらんとおもひ、とびかゝれば、大じや、内藏主をまとい、池のうちに、ひきいりぬ。さて、かのにげたるものども、内藏主は大じやにとられけると、さたしければ、上下(じやうげ)、内藏主が取りさたのみ也。さて、三日と云ふひるじぶんに、内藏主、池より出でけるが、池のみづ、みな血になりけり。さて、あみをひきて見ければ、長さ二丈ほどなるうわばみ、内藏主に切りたてられ、からだ、七つ八つになりてあがりたり。三齋、御らんじて、

「内藏主はぶへんのものかな」

とて、三千石にてめしかゝゑられ、今にその子孫、九州にほうこうしていらるゝと也。

 

[やぶちゃん注:挿絵の右上のキャプションは「大じやをたいらけたる事」。

「馬場内藏主(ばばくらふず)」「内藏主」三字に「くらふず」と振る。この武士の官位通名はあまり見かけないが、考えて見れば「内蔵助」はよく知られ、そちらは古く律令制下で中務省(なかつかさのしょう)内蔵寮(くらりょう)の次官(財政管理担当)の長官である「内蔵(くら)」「内蔵主(くろうず)」のことであるから腑に落ちる。

「細川三齋」丹後国宮津城主・豊前小倉藩初代藩主細川忠興(永禄六(一五六三)年~正保二(一六四六)年)の茶人としての号。正室がかの明智光秀の娘玉子、通称「細川ガラシャ」である。

「川がり」「川漁(かはがり)」。川魚漁。

「十町」一キロ九十メートル。

「たうあみをうちあそびゐられけるに」「投網を打ち遊び居られけるに」。

「どうどうどなりて」「どうど、怒鳴りて」ともとれるが、ここまでの本書の作者の表記法から類推するにこれは「どうど、ど(→と)、鳴りて」(三つ目の「ど」は格助詞「と」の濁音化)で、「どうど」がオノマトペイア(擬音語)ととっておく。

「水けぶりたち、なにかはしらず、一もんじに、きたる」「水煙り立ち、何かは知らず、一文字に來たる」。

「ぜひに」強いて。どんなことがあろうとも。

「弐丈ばかり」六メートル強。

「まとい」「纏ひ」。歴史的仮名遣は誤り。ぐるぐる巻きにして。

「さた」「沙汰」。

「上下(じやうげ)」仲間内では年かさの者らも、若き連中も皆々。

「内藏主が取りさたのみ也」内蔵主の行方と安否一つですっかり持ち切りとなっていた。

「ひるじぶん」「晝時分」。

「内藏主、池より出でけるが」生きた内蔵主が、肩を怒らせ、ざぶざぶと池より上って参ったのであったが。このカットがさりげなく何事もないように突如出現するところが、なかなか、いい。あまりのあっけない表現に初読時、死んで池に浮いたんかい? と思うたぐらいである。

「ぶへんのもの」「武邊の者」。

「ほうこう」「奉公」。]

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