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2016/11/24

谷の響 四の卷 五 狂女寺中を騷かす

 

 五 狂女寺中を騷かす

 

 文化十二三年の頃、弘前の禪寺常源寺の檀家夫なるものゝ老母、生付かたましくやぶさかなるものなるが、いとすくやかにして病めることなく、若年より一度も寺に參詣(まいり)たることなかりしなり。さるに六十有餘になりて初めて病つき、次第次第におもりて死期(ご)近くなりければ、後世のほどおそろしくや思ひけん、この檀那寺なる住職によりて血脈をこはれしに、和尚も不便におもひて明日こそしたゝめ遣すべしとてうべないけり。去に其夜八ツのころしきりに玄關の戸にさわる音の聞えければ、和尚あやしみこはきはめて其の老母なるべし。さこそ後生も苦しからん、いざ法をさづけて得道なさしむべしとて、弟子の小僧二人と一個(ひとり)の旅僧のかゝれるを呼起し、しかしかの由縁を言ひ聞かせみな法衣に改めて居るうち、又もあらあらしく戸を押動してやまざれば、今宵するうち少時(しばし)待てよとて、佛前に燈明を點じ香をたきてしづかに經文を誦したるに、いやましあらく戸にあたるからに、旅僧も小僧もいたくおそれ、すゝみて戸をあくることをなし得ず。

 かゝるからに和尚自ら鍵をはづしてあけたるに、白きものを着たる女のおどろに髮をふりみだし、欵(わつ)とさけんではしり入り其まゝ佛前の燈明を吹き消し、花瓶香爐を投ちらし座敷墓所の差別なく猛り狂ひてかけまわりしに、小僧も旅僧もたえ入りて和尚もしばしは腰を拔かしてありけるが、さすがは老僧なれば氣をしづめて高やかに經をよみあげ居たりしが、このさわぎに臺所に寢たる納所僕(やつこ)も眼をさませば、幽靈は未た狂ひて膳棚をちらし飯をまきちらして有けるに、僕は元より不惕(ふてき)の者にしあれば飛かゝりて取押へ、火を燈してよく見るに某町なる狂女にてありければ、みな苦笑してやみたりしはいと笑止なる事共なり。程すぎて此和尚、青海源助といひる人に語りしとて、この源助の咄なりき。

[やぶちゃん注:怪談風実録で真相明かして呵々大笑の大団円というやつで、この独特のオチは、ブットビの公案みたようで、禅寺なればこそという気も私はする。

「文化十二三年」一八一五、一八一六年。

「常源寺」複数回既出既注。再掲しておく。底本の森山氏の補註によれば、『弘前市西茂森町。曹洞宗白花山常源寺。永禄六年開基という。寺禄三十石』とある。ここ(グーグル・マップ・データ)

「夫」「をとこ」と訓じておく。

「生付」「うまれつき」。

「かたましく」「かたまし」は「かだまし」とも濁音化し、「奸し・姧し・佞し」などと書いて、動詞「奸(かだ)む」の形容詞形である。「心が拗(ねじ)けている・性質が素直でない」の意。

「やぶさかなるもの」思い切りの悪い、じくじくした捻(ひね)くれ者。

「すくやかにして」健やかで。

「六十有餘になりて初めて病つき」現在時制を「文化十二三年」としているから、彼女は宝暦五(一七五五)年以前の生まれである。

「死期(ご)」「しご」。

「後世」「ごぜ」。

「血脈」「けちみやく」と読みたい。在家の信徒の内でも受戒者として認めた者にのみ授ける法門相承の系譜。死後、棺に納める。

「こはれしに」「乞はれしに」。

「したゝめ」「認め」。

「うべないけり」「諾(うべな)ひけり」。歴史的仮名遣は誤り。同意した。

「八ツ」午前二時頃。

「さわる」ぶつかる。打ち当たる。

「和尚あやしみこはきはめて其の老母なるべし。さこそ後生も苦しからん、いざ法をさづけて得道なさしむべしとて」『和尚、怪しみ、「此(こ)は、極めて、其の老母(が血脈を待ち切れず來る)なるべし。さこそ(:それほど切羽詰まって)後生も苦しからん(:死後の仏罰の苦しきものと、これ、怖れ戦いておるに違いあるまい)。いざ、法(:血脈)を授(さづ)けて得道(とくだう:悟りを開くこと)なさしむべし。」とて』。

「一個(ひとり)の旅僧のかゝれるを」たまたま、修行行脚の途次、ここ常源寺を通り「かゝ」って、一宿を乞うて寝ていた一人の旅僧を。

「呼起し」「よびおこし」。

「しかしかの由縁」「しかしか」はママ。彼女についてのしかじかの理由。

「押動して」「おしうごかして」。

「今宵するうち少時(しばし)待てよ」「今宵、これより直ちに血脈を授けて遣わすによって暫し待たれい!」。

「欵(わつ)」何度も注しているが、これは恐らく「欸」の原文の誤記か、翻刻の誤りである。これでは「約款」の「款」の異体字で、意味が通らない(「親しみ」の意味があるが、それでもおかしい)。「欸」ならば、「ああつ!」で「怒る」「恨む」、或いはその声のオノマトペイアとなるからである。

「たえ入りて」「絶え入りて」。気絶して。小僧はまだしも、この旅僧、修行が足りんぞ!

「納所僕(やつこ)」「なつしよやつこ」で一語と採る。「納所」(なっしょ)は、狭義には禅寺に於いて金銭などの収支を扱う部署・部屋、或いはそうした会計実務を担当した僧侶を指すが、ここでは広義の、寺務雑務を取り仕切っていた下僕の者を指している。

「幽靈」平尾は上手い。読む者は、かの不信心の老母自身か、或いはそれが急逝し、亡霊となって今、暴れ回っているなんどと錯覚して読んでいるわけだから、ここはこれがホラーの修辞では正しい語彙選びと言えるのである。

「未た」ママ。

「不惕(ふてき)」不敵。

「靑海」姓としての読みは「あおうみ」「あおみ」「おうみ」「おおみ」「せいかい」「せいみ」「せいがい」等。

「いひる」ママ。「いへる」の原典の誤り。]

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