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2016/11/22

諸國百物語卷之五 十三 丹波の國さいき村に生きながら鬼になりし人の事

 

     十三 丹波の國さいき村に生きながら鬼になりし人の事


Ikioni

 丹波の國さいき村と云ふ所に、あさゆふ、まづしきものあり。をやにかうかう第一なる人なりしが、あるとき、たきゞをとりに山へゆかれしに、をりふし、のどかわきければ、谷にをりて水をのまんとて、水中を見ければ、大きなる牛のよこたをれたるやうなる物あり。ふしぎに思ひ、よくよく見れば、ねんねん、山よりながれをちてかたまりたる、うるし也。是れ、ひとへに天のあたへ、とおもひて、此漆をとりにかよひ、ひだと京へもち行きうりければ、ほどなく、大ぶげんしやとなりにける。此となりに、大あくしやうなるものありけるが、此事をつたへきゝ、いかにもしてかのものゝ此所に來たらぬやうにして、わればかり、とらん、とたくみて、大きなる馬(ば)めんをかぶり、しやぐまをきて、鬼のすがたとなり、水のそこに入り、かのものをまちければ、いつものごとく、かのもの、うるしをとりに來たりて、みれば、水のそこに、鬼あり。おそろしくおもひて、にげさりぬ。かのあくしやうもの、しすましたり、とよろこび、水のうちよりいでんとすれども、うごかれず。そのなりにてしにけると也。

[やぶちゃん注:挿絵の右上のキャプションは「丹はの國生なから鬼に成事」か。これは実録風疑似怪談である。前話といい、或いは、この筆者、能が好きだったのかも知れぬ。

「丹波の國さいき村」一九八九年岩波文庫刊の高田衛編・校注「江戸怪談集 下」の脚注には、『桑田郡佐伯村か。とすれば現京都府亀岡市薭田野町の内』とする。現行の表記は平仮名化され「ひえ田野町佐伯」である。ここ(グーグル・マップ・データ)。

「をやにかうかう第一なる人」「親(おや)に孝行(かうかう)第一なる人」。歴史的仮名遣は誤り。

「たきゞ」「薪」。

「をりふし、のどかわきければ」「折節、咽喉渇(かは)きければ」。

「よこたをれたるやうなる」「橫倒(よこたふ)れたる樣なる」。歴史的仮名遣は誤り。

「ねんねん」「年々」。

「うるし」「漆」。前掲の「江戸怪談集 下」の脚注には、ムクロジ目ウルシ科ウルシ属ウルシ Toxicodendron vernicifluum 及びその近縁種の『樹皮からとった樹脂。漆器の塗料として、当時は貴重なもので、ここでは、その漆の溶液が天然に流れ集まり、水中で固まったもので、これは山中に自然』の金鉱脈を偶然に『発見するのと同じほどの幸運なことであった』とある。落雷その他の自然現象によって、木の幹が傷つき、そこからたまたま渓流の溜まり水に向かって流れ落ち、それが長い時間をかけて分泌蓄積されたということか? こういうことが実際に自然界で起こり得るのかどうか? 識者の御教授を乞うものである。

「ひとへに天のあたへ」「偏へに天の與へ」。「もうただただ、天の配剤!」。

「ひだと」「ひたと」の誤りであろう。直ちに。直接に。

「大ぶげんしや」「大分限者」。大金持ち。

「此となりに、大あくしやうなるものありける」「この隣りに、大惡性なる者、在りけるが」。所謂、昔話の常套形式。

「此所に」「ここに」。漆が水中に固まっている渓流。人の好い前の男は、隣りの男にその場所を教えてしまったか、或いは、この生来悪しき性分の隣人がこっそりと尾行をしてその場に至ったのであろう。だから「ここ」なのである。

「たくみて」「企(たく)みて」。企(たくら)んで。

「馬(ば)めん」「馬面」。前掲の「江戸怪談集 下」の脚注には、『竜に似た仮面で、馬の面に当てる具。「馬面 バメン 馬飾也」(『文明節用集』)』とある。

「しやぐま」「赤熊」。或いは「赭熊」とも書く。赤く染めたヤクの尾の毛。また、それに似た赤い髪の毛。仏具の払子(ほっす)・鬘(かつら)、兜(かぶと)・舞台衣装・獅子舞の面の飾りなどに用いる。

「水のそこに入り。」この句点はママ。

「しすましたり」「やり遂(おお)せわ!」或いは「してやったり!」。

「うごかれず」塗料としての漆には接着剤としての機能もあり、江戸時代にはよく使われた。ウィキの「漆」によれば、『例えば、小麦粉と漆を練り合わせて、割れた磁器を接着する例があ』り、硬化には二週間『程度を要する』とある。また、漆の『主成分は漆樹によって異なり、主として日本・中国産漆樹はウルシオール(urushiol)』である。『漆は油中水球型のエマルションで、有機溶媒に可溶な成分と水に可溶な成分、さらにどちらにも不溶な成分とに分けることができる』。『空気中の水蒸気が持つ酸素を用い、生漆に含まれる酵素(ラッカーゼ)の触媒作用によって常温で重合する酵素酸化、および空気中の酸素による自動酸化により硬化する。酵素酸化は、水酸基部位による反応で、自動酸化はアルキル部位の架橋である。酵素酸化にはある程度の温度と湿度が必要であり、これがうまく進行しないとまったく硬化しない。硬化すると極めて丈夫なものになるが、二重結合を含んでいるため、紫外線によって劣化する。液体の状態で加熱すると酵素が失活するため固まらなくなり、また、樟脳を混ぜると表面張力が大きくなるため、これを利用して漆を塗料として使用する際に油絵のように筆跡を盛り上げる事が出来る。また、マンガン化合物を含む『地の粉』と呼ばれる珪藻土層から採取される土を混ぜることで厚塗りしても硬化しやすくなり、螺鈿に分厚い素材を使う際にこれが用いられる』とある。この悪性の男、漆の精にでも化けたつもりで、多量に川底に蓄積した半固形の山の上に立ち、漆の中に足が嵌って、いろいろな条件下のなかで、身体に強く吸着、はずそうとして、水中に潜った際、シャグマの毛や馬面が張り付いて、溺れて死にゆくさまを想像するに、ひどく凄惨にして滑稽ではある。まあ、自業自得というものであろう。]

 

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